5ー2 父、宴会中。ヘルガお出かけし放題。※危険
「は……?」
ヘルガから話を聞いて──メルヴィンは言葉を失くす。
「とりあえず事情を話して」と彼に椅子に座らされたヘルガは、持ってきた重そうなバスケットを机の上に置き、彼に向き直った。相変わらず──きっちりと伸ばされた背筋が美しかった。
「ですから──わたくしモニカさんに会いに行こうと思って」
「モニカ嬢に?」
戸惑いつつ繰り返すと、ヘルガがうなずく。そしてヘルガは左右を見て、人が傍にいないか確認するような素振りを見せた。どうしたのだろうとメルヴィンが見つめていると、不意に──令嬢が彼のほうへ乗り出した。
「!」
ヘルガの冷たく整った顔が間近に迫って来たのを見て。メルヴィンが目を見開いて固まった。
薄薔薇色の唇の横に手を添えたヘルガは、青年の耳元に顔を寄せている。
「………………」
「あのですね、これはここだけの──マルさんだからお話する話なのですが──」
「あ、う、うん……」
ひそめた声に耳をくすぐられると心臓が鳴った。ヘルガの清楚な香りがいつもより近く薫る。少し視線をずらせば、ごく近い距離にヘルガの頬が見えそうで。メルヴィンは微動だにできず。赤い顔で地蔵のようになって固まっている彼を──
少し離れた本棚の隙間からグラントが目撃して。
(…………殿下のあのお顔……見ているこっちが照れるんだが……)
と、思ったとか思わなかったとか。
それはさて置き。
急にグッと距離の近くなったヘルガの顔が直視出来ず。メルヴィンが赤い顔で何かに耐えているが──そんなことには気がつかないのがヘルガである。
令嬢はあくまでも真面目な表情で言う。
「実は……モニカさん……王太子殿下に婚約を破棄されてしまったそうで……修道院送りになってしまわれたんだそうです……」
「…………………………」
ヘルガはど真剣である。が、途端メルヴィンが沈黙した。……実はも何も……という話である。それは、彼自身がした断罪であり、処罰であった。
しかしもちろんヘルガは、メルヴィンがその当事者だとは知らない。沈んだ様子で続ける。
「だからわたくし、彼女に会いに行きたくて……でも家の者は誰も修道院の詳しい場所を教えてくれないのです。そういうわけでわたくしは王立図書館に参りました。司書の方々は博識でいらっしゃるし、きっとご存知だと思って」
「……えーと……」
メルヴィンは言葉に詰まる。どうしたものかと考えていた。
──昨日の騒動のあと。話題の主モニカは、結局王太子──というか、ここにいるメルヴィンとの婚約内定を速やかに取り消された。
当然のごとく、自分たちの利益のために王太子の婚約という国の未来を左右する大事を不正に操作したかどで罰を受けたのだ。
伯爵は地位を剥奪され、娘のモニカは山奥の修道院に送られることとなった。その行き先であるホワイトベル修道院は、国境のへんぴな場所にある修道院で。つまりそれは、貴族の娘にとっては、ほとんど追放同然の処置。これからモニカは厳しく管理される立場となる。
ヘルガから話を聞いたメルヴィンは、ああなるほどと思った。
つまり、その話をどこからか耳にしたヘルガはモニカのことが心配になったのだろう。
別の心配をしていた彼は、ひとまずは安堵する。メルヴィンは、前々から『父に逆らえば修道院送り』だと言っていた彼女自身が修道院に入りに行くと言い出したのかと危惧していたのだ。
しかしとメルヴィン。
(昨日の話はかなり厳重に居合わせた者たちの口止めをしたはずだが……)
そんなふうに怪訝に思っていると、ふと、目の前でヘルガの顔が曇る。落とされた視線に気がついて、メルヴィンがどうしたのかと彼女を覗き込む。
「? ヘルガ?」
「わたくし……分かっているんです……モニカさんが婚約破棄されたのは……わたくしのせいだと……」
「!」
その言葉にメルヴィンが驚いた。
いや、それは『ヘルガのせい』というよりは、『ヘルガのため』と言ったほうがいいのだが。
ヘルガに嫌がらせ行為をしたモニカを許せずにメルヴィンが王妃たちの前でやったことは、しかし、メルヴィンがヘルガのことを好きだと知らない彼女には、そうと分からないはずだ。
それなのに、いったい何の責任を感じてこんなにヘルガが肩を落としているのだと、メルヴィンは慌てた。
(まさか──どこからか、私の正体がバレた……? もしや耳栓がちゃんとしていなくて昨日の話が聞こえていたのか──?)
