3ー3 忘れ物と制裁
ところでとメルヴィンが聞いた。
どうして君はそんなに人を睨むのだと問うと、ヘルガは少年に向かってまた不審そうな顔をする。
『ほら、その顔』
指摘してやると、ああとのんびりした声が返ってくる。
『よく見えないので……目を凝らしています』
『目が、悪いんですか? ……眼鏡は……』
『……あら? そういえばありませんね』
メルヴィンは呆れてしまった。なんとものんびりしたものである。彼女は自分が眼鏡をかけていなかったことにも気がついていなかったらしい。少女は己の顔をペタペタ触っている。
『……』
『どうやらどこかに置いて来てしまったようです』
『それでよく地面の青虫が見えましたね……』
『はぁ、それはなんとなく苦手なものほど発見してしまうといいますか……こう、妖気を感じてしまって』
ふふふと微笑む令嬢に、メルヴィンは無言。
『……』
妖気ってなんだ。やっぱりこの子はどこか変わってるなぁと少年。ふと、彼は問う。
『……そもそも、君どうして付き人を連れてないの? 貴族の娘なら付き人くらい連れて歩くべきでしょう』
彼女の家は侯爵家でかなり良い家柄だと言える。身の安全の為にも、普通は使用人や護衛の一人でも連れているものだが。
すると令嬢は少しだけ言いづらそうな顔をする。
『?』
『はい、それが……私と一緒にいると、私がよく物を失くすもので……盗人と間違われては嫌だから付き添いたくないと言われてしまって……』
『……なんですって……?』
その言葉を聞いて、メルヴィンが眉間にシワを寄せる。
ヘルガの話によると、彼女は昔から本当によく物を失くす。
気をつけているつもりだが、荷物が不自然に消えたり、壊れていたり。その責任を取らされるのが嫌で使用人がついて来てくれないのだと。
『お父様は怒ると本当に怖くて。迷惑をかけても可哀想なので、いつしか一人で行動するようになりましたね』
『…………ふうん』
令嬢の話にメルヴィンには目を細める。
侯爵はそれで何も言わないのかと問うと、すぐに『いいえ』『とても叱られます』と返事が返ってくる。
メルヴィンは、使用人ではなく、ヘルガ自身が侯爵に叱責を受けていると聞いて違和感を感じた。その場合、職務怠慢で責任を問われるのは使用人のほうだと思うのだが。これは、何か内部で事情があるのだなとメルヴィンは察する。
聞く限り、どうやら、彼女に対する侯爵の愛情は薄いようだから。それで主人に倣い、使用人たちも彼女を冷遇しているのだろうか。
『……なんだか……気に入らないな……』
『? どうかなさいましたか?』
低い声で言ったメルヴィンに、ヘルガが不思議そうな顔をする。と、メルヴィンはにっこりと微笑んだ。──どこか、腹黒さを感じる微笑みだった。
『?』(ヘルガ※見えてない)
『お嬢さん、少し、君の扇を見せていただけませんか?』
『え? はあ……』
──数日後。
夕刻のアウフレヒト家に、突然王国騎士が兵士を連れてやって来た。
『!? 何事だ!』
報せを受けて出てきた侯爵は、王国兵が彼の使用人を数人捕らえて行くのを見て愕然とする。主人がやって来たのを見て、引っ立てられる使用人たちが金切声で侯爵に助けを求める。
『旦那様っ!』
『お、お助け下さい!』
『な、どういうことだ! おい、お前! 説明しろ!』
侯爵が騎士に問うと、年配の騎士は冷たい声で言う。
『本日城下で盗品を売り捌く闇市の一斉取り締まりが行われたのです。そちらから、これが』
『!?』
騎士が侯爵に取り出して見せたのは、いくつかの装飾品。裏に家紋と、持ち主を表す花の印が彫られていた。
『これは……ヘルガの……』
貴族たちは、多くの者たちがそれぞれに家紋の他に、個人を表す印を持つ。
