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5ー4 キャラ弁は三重。


 しかし、ヘルガはそんな背後の悪魔のような青年には気がつかない様子。


「もらっていただけませんかオーディーさん。これはモニカさんに食べていただこうと作ったんですが──マルさんが、修道院まで行くなら絶対日持ちしないっておっしゃるの。ですからいつもお世話になっている司書の皆さんで召し上がっていただければ……」

「で、でも……」


 差し出してくるヘルガの真摯な眼差しを見ると受け取ってしまいたい。──が、なにぶん後ろの男が怖かった。

 と、男が令嬢の腕を引く。彼女の前では一応笑っていたいのか……引き攣った笑顔がやばいと思いながら、オーディーは息を殺して二人のやりとりを見守った。


「? マルさん?」

「ヘ、ヘルガ……? なんで、彼に君の手作り料理を……?」

「何故ってあなた……あなたが日持ちしないとおっしゃったんじゃありませんか。わたくしがモニカさんに愛情こめたお弁当を……」


 ヘルガは不思議そうに青年の顔を見上げている。と、青年はそんな彼女にすぐさま返す。


「だから──それなら私にくれれば良くない……!?」


 何故だとメルヴィン。どうして目の前に自分がいるのに、自分はスルーされ、ヘルガはわざわざこの司書に弁当を贈ろうとするのか。

 そもそもヘルガの手作り弁当を見せられた時点で、彼は絶対にそれを彼女を陥れようとしたモニカに渡す気はなかった。すっかり自分が貰う気になっていた。絶対欲しい。だってヘルガ自らが『愛情こめた』と称する弁当である。それはそれは彼女は一生懸命作ったに違いないのである。それを──何故別の、ぽっと出の男に取られなければならないのか。


 だが、悲しいかな、そんなメルヴィンの渇望と嫉妬に気がつかないヘルガは正論で返す。


「? だって……こんなにたくさんマルさんお一人では召し上がれないでしょう?」


 モニカ一人にそんなに用意したヘルガもヘルガだが……張り切ったヘルガのキャラ弁は三重の箱に詰められている。が、メルヴィンは精一杯虚勢を張った。


「た──食べるよ!? 全然食べられるって!」

「何をおっしゃっているの……どう見ても一人で食べられるような量ではないでしょう。いけません。暴食は健康を害します」


 凛とした顔で言うヘルガに、メルヴィンは悔しそうな顔をしてオーディーを見る。


「ヘルガ……君、分かってないね……他の男にやるくらいならそっちのほうがマシだよ!」

「はあ……? お腹を壊したほうがよい……です……って……?」


 必死な男に、ヘルガは心底分からないという顔をした。ヘルガはお腹が痛くなるのがとても嫌いである。恐怖していると言ってもいい。それなのに、あんな嫌なことのほうがマシと言われて。どうやら思考魔のヘルガは興味を引かれたのか、一瞬ぼや……っと考える素振りを見せる。が……しかし。


「は! 駄目ですマルさん。消費期限というものがあります。チンタラしていたらお弁当が傷んでしまいます。考えている場合ではありません。それにもうこれは、オーディーさんに差し上げると言ってしまいましたからそれを覆すことはできません」

「!?」

「い、いえ……ヘルガ様……僕でしたらお気遣いなく……」


 恐る恐るオーディーが辞退を申し出るが、ヘルガはそんなわけにはいきませんと首を振る。


「駄目です。一度差し上げると言っておいて引っ込めるなんて。それはマナー違反です。いいのです。多分マルさんが全部食べられると言ったのは嘘ですから」

「え……」

「ぐ……」


 にっこりと微笑むヘルガに、背後の男が呻く。どうやら図星だったらしい。……まあ確かにすらりとした体型から見るに、そう大食漢とは思えない。

 戸惑うオーディーに、ヘルガは少し控えめな口調で言う。


「あの、ですからご迷惑でなければ、こちらはぜひオーディーさんたちが召し上がってください。空腹のマルさんとは(「違う!」※メルヴィン)まだ話がありますし、話ついでにその辺りのお店で、別に程よい量のものを買いますから」

「で、でも……」

「ね、お願いいたします。あの……わたくしもこれらが無駄になったら悲しいです」

「ぅ……」


 言いながら、令嬢が「他に食べてくれそうな方もいませんし……」と、瞳を伏せた一瞬に見せた悲しげな表情に──……オーディーは負けた。

 オーディーも、ヘルガの弁当が嫌なわけではない。──背後の男が怖いだけなのである。

 その男の悔しそうな視線を浴びながら、しかし、オーディーは、これ以上令嬢を悲しませないために、それを甘んじて受ける腹を決めた。


「……はい、ありがたく……頂戴します……」

「! ありがとうオーディーさん」


 言って両手を差し出すと、途端令嬢が晴れやかにはにかんで──その背後の男が悪魔の形相を見せた。


(……やれやれ……)


 ──最近本当にこういうことが多いのである。

 冷たい風貌に似合わず、ヘルガは善良なものだから。うっかりしている彼女を手助け(棚で顔面を打ち眼鏡を吹っ飛ばしたヘルガの眼鏡を拾ってやったり、散らばった本を一緒に片付けたり)すると、令嬢には必ずこうしてとても感謝される。聞けば本好きの彼女にとってオーディーら司書は、憧れの職業でもあるらしく。どうも令嬢には控えめに懐かれている節があるのだが……。

 それは悪い気はしない。そりゃあ嬉しい。が──……どうやらそれを、令嬢の後ろの青年は気に食わないようで。

 こうして言外に『ヘルガに手を出したら承知しない』という目で睨まれることもしばしば……。

 今も、銀の髪の青年は、オーディーをぎりぎりと音がしそうなほどに睨みつけていて。それを見た青年司書は、引きつった。


(困ったなぁ……)


 オーディーはちょっぴり涙ぐみながらため息をつく。面倒ごとはごめんだと思う。どうしても嫌ならば、令嬢とは関わらないようにすればいいのだが──……

 しかし、そんなオーディーにヘルガか微笑みかける。


「オーディーさん、本当に助かりました。ありがとう」

「…………」


 令嬢が冷たい色の瞳を細め、頬を持ち上げて笑うと、いつも表情に張り付いている冷気が和らいで彼女はとても可愛らしく見えた。見ていると、こちらも思わずほわっと頬が緩み──……これにはオーディーも弱い。


 が──。

 それを他の男に向けられるのが死ぬほど嫌らしい銀髪青年の顔は壮絶に怖くて。オーディーはこういう時、いつも非常に胃痛を感じるのである。






嫉妬に狂っておりますが、どうやらメルヴィンは図書館でヘルガに親切な司書たちには手を出さないと決めているようです。


お読みいただきありがとうございます。平和な回が続きましたので、次話あたりからちょっと波が欲しいなと思っています。ブクマや評価などぽちっとしていただけますと、励まされます( ´ ▽ ` )よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] マルさん、ここはせめてヘルガと、グラントも入れて3人で食べるとかいろいろあったでしょうに…。 独り占めしようとするから腹ペコとか思われちゃうんですよ。 それでもきっとヘルガはマルさんを嫌…
[一言] こう言うのは大歓迎(笑) まぁ色々ガンバレ〜。マルさん(笑)
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