4ー5 断罪と、蛍光色のレモン色
「っ、え……で、殿下……?」
「弟王子の誰かですか? それとも別の王族の誰か? それはめでたいことですね」
嘲笑うかのようなメルヴィンの言葉に、モニカの隣に立っていた王妃が表情を険しくする。声は怒りのあまりか掠れていた。
「何を、言っているのメルヴィン……お客様の前で……モニカに恥をかかせるつもり!?」
声を荒げる母にも、メルヴィンは素知らぬ顔である。
「なんのことです? 少なくとも、私ではないはずです。ええそのはずです。だって私は何度も心に決めた人がいると母上に申し上げたはず」
王太子の言葉に、モニカは頭の上から盛大に冷や水をぶちまけられたような気分になった。
周囲の者たちの、ひそひそ声や好奇の眼差しを感じると足が震えた。
愕然として青年を見ると、彼はゆったりと笑う。優美な顔は、直前に、冷淡な言葉をはいたとは思えない美しさだった。
彼女の隣で王妃が息子の暴挙に愕然として顔を真っ赤にしている。
「メル、ヴィン……! あなた……!」
「ふふふ、母上、そんなに怒るとご健康を損ねますよ? 母上がそうやって動揺なさるだろうと思ったのでこれは出さずにおきたかったのですがねぇ……」
そう言う割には躊躇することなく、メルヴィンはグラントを呼び寄せて。受け取ったものを目の前にあるローテーブルの上に広げる。
「な、なんですかこれは……」
戸惑う王妃に、メルヴィンは少し顔を傾かせて微笑む。流れた銀の髪が美しいが、狡猾に持ち上げられた口の端は残忍に見える。とても愉快そうな瞳を見て、王妃も、モニカも嫌な予感しかしない。
「これは──今回デメロー家が、不正に私の婚約者選定を操作したという証拠です」
「!」
チラリと王太子に視線を送られたモニカが息を呑んで、真っ青な顔でドレスの裾を握りしめた。
「不正……?」
「そうです母上、伯爵は、選定に関わった者たちに相当な額の贈り物をしています。おまけに、その者たちに候補者のリストを改ざんさせている」
と、その瞬間、場に不穏な空気が流れた。候補者選定中にはそういった賄賂まがいの贈り物は禁止されている。厳しい視線がモニカに集まる。客の中には、自分の娘が選定に落ちた母親もいるのだ。疑惑の目が向けられていることに気がついて、モニカは悲鳴のような声を上げた。
「そ、そんなこと! 父はしていません!」
モニカは王妃の腕にすがりついて首を振る。
「王妃様! 嘘です! 違います! そ、そんなこと私どもは──信じてください!」
涙の滲む乙女の顔はいたいけで。王妃は思わずそんな彼女の手を取る。
「モニ──」
──と、王妃の口が動いた瞬間。それを優雅に座ったまま見ていたメルヴィンがつぶやく。
「おやそうですか? すでに君の父君が自白しているんですけどねぇ」
「ぇ……」
冷淡に言われた言葉に、王妃に縋っていたモニカが振り返る。
視線が合うと、メルヴィンは悪魔のような顔で微笑んだ。
「既に、伯爵には、証拠と使用人たちの証言をもとに取調べを行なっています。金の流れもつかみました。国の未来の王妃を決める大事ですからね……不正があったのなら正すべきでしょう? 伯爵は──ふふふ、拷問器具を見せてやったらすぐに白状しましたよ」
「拷問……!?」
目を剥いた令嬢に、メルヴィンは冷たく言う。
「当然でしょう。国の大切な書類を改ざんすることがどれほどの罪か、君は分かっている?」
「──………………」
モニカが力を失い床にへたり込んだ。王妃も青い顔で息子を見ている。
「メ、メルヴィン……」
青年の顔からは笑みが消えて、冷たさだけが残っていた。
「母上があまりに強引でしたからね。もう水面下でとっくに調査を行なっていたのですよ。私もそう、馬鹿ではありませんので」
メルヴィンは、床の上のモニカを見下ろす。
「残念ですモニカ嬢。私はもっとことを穏便に済ませたかったのだけれど……」
言って、彼は再び美しく微笑んで。突きつけるように言う。
「君は、私の逆鱗に触れた」
「──っ」
言葉を失くしたモニカから視線を外したメルヴィンは。立ち上がり、傍で蒼白になっている母の耳元に、囁いた。
「……どういたしますか? 母上も、リストが不自然に変更されたことをご存知でしたよね……? 薄々不正にもお気づきでしたね? 母上が……選定人たちから“贈り物”を受け取った証拠も……お出ししましょうか?」
「!」
息子の低い声に王妃の肩が揺れる。
明確に、メルヴィンは母を脅していた。彼は続ける。