年配の騎士は、念を押すように侯爵に重く問う。
『こちらの侯爵家の家紋であり、御令嬢の印で間違いありませんね?』
『あ、ああ、そうだが……何故これが……』
『これは闇業者から回収した盗品の一部です』
『!』
盗品と聞いて、侯爵が動揺する。同じく──兵士に捕らえられているメイドたちも、騎士の手にある物を見て顔色を失った。
『闇業者を取り調べたところ、いつも売り捌きに来るのは、このお屋敷のメイド。……つまり、あの者たちだということでした』
『!』
騎士の言葉に驚いた侯爵が、捕らえられた使用人たちを勢いよく振り返る。侯爵に凝視されたメイドたちは怯えた顔で首を振る。
『そ、そんな、私どもは何も……』
『な、何かの間違いです!』
しかし騎士は冷たい顔で彼女たちと侯爵を見る。
『あの者らは、もう長年幼い主人から盗みを働いていたようですよ。捕まらぬのをいいことに、よほど油断していたのか……呆れたことに買取業者ともすっかり昵懇の仲で、名も明かしていました。しかし……閣下は何故、あのような盗人猛々しい者たちをずっと放置されていたので? お気づきになられなかったのですか? ご息女から訴えはなかったのですか?』
『ぐ、いや、それは……』
言葉を失くしていた侯爵は、罰の悪い顔をする。以前から、彼はヘルガから『お父様、なんだかよく装飾品や調度品が失くなるような気がするのですが……』と、相談を受けていた。
しかし、彼女の訴えを先回るように、使用人たちから報告を受けていた。
『聞いてください旦那様ぁ。お嬢様はすぐに物を失くして私たちのせいになさろうとするんですぅ』
『あれはお嬢様がご自分で壊されたんですよ! 本当に……ヘルガ様はすぐ嘘をおつきになる……』
と──。
相手は四女よりも付き合いが長い使用人たちである。おまけに侯爵邸のメイドたちは皆、侯爵が自ら美貌の持ち主を選んで仕えさせていた。愛人とまではいかずとも、気に入りの女性陣の色香の滲む訴えに、侯爵はすっかり騙された。
そうして彼は娘の言葉は信じず、使用人たちを調べるどころか、ヘルガを叱り、『お前の管理が悪い!』『母親に似て性悪な娘め!』と、取り合ってこなかったのだ。
口籠る侯爵に、騎士は厳しい口調で言う。
『“今後はもう少し使用人たちを厳格に管理するように”との、国王陛下からのお言葉です』
『……、……、……わ、分かった』
王の言葉を聞いて、額に脂汗を滲ませる侯爵に、騎士は『ああそれと』と、何やら含みのある顔をする。
『それと……閣下はもう少しヘルガ嬢を大切になさらなければ、後々大変後悔なさることになると思いますよ……』
『──は?』
騎士が付け加えた言葉に、侯爵が怪訝そうにする。が、騎士はそれ以上は何も語らず。やれやれというどこか疲れた顔で、配下たちに号令をかけた。
『まあ、そういうことですのでよくご検討を。では罪人たちは連れて行かせていただきます。行くぞ!』
『! だ、旦那様っ、お許しを!』
『旦那様ぁっ!!』
騎士が指示すると、兵士らが侯爵家のメイドを引きずるようにして連れ出して行った。
──結局、取調べにより彼女らの長年の犯罪はすっかり明るみに出て、メイドたちは牢獄に送られた。
彼女たちの悔し紛れの証言で、他にも不正を働いていたメイドや、令嬢ヘルガをぞんざいに扱っていた使用人たちが次々と割れて。侯爵邸はこの年、ほとんどの使用人を入れ替える羽目になったらしい。
『……ふふ』
……その報告を聞いて。一人ほくそ笑むのは──王太子、メルヴィンである。
…昔からやや腹黒でした。笑
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