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8ー13 協力者

 


 ──馬だけが立派だったという証言は気になった。

 普通、悪事を働こうという者は目立たぬよう気を配るもの。人の目は、違和感のあるものに引き寄せられやすい。街中でことを起こそうとした以上、犯人たちは、そんな民たちの目を掻い潜り町に溶け込むために、自分たちの違和感を努めて消そうとしたはずなのだ。


「……何か、犯人たちに不測の事態があったな……」


 メルヴィンがつぶやく。

 前を真っ直ぐに見つめた青年は、頭の中で情報を整理しながら足早に城下を急いでいた。後ろには、それを必死に追うグラントたち護衛の姿。彼らは、まだ王太子から行き先を聞かされてはいない。だが、ヘルガの行方について深く考え込んでいるメルヴィンには、彼らの引き留める声は、どうやら意図的に遮断されているらしい。


 メルヴィンは様々な可能性を考えては、情報を取捨し黙々と考える。

 違和感を消すはずの者たちの馬車にそれがあったと言うのならば。単純な話、それはもともと用意されたものではないのではないか。

 そう漏らした主人に、行先を問いただすことを諦めたらしいグラントが頷く。


「馬は生き物ですからね……走らせれば当然疲労します。それに体調によっては不足の事態も起こり得る。必要とあれば取り替えることは普通です。馬車とて悪路を走れば壊れることもありますし……」

「──ああ」


 グラントの言葉にやっと応えたメルヴィンは、前を向いたまま頷く。


「だが、馬に何かあったにせよ、馬車に問題があったにせよ。どちらにしても、それらを用意した者は別々だな……」

「別、ですか?」

「“馬だけが立派だった”と証言があっただろう? 不測の事態により新たな馬を用立てたにせよ、もし犯人たちが自分で新たな馬を用意したのならば、使う馬車にふさわしい馬を用意するはず。そうでなければ目立ってしまい、今回のように目撃者に記憶されてしまう」

「ああ……」


 なるほどとグラント。

 馬は血統や体型、年齢など様々な要素で等級づけられる。例えば体裁を重んじる貴族が、立派な仕立ての馬車に毛並みの悪い馬や老馬は使わない。逆も然り。質素な幌馬車に上等な馬を引かせていれば人目を引く。それは犯罪を犯そうという者たちの行動には相応しくない。


「馬と馬車を用立てた者がそれぞれ別だったゆえにそのような齟齬が生まれたとお考えなのですね? では“馬”を用意させた者が犯人であり、“馬車”を用意した者は実行犯という構図でしょうか……? ヘルガ嬢を運んだ者はそういう知識がなかった?」


 馬の等級や価値などに疎ければ、人に見られてもおかしいとは思わなかっただろう。しかしメルヴィンは、グラントに首を振って見せる。


「いや、私はさらにそこに協力者がいたのではないかと思っている」

「協力者、ですか……」

「……この企ては、どうにも調和が取れていない感じがするんだ……」


 メルヴィンは考え込む。

 犯人は、いつ一人になるかも分からないヘルガを虎視眈々と狙い、城壁門の門番を懐柔したりと周到な面を見せたかと思えば……そのわりに、こうして人の使い方には綻びが見える。


「だから私は……ヘルガを攫うよう命じた張本人は、不測の事態が起こっても部下が簡単には指示を仰ぐことができず、あまり身動きができない事情のある者だと思っている。ゆえに、王都で自由のきく協力者がいるはずだ」

「……なるほど。犯罪の中継ぎをした輩がいるのですね?」

「王都内で、特に品質の良い馬を取引する場合、それは記録される決まりだ。もちろんそこには当事者の身分証明が必要となる。実行犯がいたとして、彼らが直接馬を用立てることはリスクが高い。そこを協力者が担ったはずだ」

「……犯人があまり身動きが取れないうえで、急遽馬を取り替えたとなると……馬の代金は協力者が立て替えているかもしれませんね。良馬は高価です。協力者は……貴族ですか?」


 尋ねるグラントに、メルヴィンは頷く。


「──少なくとも急場で高価な馬が買えるほどには財がある。となればおそらく……。それに、協力者が用意しただろう馬が良馬だったことには、協力者の犯人への気遣いを感じるな。犯人は協力者が滅多な馬を渡せない相手──より高位な者なのだろう」


 犯人が貴族階級にあるということは、すでにメルヴィンの中では決定事項のようだった。まあ、そこにはグラントも異論はない。馬の件もあるが、タイミングなどからして、これがメルヴィンの婚約にまつわる事件であることは間違いがない。だとすると、犯人はおのずとそこに利害のある者だと予想できる。護衛が神妙な顔で頷くと、メルヴィンはさらに続ける。