「どうやら母上は、モニカ嬢をいたくお気に入りのようですが、この辺で手を引いてください母上。そもそも伯爵は、小賢しい割に、あの程度の脅しで屈するような志も低い情けない男です。きっと姻戚となっても、別に利をちらつかせられれば、きっとすぐに裏切りますよ……? 面倒なばかりではありませんか……」
それとも、と、メルヴィン。
「ここで、すべてを暴露して、皆の前で、王妃の威信を傷つけますか……?」
「……」
王妃は息子を睨んで奥歯を噛んだが──スッと表情を冷徹に正し、モニカを見下ろした。
「なんてこと。あなたがそんな娘だとは知らなかったわ」
「!」
言い捨てられ、すがっていた手を払い除けられたモニカの顔から、ざっと血の気が引く。
「お、王妃様!」
「衛兵はさっさとデメローの娘を連れて行きなさい」
「! いや……! そんなっ、王妃様ぁっ!! お姉様方! 助けてください!」
しかし当然『お姉様方』と呼ばれた令嬢たちは動かなかった。素知らぬ顔でモニカを見ようともしない。
モニカは悲鳴を上げながら、衛兵二人に連れ出されて行く。
と、開かれた広間の大扉に、彼女らと入れ替わるように──誰かが現れた。
「!?」
その者を見て──引きずられて行くモニカが目を瞠った。
「へ、ヘルガ・アウフレヒト!? 何故ここに……」
「?」
モニカに怒鳴られた娘は怪訝そうに目を細めている。が、メルヴィンの傍からやって来たグラントが丁寧な調子で促すと、ヘルガはモニカに会釈して、それから広間の奥へ進んで行く。
その先で待つ王太子が、嬉しそうな顔をしているのを見て、モニカは愕然とした。
「ま、まさか──……ゆ、許さないわよヘルガ! 何もかもあんたのせいだわ!」
ヘルガの後ろ姿に、モニカが金切声をあげる。
と、サロンの奥でヘルガを出迎えて肩を抱いたメルヴィンが、モニカに冷たい侮蔑の視線を向けた。
「耳障りだ、さっさと連れて行け」
「は!」
「ぃ、いやぁああああ!」
「?」
突然そこに連れてこられたヘルガは、キョトンとした顔で目を細めていた。
(今……どなたか叫んでいた……?)
振り返ろうとすると、隣に立っていた大きな人物がヘルガの肩をトントンと軽く叩き、前向くようにと促す。
(ああ、あっちなのね……)
本日も、彼女のうっかりなのか、誰かの悪意なのか。眼鏡をせずにやって来たヘルガは、何かを大事そうに抱え、周囲をキョロキョロと見回している。
しかし、相変わらず裸眼時は彼女の視線は険しくなるもので。突然の捕物に驚いていた周囲の婦人たちも、我に返って皆、王妃様の御前でなんて無礼な顔をする娘なのと囁き合った。
と、息子が連れてきた娘が、誰なのか悟って王妃が眉間にシワを寄せる。
「メ、メルヴィン……まさかあなた……」
王妃が苦々しい顔をしているが、メルヴィンはあえて彼女を無視することにした。
メルヴィンは周囲の婦人たちに向き直り微笑みかけると、ポカンとしたままのヘルガを愛しげに見る。
「ご紹介します。私の想い人です」
言うと周囲がざわめいた。が、メルヴィンは言葉を続ける。
「私は、きっと彼女を王太子妃にいたしますので、そのおつもりで」
その宣言に、周囲にぴんと張り詰めた空気が流れた。王太子の言葉の中には、暗に『それを支持するかしないかを選び、私の味方になるか敵になるのかを選べ』という意味がこめられていた。もちろん、メルヴィンは敵となるものを叩き潰すつもりでいる。それをなんとなく察した者たちは沈黙する。
メルヴィンは微笑んで、また、ヘルガを見つめた。
その視線に気がついて、ヘルガが隣にいるメルヴィンを見上げる。
王太子の眼差しの優しさに──先ほどモニカに見せた彼の冷酷な顔との落差に、周囲は愕然とするが──しかし……。
皆──戸惑っていた。
そんな王太子に見つめられる娘が──先ほどから大事そうに抱えている大きな──ピンク色の本。令嬢がしっかと抱えても、隠しきれないそのデカデカとした文字……
『マーガレット・ラブ著 ゲット! お嬢さま必見☆愛する人を落とす方法♡』
(………………な、んなのあれは……)
(……え……? え? 『ゲット』て……だ、誰を? 王太子様?)←正解。
(な、に……? え? もしや何かの意図があって……?)
(え、気味が悪い……)
冷淡な真顔のヘルガ・アウフレヒトが、堂々と抱きしめている──……蛍光色に光るレモン色のタイトルと、ド派手に真っ赤なハートマークの分厚い本が……貴婦人たちをとてもとても惑わせていた……。
「?」
ヘルガは相変わらず、眉間にシワを寄せ、ポカンとしている。
で、結局話はのんきなヘルガのもとへ戻ってくると…
…顛末は次話にて。
結構必死にやっております。笑。
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