4ー3 爽やかだと逆に怖い。by グラント
扉の向こうから聞こえる声は、確かメルヴィンの遠縁にあたる公爵家の娘の声だった。
ヘルガを嘲笑うような声音に、聞いた途端──メルヴィンの顔からスッと流れる落ちるように温度が消える。一気に廊下の気温が下がったような気がして、王太子の後ろでグラントが身震いした。
と、控えの間の中から、どこか誇らしげな声が聞こえてくる。──モニカの声だった。
「ふん、ええもちろんです、お姉様。今日はあの子の持っていた本を全部滅茶苦茶にしてやりましたわ」
令嬢の告白に、室内にどっと笑いが起こる。
「またなのモニカ……! あなたって本当に性悪ねぇ。この前は眼鏡を盗んで踏み砕いたと言っていなかった?」
「しかもこの子、いつも王妃様に会うたびに、ヘルガの悪口を散々ふきこんでいるんですよ。王妃様がそれを信じ込んでいらっしゃるものだから、王家の者たちも、取り巻きの方々も、王妃様のご機嫌がとりたくて、みんなヘルガの悪口ばっかり」
「まったく、この子ったら。まあ、それを聞く私たちは楽しいから別にいいけれど。こんなに意地悪な子を妃にして、メルヴィン様は大丈夫なのかしら。ふふふ」
呆れたような声に、「意地悪だなんて!」と、高い抗議の声が続く。
「だってあの子の非常識さったら……! いきなり出てきて私に抱きついて来たり……それにヘルガのせいで王太子殿下との逢瀬が三度も台無しにされたんですよ!? あれくらい。本当なら本人の顔を引っ叩いてやりたいくらいです! だけど……相手は侯爵家の娘ですし……こういう方法でしか思い知らせてやる方法がないんですもの!」
「まあねぇ」
さざ波のような笑い声は続いている。
それを、扉を隔てた廊下で聞いていたメルヴィンが冷酷な顔をしているが、今度はグラントは文句を言わなかった。護衛は肩で息を吐き、やれやれと天井を仰いでいる。彼自身も聞くに耐えないと思ったらしい。
室内の会話はなおも続く。
モニカは甘えたような声。
「ねえ、お姉様……お願いです。あれくらいじゃ私とても気がおさまりません。お姉様たちがヘルガを懲らしめて下さいませ! もうすぐ私は王太子妃なんですよ? お姉さま方の親類にもなります。ね? 妃になった暁には、きっとお姉様方に尽くしますからぁ」
「ふふふ、そうねぇ。変わり者をいたぶるのは楽しいし、」
「私たちにも利があるのなら協力しないこともないけれど」
くすくすと笑う声。令嬢たちの、なんとも悪辣な会話に──メルヴィンの菫色の瞳が次第に危険な色に変わっていく。
「……」
「殿下……」
メルヴィンはそのまま黙り込んで。
そんな主人の背中に、グラントが扉を横目に見ながら心配そうに彼を呼んだ。──と、護衛の声に、メルヴィンが彼を振り返る。
「!」
途端、グラントがギョッとする。主君の顔が、思いがけず晴れやかに微笑んでいて。グラントは──逆に怖かった。
護衛は、控えの間の中に聞こえぬように、声を潜め、慌てて主君に言った。
「ちょ、殿下……なんですかその顔……何か企んでるでしょう!」
「さぁてね……」
メルヴィンは、目を細め口の端を持ち上げると。何事もなかったかのように再び足を前進させはじめた。それをグラントが慌てて追う。
「ふふふ……いやいや。これはやるべきことが増えたなぁ……あ、そうだグラント、母上に少し遅れると報せを出しといてくれ」
「は……? もう間も無く茶会ははじまってしまいますが……遅れると王妃様がお怒りになりますよ……?」
グラントの渋い言葉に、メルヴィンは笑い、吐き捨てるように言った。
「いいよ、どうせ──ロクな茶会にはならないからね……」
くつくつと笑うメルヴィン。その悪人ヅラに……この顔は、本当にロクなことじゃないんだろうなぁと、グラントは思ったが──止める気はなかった。
お読みいただきありがとうございます。
前から薄々わかっていましたが、このお話にはヘルガ以外にはあんまり善人がいませんねぇ…
グラントがギリギリまともかもしれません。メルヴィンの片棒は担ぎますが。
よろしければ評価やブックマークなどしていただけると、とても励まされます。
更新頑張ります( ´ ▽ ` )