「とすれば、その協力者を探し出せばいいわけだ」

「しかし、協力者が貴族であった場合、馬を所有している可能性も」


 もしその馬を提供している場合、そこには取引記録は存在しない。グラントがそう言うと、そこでメルヴィンがやっと足を止めた。青年は護衛を振り返って、問う。


「お前なら、犯罪に使われると分かっていて、愛馬を提供したりするか?」

「──いえ」


 確かに、とグラントは口をつぐむ。


「たとえそこまで馬に思い入れがなくとも、私なら避けるな。その馬が自分の所有だとバレれば大事だ。それよりは、馬屋で新しい馬を、たとえば誰かに仲介させて購入し、差し出したほうがまだ危険は少ない。まあ……そもそも令嬢の誘拐の手助けなど危ない橋だ。危険は承知の上だろうが、リスクは減らしたいはず。見返りもあることだろうしな……」


 そう言うと、メルヴィンの表情には冴え冴えとした怒りが広がった。


「愚かな者がいるものだ……わずかな見返りの為に、よりによってヘルガを攫うなど。……私は例え相手が誰であろうと容赦はしない。もちろん協力者も同罪だ。もしヘルガの髪一本でも傷つけられていたら──」


 そこで青年はぴたりと言葉を切り……冷酷な顔で考えるような素振りを見せ、そしてつぶやいた。


「……死刑かな?」

「や、それは流石に。やりすぎです」


 グラントがキレよく間髪入れぬ制止。だが、メルヴィンは暗い表情のまま頷こうとはしない。


「……ま、とにかく……」

「(……、……、……殿下、まさか本気じゃねーよな……?)はい」


 冷酷な表情のままメルヴィンは続けた。


「……つまり、犯人に繋がる手がかりは、奴らが馬を用立てた場所──馬屋にあるはず。馬は高価であり、交換するにしても小さくはない金が動く、金の流れからもそれが追えるだろう」


 メルヴィンの言葉に、グラントが「分かりました」と頷く。


「すぐに馬屋を調べさせま──」

「いや、それには及ばない」

「え?」


 言葉を遮られたグラントが不思議そうに主人を見る。と、彼は傍に立っている、ある建物を見上げていた。


「え──殿下? ここは……」


 主人の視線を追ったグラントが、不可解そうな顔をする。気がつくと、彼らは貴族たちの住まう高級住宅街の端までやって来ていた。そう大きくはないその貴族の邸を睨んでいるメルヴィンを見て、グラントは首を傾げる。


「この邸はクロスターマン男爵の……? 殿下何故ここに……?」


 グラントが尋ねても、メルヴィンは含みのある顔で無言。


「? 殿……」


 下、と、グラントがもう一度呼びかけようとした時。そこへ突然、人の気配が。


「⁉︎」


 咄嗟に身構えた護衛たち。その人数の多さに一瞬眉間に険しいシワを寄せたものの……だが、わらわらと集まってきたものたちがすべて見知ったメルヴィンの配下たちであることを認めると、グラントは困惑の表情を浮かべた。


「え?」


 男たちは、落ち着き払ったメルヴィンの傍に駆け寄ってきて、すぐにその前に片膝を突く。


「メルヴィン様! ロイス家の関係者が馬の調達に動いた形跡はありません」

「ノイアー家も関係はなさそうです!」

「……、……は?」


 次々報告をあげていく者たちにグラントがポカンとしている。戸惑うグラントに、メルヴィンが片眉を上げた。


「……なんだ、お前、出掛けに私が彼らに出した命令を聞いていなかったのか。私は彼らに、めぼしい貴族たちを調べるように命じていたぞ」

「え……?」


 その指摘にグラントは困惑の顔。……彼は城から出てくる時、それまでやっていた報告書整理をギリギリまで片付けていてメルヴィンが配下たちに発令した命令の内容を聞いてはいなかった。えっと、と、グラント。


「確か……ヘルガ嬢の捜索を誘拐捜査に切り替えると……」

「だから、それがこれだ」


 メルヴィンは集まってきた配下たちの顔を見渡す。


「私の婚約関係でヘルガに恨みを持ちそうな人間は、もちろん婚約に関係していた者たちだろう。娘が王太子妃になれば利権を得るはずだった者たちを調べさせた」

「し、かし……この短時間で……」


 メルヴィンがその命令を下したのは、彼らが王城を出てくる間際のことである。王太子の婚約に関係した貴族など相当の数のはず。たったこれだけの時間で調べがつくとは……いったいどんな手を使ったのだとグラント。だが、メルヴィンは平然と言う。


「簡単だ。その調査に、私が動かせる人員のほぼすべてを投入した。もちろん──彼らと付き合いのある馬屋も調べさせてある。そもそも……私はヘルガの敵になりそうな貴族連中はとっくの昔に徹底的に調査して、詳細なリストにして把握してあるからな……」

「……は、ぁ……」


 執念深そうな暗い顔でつぶやく主人に、グラントが引いている。護衛はメルヴィンの壮大なストーカー気質にある意味畏敬の念を抱き──いや、やっぱり呆れる、と、思った。

 しかし彼の出した命令は、随分思い切った方針だ。つまり、彼は他の捜索をすべて切り上げさせて、貴族連中を調べることに全力を注いだということなのだが。しかしそれはメルヴィンの読みが外れていた場合、取り返しのつかない時間のロスともなり得る。ことが誘拐事件であるのならば、迅速な救出こそが何より急がれるのだから。

