Cloud nine but it's rainy
献辞
曙の女神へ捧げる。
本文
それは雨の降る日だった。私は家から折り畳み傘を入れるのを忘れていたのだった。
ただ雨粒の落ちて来るのを、学校の下駄箱から見ていたのだ。そんな時だった。私の憧れの彼が声をかけてくれたのは。
「あれ? 橘さん、傘持ってないの?」
私の顔はつい赤くなる。どうしよう、好きだってことがバレてしまったら?
「あー……。うん。そうなんだ、忘れちゃってさ。……そういうアキラ君は傘持って来たの?」
聞くと彼はカバンの中をまさぐる。
「――――うん、ほら。一応二つ持って来たんだ。ダチの中に忘れる奴が居ないかと思ってさ」
そうだ。私は彼のこういう気遣いができる素敵なところが好きなのだ。
そんなアキラ君が言った。
「橘さん、一本使う? 明日返してくれればいいから」
「えっ! いいの? ありがとう!」
「うん、どうぞ」
彼は輝く笑顔で傘を渡してくれた。
本当にありがたい。これで私は一人で濡れて帰ることにはならない。
あとは一人ぼっちで帰ることにならなければいいのだけど。
よし。ここは勇気を出す所だぞ、私!
「……ねえ、アキラ君? できたら一緒に帰らない? 駅の所まででも良いんだけど……」
するとアキラ君は天真爛漫な笑顔で答えてくれた。
「いいよ。帰ろう! 一緒に。駅まで十五分くらいだよね。何を話そうか?」
私は別に話などなくても、君の側に居られるだけで良いんだ。
けれど私の口から出た言葉はこんなものだった。
「そうだね……好きなものの話とかはどう?」
そう言うとアキラ君は少し拍子抜けしたのか、リラックスした声で答えた。
「いいよ。……橘さんは何が好きなの?」
私からか。よし来た。
「うーん。……私はメロンが好きかな。あと米津さんの音楽」
アキラ君は共感できる所があったのか、明るい声で答える。
「米津さんかぁ。いいよねっ。……メロンが好きなんだね。ちょっとオシャレだね。俺はね、赤飯が好き。なんでかは知らんのだけど」
「え、赤飯? 珍しいね。あのモチッとした食感が好きなのかな?」
「うーん、いや。豆が好きなのかもしれない」
「そっか。なら酵素玄米とかも好きになるかもしれないね」
「うん、かもね」
話をしている時に、傘の縁から水滴が落ちる。その一粒一粒がとても美しい物に思えた。
しとしとと雨が降り続く、この瞬間がいつまでも続きますように。私の魂の中で。
そう密かに祈った。
「橘さんは好きな人って居るの?」
唐突な質問にビックリした。
「……え、うん。いるけど……?」
アキラ君はまだ質問を続けて来た。
「その人ってどんな人?」
嘘を言ってもしょうがない。
「うんとね。その人はいつも明るい人で、さりげなく周りに気遣いもできる素敵な人なんだ」
そう言うと彼は少し残念がった。
「いつも明るくて、気遣いができる人かあ。俺じゃなさそうだね」
なんでそういうことを言うの? あなたなのよ。
でも真っ直ぐに告白できない私は回りくどく言った。
「そんなこともないと思うよ。アキラ君だって、十分に明るい人じゃない!」
すると意外そうな顔で言った。
「ホント? 俺って明るい人間なのかな? そう言ってもらえて嬉しいよ。俺って実は根暗だから」
「えっ! 意外だよ」
「アハハ。実は根暗なのがバレたくなくて、毎日頑張ってるんだ」
「あんまり頑張りすぎないでね」
「うん、ありがとう」
そんなこんなで駅まで着いた。そんな時に雨は上がるのだった。何て間の悪い。いや、アキラ君と一緒に帰れたから神の雨か? とにかく傘を返さないと。
「傘、ありがとうね」
「うん、どういたしまして。また明日ね」
「うん、また明日!」
空は雨模様だったけど、気分は上々だ。ありがとう、雨の神様。
原稿用紙5枚のノルマをクリアした。