4ー6 ヘルガはまたマルに騙されたと知る
連れ出された庭園で、ヘルガは隣に座る青年を見る。……裸眼に加えた怪訝そうな表情が、ひどい。この冷ややかさには、人を寄せ付けないバリア機能があるなぁとメルヴィン。内緒話にはもってこいである。
「……どういうことですか? マルさん」
ジロリと見られ、重苦しく“マルさん”と呼ばれ。……思わずメルヴィンは小さく噴き出した。
案の定──ヘルガはまた、彼が“王太子”であると気がつかなかったらしい。そう察して、青年は、くすくす笑いながら、ヘルガに、己の耳を指さして見せる。
「ヘルガ、耳、外して」
「? ああ……そうでした」
ヘルガは一瞬キョトンとし。ハッとして。示された通り自身の両耳に手をやり、そこに詰め込まれていた──耳栓を取る。そして苦悩するような渋い顔でため息をついた。
「ふぅ……まったく。マルさんは本当に意味が分からない……なんだか先程のお部屋、日光が射し込みすぎていて、おまけに反射するものが多すぎて。眩しくて全然周りが見えませんでした……」
ヘルガは眉間にシワを寄せている。どうやら、先程の部屋──王妃のサロンで、目を凝らしすぎて目が疲れてしまった様子。眉間にシワを作りつつ、珍しく頬を膨らませているヘルガが可愛いなぁと思いながらも、メルヴィンは彼女の顔を心配そうに覗き込む。
「大丈夫? ごめん、疲れた?」
「……なんだかとても眩かったです。いろんなところがキラキラしていて非常に目を開けづらい空間でした」
ヘルガがそう正直な感想を述べると、メルヴィンは「装飾品の鏡とか、婦人たちの宝石とかに日光が乱反射してたのかな……」と、心配そうに呟いた。
言いながら、青年はヘルガの額に手を伸ばしたが……ヘルガはそれをサッと避けながら問う。(避けられたメルヴィンがとても残念そう)……どうやら、流石のヘルガも、今回のメルヴィンことマルの謎行動に若干の不信感を抱いたらしい。
「ところで……先程のお部屋は──随分人がいたような気がしましたが……あれはいったいどこだったのですか? モニカさんが……いらっしゃったような……」
「ん? 気になる?」
問うと、メルヴィンがにこりと笑う。
──そう。つまり──先刻の騒動。ヘルガには何も見えていなかった。
おまけに、“マル”から事前に『ちょっとうるさいから』と、耳栓を渡されて。なんの疑いもなく『そうですか』と、それを装着したヘルガには、王妃のサロンでの出来事は、何一つ聞こえてはいなかった。
メルヴィンが皆の前で高らかにした愛の宣言も、王妃との会話も。それどころか……彼女はあの場に王妃がいたことにすら気がついていない。道中の景色が見えないものだから、連れて行かれたのが王宮であったことにすら気がついていない始末。
そんなヘルガが……マルが王太子であるなどということに気がつくはずが──なかった。
「さすがヘルガ!」
メルヴィンは破顔する。
「さすがだよ。それでこそヘルガだよね! まったく……本当に君はいい子だね……!」
──メルヴィンは。ヘルガに自分の正体を明かすのはまだ早いと考えていた。
要するに、彼女と相思相愛になるには“メルヴィン”でいるよりも、“マル”でいるほうが近道だと察しているし。まだ、彼は何も知らないヘルガに誘惑されたいのである。──だって、とメルヴィンは彼女が持って来た例の本を見る。
『マーガレット・ラブ著 お嬢さま必見☆ 愛する人を落とす方法♡』
──くらっと来た。
こんな本を読んでまで、自分を誘惑しに来てくれるヘルガなんて……と。そんなヘルガ、レア以外の何者でもなく、可愛いという他ないではないか。『王太子に抱きつく』などという荒技を繰り出してくるヘルガだが、本来彼女は男性とはきっかり距離を取りたがるタイプだ。──そんなチャンス、逃す手はないのである。
しかしヘルガのほうではまさか男にそんな思惑があろうとは思いもせず。思い切り謎に賞賛されたことに目を細め、塩対応を強める。
「はぁ? マルさん……意味不明にわたくしを子供扱いするのはやめていただけます? わたくし、あなたのお使いの方が、先日助けてくださった“女性”が待っているからとおっしゃっていたから着いてきたのですが……?」
納得のいかないヘルガはここ一番の冷淡な顔。しかもどうやら上機嫌のマルが自分の頭を撫でようとしていると気がついて。再びそれを怪訝そうな顔で避けた。
「それで? わたくしの恩人様の女性はどこです?」
「え? ああ、えーっと……ふふ」
苦笑しながら青年が視線を送る先には、二人がいる東屋の外を警備しているグラントが。ヘルガの言う“恩人様の女性”の正体は彼だが──
メルヴィンは笑う。
「ま、いるんだけど。その話は後で」
「? はぁ……」
「ははははは」
「あらまあいったいなんなんでしょうか、この方は……」
ヘルガは思い切り呆れ果てたという顔で、メルヴィンを見て、口を尖らせる。
「わたくしとっても忙しかったんですよ……!」
城下で本を探していたら。急にマルの使いだという男がやって来た。“恩人の女性”がいると言われたゆえに大人しくついてきたのだ。
「そしたら何故か、いろいろ連れ歩かれてひどく眩しい場所に連れて行かれる始末ですよ……おかしいわ……まさか……マルさんまた私を騙したんですか?」
ヘルガは思い切り眉間にシワを寄せている。そんな彼女に苦笑しながら。とりあえずとマルであり、メルヴィンである彼は言った。
「ふふふ……とりあえずヘルガ──君、知らない男にホイホイついて行ったら駄目だよ」
……どの口が言う……と、いうやつである。
お読みいただきありがとうございます。
またヘルガはメルヴィンに騙されたと知り、そして──多分また彼女はそれをうっかり忘れることと思います。笑
ぜひこんなメルヴィンをまた思い切り困らせてやりたいと思います。
続きを書く原動力です!ぜひブクマや評価等よろしくお願いいたします(о´∀`о)人