「──っ」
青年は焦り、息をつめてヘルガの顔を見ている。
もし、そうであれば、マルとして、ゆっくり大事にヘルガとの仲を深めていこうという彼の計画は丸潰れである。
メルヴィンはどうしたものかとヘルガの次の言葉を待った。が──……
しかしどうやら。ヘルガが言っている話は、メルヴィンが考えているものとは少し違うようだった。
しょんぼりしたヘルガは言う。
「だって……わたくしが何度もお二人の逢瀬を邪魔したでしょう? 誘惑させてくださいと声高に宣言したり……モニカさんの前で殿下に抱きついたり……(※抱きつけてない)。あのわたくしの略奪行動(?)が……お二人の仲を引き裂いたんじゃないかと……」
ヘルガは眉間にシワを寄せて苦悩している。が、
「……ちょっと待って」
メルヴィンは手を挙げた。頭痛を堪えるような顔である。
どうやら──ヘルガが言っていることは、昨日の断罪劇のことではないのだとは分かった。
──しかし。自分が邪魔したせいでモニカが婚約を破棄され修道院に送られてしまったのではと嘆くヘルガに──メルヴィンは突っ込む。
「いや……引き裂くも何も……そもそもそのつもりだったでしょう!? モニカ嬢から王太子を略奪するという話だったよね!?」
「はい。そうなんですけど……」
話があまりにも頓珍漢な気がするのだが──ヘルガの瞳はあくまでも真剣に悲しげだ。
「まさかモニカさんが修道院に送られてしまうとまでは、考え及びませんで──」
「!?」
ヘルガは、唐突にぼろぼろと涙をこぼし始めた。
本日は忘れてこなかった彼女の眼鏡のレンズが曇り、メルヴィンがギョッとする。
「へ、ヘルガ……」
「ぐす、わたくしは父の駒です。ですが──婚約破棄された令嬢が、まさかそれだけで修道院に送られてしまうなんて……」
「(いや、モニカ嬢は“それだけ”ではないから修道院送りなんだけど……)」
「そんなことにも気がつかず、わたくしは父の言いなりとなり、モニカさんの人生を大きく狂わせてしまいました。わたくしはモニカさんに懺悔する資格もございませんが、彼女のために何かしなければ気がすみません」
「──……」
ヘルガは涙目でキリッとした顔をし、『罰を受け、償いをする』つもりになっている。
メルヴィンは──頭痛を感じた。
善良なヘルガらしき考えだが──それはまったくの思い違いだ。すべては不正を働いたモニカたちの自業自得であり、彼が盛大にそれを暴いたのも、彼女たちがヘルガに非道な真似をしたからで……モニカの修道院送りには、ヘルガは無関係である。──というか──そもそもヘルガの企んだ“王太子”への誘惑は、一度も成功していないではないか。それでどうしてそれが、『ヘルガのせい』になってしまうのか。
しくしく涙しながら、ハンカチの端で目元を押さえているヘルガを見て──メルヴィンは……困り果てた。
──こ、この子をどう説得すれば……
キツそうな見た目に反し、ヘルガはのんびりした性質だ。が……意外に行動力があることは、例の『当たって砕ける作戦』などを見れば明らかである。このままではきっと、ヘルガは本当にモニカに会いに、ホワイトベル修道院を目指して出かけて行ってしまうだろう。
ヘルガは鼻をすすりながら、キリッと凛々しい顔をする。
「そのようなわけで、わたくしは今から修道院まで行って参ります! 大丈夫、今は当家と対立していたモニカさんの父上が失脚なさったので、父はとても上機嫌で。わたくしのことなど見向きもせずに祝宴を開いていますから、外出し放題状態です。この機を逃す手はありません。ほら! 見て下さいマルさん! わたくし、モニカさんへの差し入れも作ったんですの!」
どうやら──ヘルガが重そうに腕に下げてきたバスケットの中身は、モニカに差し入れる大量の食料であったようだった……
彼女がフタを開けて見せてくれた、キャラ弁のクマが物悲しい。
お読みいただきありがとうございます。
目の前の窓の外で雷がバシバシ落ちてて恐ろしいです( ;∀;)パソコンの調子がおかしいのは雷のせいでしょうか…;
ご感想、ブクマ、評価等ありがとうございますm(_ _)mとても励まされます!
ここから恋愛色を強めていきたい(当社比)ですが…ヘルガのスルースキルが強そうで書き手もグラント同様苦悩中です。笑 がんばります!
 