 次々と上がってくる配下たちの報告を聞いている主人を心配そうに見る護衛に、しかしメルヴィンは「大丈夫だ」と確信のある顔で頷く。仕方なく、グラントはため息をついて問うた。


「──それで……殿下はクロスターマン男爵がその協力者だと考えておいでなのですね……?」

「まあ、そこは勘にも近いがな」


 男爵邸を睨みながらメルヴィン。その根拠をグラントが尋ねようとした時。そこへまた誰かがやってきた。


「……殿下」

「げ、父上……」


 深みのある落ち着いた声に振り返ったグラントが、やってきた男を見てギョッと退いた。現れた、いかにも歴戦の戦士という風格の年配の騎士──グラントの父、騎士団長のシオンは。息子に一瞥もくれずメルヴィンの前に片膝を突く。

 その意味を悟って、グラントは恐々とメルヴィンを見る。


「う、嘘でしょ殿下、第四騎士団まで動かしてたんすか……⁉︎」


 彼の父シオンが率いる第四騎士団は、王都内の警備や市中の取り締まりを担当する部隊である。それは、王の家族の警備を任じられた第二騎士団に所属するグラントやオリビアなどとは違い、メルヴィンが、王太子であるからといって気軽に動かすことが許された部隊ではない。流石にそれはまずいのではという顔をするグラントに、メルヴィンは飄々としている。


「なんのことだ? シオンは私の剣の師だ。個人的に私に協力してくれたにすぎない」


 しれっとしたメルヴィンに、シオンも真顔のまま平然と返す。


「ええ。左様です。我々騎士兵士一同、個人的な友人として殿下にご協力いたしました」

「……情報が早く集まるはずですよ……」


『我々一同』ということは……騎士団の、けして少なくない人員がメルヴィンのために働いたということなのだろう。

 ため息を吐きながらグラントは呆れる。第四騎士団の人員は、所属する下位な兵士までを合わせると数万を超える規模である。流石に過半数は今も勤務中だとしても、もともとメルヴィンが王太子として動かせる側近たち、その家の部下たちを合わせると……相当な人数がメルヴィンに協力していることになる。

 グラントは、やや視線を落とし、寒気がしたように自身の身体を抱きながら正直な感想を述べた。


「……、……、……こわ……」

「ははは。何か問題でも? お前だって頼って欲しいと言ったじゃないか。息子とオリビアに頼っていいんだ、その父にだって甘えても良かろう?」

「…………」


 ちゃっかりしているメルヴィンの発言に、いやそういう問題ではとグラントは言おうとして──やめた。……無意味である。王太子は、ヘルガの救出の為にならなりふりを構うつもりはないのだ。

 その王太子は、それにと続ける。


「馬屋を調べるのなら組合の協力を得たほうが早い。都内の組合と都の警備を担う第四騎士団は深い繋がりがある」

「しかも、昔市場に巣食う不法な闇市を一掃させた殿下には、組合はかなり協力的です」

 

 ──それは、ヘルガとメルヴィンが出会った頃。ぼんやりした令嬢の持ち物を頻繁に盗み、売り捌いていた侯爵家の使用人に関連した一連の事件のことである。あの時、その使用人たちを侯爵邸から連行して行ったのも、ここにいるシオンであった。平然と王太子の味方をする父に、グラントは消沈。


「…………」


 げっそりした護衛騎士は思った。いくら誘拐された令嬢のためだとはいえ、色々と手続きを省いたこの王太子の行動は、何かと権利関係にうるさい王妃や、メルヴィンの政敵にバレればことである。グラントが憮然と頭痛を堪えるような顔をしていると、彼を押しのけるようにして父シオンが「それで」と報告。


「殿下、クロスターマン男爵は先日、出入りの商人を介して馬の交換を手配しています。商人は何も知らぬようです。男爵に、とにかく急いで馬を用意しろと命じられたと……口外しなければ取引を拡大させてやると持ちかけられたそうで。馬屋には交換前の輓獣も残されておりましたが……部下の確認によれば、馬というか、ラバでした。怪我をしていたと」


 それを聞いたメルヴィンは、一瞬やはりと思ったのか、憎しみのこもった目で男爵邸を睨んだ。が、すぐにシオンに頭を下げる。


「──助かった。ありがとうシオン」

「いえ。弟子を助けるのは師の役目です」


 白々しい父の言葉にげっそりしつつ、グラントは疲れた顔で言う。


「で……クロスターマン男爵……が、動いたとなると……おのずと犯人が見えてきますね。……男爵は、シュタルク家の子飼いとも言える男です……」


 グラントの言葉に、メルヴィンは頷いた。


「──そう。そしてシュタルク家は──デメロー元伯爵の、離縁した奥方の実家だ」


 デメロー元伯爵の元妻──言わずと知れた、モニカ・デメローの実母である。









お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 王太子が個人的に動かせるレベルじゃないwww これ殿下がクーデター起こしたら簡単に成功しちゃうのでは? 助けがくるまで、ヘルガはぶじでいられるのか!? いや、流血沙汰になった時点で殿下…
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