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6ー2 ヘルガはグラントに目をつけた

 


「“私にしたら”……?」


 青年の言葉を繰り返して。“マル”を見つめたヘルガは、一瞬間を置いて、「それはつまり──」と続ける。

 そのいぶかしげな表情を見て、マルことメルヴィンは、咄嗟に「あ、ダメだな」と察する。令嬢の口調には、照れも甘さも戸惑いすらもない。冷淡顔のヘルガは普段の調子のままで言った。


「つまり、それは王太子様をやめてマルさんを略奪せよと? ──どなたから?」


 と、言いながら。ヘルガは眉間にシワを寄せて周囲を見回した。……どうやら、マルを奪う“略奪相手”を探しているらしい……。

 するとその視線の先にはグラントが生真面目に立っていて、ヘルガの視線(サーチライト)がハッと彼に止まる。令嬢が「え、もしかして……?」とつぶやいたのを見て、二人の会話が聞こえていた護衛青年は心底驚いたようで。ギョッとして首を振って、それから慌てて店の奥へ逃げて行った。


「──あら……? 違った……? それともわたくしが今にもあの方に飛びかかって略奪行為をしそうな顔をしていたから逃げられたのかしら……?」


 ヘルガはキョトンとグラントが消えていった方向を見て思案している。

 そんな令嬢を見て──隣でメルヴィンが顔を俯かせて額を押さえている。


「………………あのね……」


 青年の顔には呆れが滲む。


「もしやヘルガ……私の性別分かってない?」

「え? ……ええ、多分男性だろうなぁとは思ってますけど。そういうことも無きにしも非ずかと思いまして。可能性を探ってみました」

「…………………」


 邪気のない返事に返す言葉を失うメルヴィン。に、ヘルガが問う。


「でもマルさん、そもそもこの略奪行為は父の命令あってのことなんですよ? 略奪対象を勝手に変えるのはどうかしら」

「……」

「たとえばですよ? 今回モニカさんのご実家が失脚なさったことで父の気がすみ命令を取り下げたとして──」


 ヘルガは状況を整理してみましょうと、淡々とメルヴィンに説明をはじめた。──青年は、がっくりきた様子で、ただただ彼女の隣に座っていた。




「──……まあ……ああなるんじゃないかなとは思ってたけどね……」


 なんとか修道院行きを諦めさせたヘルガと別れ、店を後にしたメルヴィンはボヤく。話を聞くのは、先ほどヘルガに“マル”の相手認定されそうになったグラントである。


「びっくりしました……」


 護衛の青年は少し顔色を青くして、いまだに衝撃冷めやらんという表情で心臓を押さえている。


「御令嬢は……少々突拍子もないといいますか……まさかこちらに矛先が向くことがあろうとは……だって普段は私が場にいてもぜんぜん存在にも気がつかれないのに……」

「……気を使わなくていい。あれが少々というレベル?」


 青年の遠回しな口振りを渋い顔で切って。それからメルヴィンはため息をつく。


「はあ……要するに。私は“マル”としてもまだ彼女に全然意識されてないってことなんだろうな……脈があれば、さすがにヘルガにだって少しくらい反応があるはずだ。……やれやれ……」

「殿下……」


 やるせなさそうな細いため息の音に、グラントが心配そうにメルヴィンの顔を覗き込む。が、メルヴィンは首を軽く振りながら「いや」と、片手を上げる。


「大丈夫、分かっていたことだ。まだヘルガは恋愛には目覚めていないから仕方ない。さっきのは……ちょっとヘルガの反応を探っただけ。脈がない状態で『好きだ』と伝えても、ああやって懇々と理詰めで断られるってことだね……少し作戦を考えないと」


 メルヴィンは、なんでもないさと言いたげにヒョイっと肩をすくめて。しかし、それでもやはりどこか気落ちした様子の見える主人に、グラントが気遣わしげな視線を送る。


「…………殿下の邪智深い作戦が通用するようなお相手には思えませんが……」

「黙れ」


 しんみりと言われ、メルヴィンが苦々しく護衛を睨む。


「気遣わしそうにしといて言うことはそれか! お前……慰めたいのか嫌味を言いたいのかどっちかにしろ!」





 ──同じ頃。ヘルガも茶房を後にしようとしていた。

 会計をしようとすると、店の者からすでにそれはマルによって支払われていると告げられる。

 あらと思い、しかし財布を出そうとしていたヘルガは、己が財布を持っていないことに気がついた。

 よくよく思い出すと、そういえば司書のオーディーに弁当をバスケットごと渡してしまったことを思い出した。うっかりしていたが、彼女がありったけのお小遣いを詰めてきた財布もその中に入れっぱなしである。

 危なく無銭飲食をするところだったとヘルガはマルに心底感謝して。しかし、流石に財布を回収しなければ、オーディーも困るだろうなと思ったヘルガは、すぐに王立図書館へ戻ることにした。



「……………………」

「あ、ヘルガ様!」


 そうしてヘルガは黙々と歩き。彼女が図書館のカウンターに現れると、ちょうどオーディーが慌てた様子で出てくるところだった。彼の腕にはヘルガのバスケットが抱えられている。どうやらその中にヘルガの財布が入っていたことに彼も気が付いたらしい。青年は、令嬢を見つけてホッとしたように彼女に手を振ろうとした。が──……


 そこで唐突に、ヘルガの身が床に沈む。


「!? へ、ヘルガ様!?」


 ガクッと、音がしそうな見事な沈みっぷり。華麗にすっ転んだ令嬢に、オーディーがギョッと目を見開いている。





お読みいただきありがとうございます。

メルヴィン、ガッカリしております( ;∀;)が…

ヘルガはまたおかしなことをしてオーディーに迷惑をかける予感。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 殿下も、マルとしてならもうちょい意識してもらえてると思ってたのかしらwww ていうか、マルさんも「たぶん男性だろうな」程度の認識だったとは…この子本当に、よくここまで無事に育って来れました…
[一言] …自分の足に躓きましたかね?(笑)
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