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3ー1 出会い

 

 メルヴィンがヘルガに出会ったのは五年ほど前。

 メルヴィンが十五歳、ヘルガが十三歳の頃のことだった。


 初めに見かけたのは、侯爵の誕生日に、侯爵の町屋敷に招かれた時。出迎えた侯爵家一家の、端のほうに並んだヘルガは、着飾らされ人形のように表情のない顔で立っていた。

 なんだかとても愛想のない娘だと思った。ただ、とても目立っていた。

 ヴィンデ候の一家は、ヘルガ以外の者たちは、皆瞳が深い青色だ。その中で、一人色素の薄い、ライトブルーの瞳を持つヘルガはとても人目を引く。

 しかし、当時侯爵が積極的にメルヴィンの傍に近づけようとしていたのは、嫡男と、ヘルガの三番目の姉であるようだった。

 ヘルガの三番目の姉は、口が達者で見目もいい。年頃もメルヴィンと同じ頃。

 ヘルガはポツンと壁際の椅子の上に座って、歓談している彼らには近づいてこようとはしなかった。



 二回目にメルヴィンがヘルガを見かけたのは、王立図書館だ。

 王立図書館の、やはり隅のほうの席で黙々と本を読んでいた。

 ヴィンデ候はあまり評判のいい男ではない。どうせ娘もろくな性格ではないだろうと思っていたメルヴィンは正直この遭遇が億劫だった。

 事実、人から聞いた話では、侯爵の四女は気取った性格で、話しかけても冷たく無言で睨まれる。問いかけても答えることすらしないらしい。つまり横柄で冷淡な娘であると評判で。侯爵家という家柄を鼻にかけているのだろう、と皆が言っていた。

 けれども、立場を考えても、挨拶くらいはするべきかと、彼はヘルガに近づいて声をかけた。──と、令嬢は彼に──……


 ……なんと。『……どちら様ですか?』と、言ったのだった……。


 これにはメルヴィンがびっくりした。

 当時から、彼は際立った容姿で有名で。しかも王太子という身分である。貴族であれ、町民であれ、人に顔を忘れられたことなど一度もなかった。

 しかし娘は睨むように目を細めて問うてくるのだ。


『わたくしをご存じの方?』

『……』


 しばらく絶句したあと、メルヴィンは表面的には微笑んだまま首を振った。


『──いいえ』


 敵対する者に向けるような、黒い笑顔だった。

 メルヴィンはこの時、きっと何か令嬢には魂胆があるのだと思っていた。メルヴィンの傍にやってくる令嬢たちは、皆あの手この手で彼の気を引こうとする。か弱いふりをしたり、目の前でハンカチを落としてみたり、偶然を装ってぶつかって来てみたり。わざとらしく、呆れるような手を堂々と使ってくる。それらがすべて、王太子妃、もしくは未来の王妃という座を狙ったものだと彼にもすでに分かっていた。

 ゆえに、きっと彼女も何か小賢しい企みがあってのことに違いないと。どこか殺伐とした気持ちでそう思った。が──……


 けれどもヘルガは怪訝そうに小首を傾げて、それから、あ、そうですかという顔をした。立ち上がり、椅子の前で丁寧にスカートをつまみ、『ご機嫌よう』と頭を下げる。急になんだとメルヴィンは思ったが──どうやら……それは、はじめにメルヴィンが『こんにちは』と彼女にかけた挨拶への返事を今更にしているらしいと察する。

 ……が──それきりだった。

 それきり令嬢は椅子へ戻り、彼女の視線は本へ戻る。

 その一連の流れの中で──ヘルガはメルヴィンに、カケラも笑顔を見せはしなかった。

 

『……』


 思わずメルヴィンは黙り込んで。なんだか変な令嬢だなと思った。

 少しだけ興味を引かれた少年は、つい、黙々と本を読んでいるヘルガに、隣の席は空いているかと聞いてみた。と、ヘルガはチラリとメルヴィンを見て、ああそういうことかと納得したような顔をする。

 ヘルガは、図書館は空いているし、他にもたくさん空席があるのにも関わらず、この人は何故わざわざ他人の、それも異性のすぐ隣の席を使うのだろう──……などと、不審そうに思ったような様子もなく。

 彼女はすぐに隣の席の前に置いてあった自分の本を反対側にどけて、それから椅子を引いてメルヴィンに『どうぞ』と言った。メルヴィンは面食らってしまう。


『──……ぁあ、有難うございます……』

『ええ』


 そのまま彼女は再び読書に戻って。その表情にはやはり感情はまったくなかった。視線もすぐにメルヴィンから外されて素っ気ないことこの上ない。

 ──しかし、たった今彼女が彼の為にしてくれた行動は、丁寧で、親切だった。


『…………』


 少し考えたあと、メルヴィンはヘルガが引いてくれた椅子に座った。

 もしや、本当は王太子と気がついた上での親切なのかと疑ってもみたが。

 けれども、やはりそれきり。ヘルガがメルヴィンに話しかけてくるようなことはなかった。

 

 ──二人の間にはしんと静かで穏やかな時間が流れる。


 チラリと横顔を見ると際立って整った輪郭。本に落とされる視線からは険が取れていて、不思議ととても温厚な表情に見えた。

 伏せた瞳に縁取られた睫毛が長くて──綺麗なことに気がついて、メルヴィンは、心臓のあたりに何か──誰かに浅く掻かれたような、落ち着かない感覚を覚えた。


 そうして。

 そのまま特に何事もなく。帰り際に『お先に』とだけ言い残し、去って行った令嬢の後ろ姿を見つめながら……メルヴィンはなんとも妙な心持ちだった。

 なんとなく……名残惜しいような気がして。

 この頃には──すでに少年の顔からは腹黒そうな笑顔は消え去っていた。

 

 高飛車な令嬢と聞いていたが、どうにも噂とはそぐわない少女。

 それがヘルガの第二印象である。






お読みいただきありがとうございます。

今回はやや静かなお話です。……が……

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