4−1 新しい作戦を求めて
「王太子殿下! わたくし特にあなたを愛していませんが(正直)! ぜひとも誘惑させてください!」
「!?」
ヘルガの言葉にガツンとショックを受けるメルヴィンに、気がつくこともなく。彼女は作戦実行のため、“王太子” に抱き着こうと駆けて行く。そうして令嬢は突進し──……
「っ、きゃああああああ!?」
次の瞬間、鋭い悲鳴が上がった。あらとヘルガ。
「? あら、王太子様、なんだかとてもお胸がふっくら……」
──モニカだった。強烈に悲鳴をあげるモニカを、ヘルガはぎゅっと抱きしめキョトンとした顔をしている。
令嬢は──今日も、眼鏡を忘れていた……。
「殿下、まあなんていい香り……」
「ひぃいいいいっ!!」※モニカ
「……………………」
──隣で王太子が、嫉妬で壮絶な顔をしている。
「……つまり検証した結果、やはり抱きつくのは駄目と」
真面目な顔でため息をこぼす令嬢ヘルガ。
あのあと。ヘルガは散々モニカ嬢に悲鳴をあげられた結果。悲鳴を聞いて駆けつけてきた王宮庭園の衛兵に捕まり、こってり叱られた。
そしてその現場に何故か再び現れた“マルさん”が、衛兵を取りなしてくれて。なんとかことなきを得た。
「ありがとうマルさん」
己の部屋に帰ってきたヘルガは、窓辺から夜空に向かって拝む。
しかし帰宅した直後には、事を知った父にも呼び出され散々だった。王太子の誘惑がうまくいっていないことも併せて小一時間ほど怒鳴り散らされて。兄たちには、『お前、女が好きだったのか』とゲラゲラ笑いながら揶揄された。
しかしヘルガには、兄たちの言っていることがよく分からなくて。下品な笑い方が嫌だなぁと思いつつ、別にわたくし女性も好きですけれどとそう返すと。兄たちには更に『相変わらずお前は愚鈍だな』と馬鹿にされた。
ヘルガは兄たちの嘲の意味はよく分からなかった。が、しかし、つまりこのままでは、父や兄の納得する結果は出せないということなのだろうと、作戦の立て直しが必要なのだなとは理解した。
ヘルガは自室で一人ため息をつく。
「……当たって砕ける作戦は私には合っていなかったのね」
……おそらく、世界の概ねの人々には、ヘルガの言う“本当に当たって砕ける”作戦は合わないだろうが……とにかく。ヘルガは気合を入れ直した。このままでは、父に見放されて勘当されるか、修道院送りか。まあ、怒鳴り散らした挙句、罰として、こうして部屋に閉じ込めて粗末な食事しかくれなかったような父である。……案外、神に祈り過ごす修道院に行ったほうが、ヘルガも幸せなような気もしたが……。
「……それだとわたくしはもう、マルさんにお会いできなくなりますしね……やっぱり、それは寂しいわ……」
星空を見つめながら、ヘルガはつぶやいた。
脳裏に浮かぶのは、マルの顔。
修道院に送られシスターを目指すなら、ヘルガにはもう自由はない。奉仕活動の時に、ひょっとしたら外部の男性とも会える機会はあるかもしれないが、ほとんどが修道院の中。今のように王立図書館で二人で並んで本を読むなんて機会はきっともうないだろう。
ヘルガは傍の長椅子に座り込むと、クッションを抱えてそんな生活に思いを馳せてみた。
塀に囲まれた、マルと会えなくなる生活。
するとやはり心に隙間風が吹いたように寂しい。
それは修道院でも、父の手の及ばない就職先を探して海外へ行くと想像しても、感じる寂しさは同じだった。
「はぁ……駄目ね、わたくしお友達がいなさすぎて、マルさんに依存しすぎなのかしら……?」
ヘルガはクッションに顔を埋めてため息をこぼす。
マルは、本当に奇特な人だとヘルガは思っている。
時々、からかわれたりもするが、彼は兄たちとは違い、親切で、とても優しい。きっと彼もヘルガの悪い噂をいろいろ耳にしているはずだが、それが彼の素振りに現れたことはない。彼は、いつでもどこか人とずれてしまうヘルガを見ても、『愚鈍』だとか『ぐず』だとか言わない。心配して、それとなく助けてくれているような気がする。
「………………」
そんなマルを思い出したヘルガの口元が少し綻ぶ。
「よし、」
ヘルガはクッションから顔を上げた。友のためにも、王太子を誘惑し、王都に残らなくてはと。彼女は決意を新たにした。
が……
その翌日。再び意気揚々と情報収集へと出掛けていったヘルガは、その出掛け先で、思わぬトラブルに見舞われてしまうのだった……
…ヘルガは、意図せず、微妙にちょいちょいモニカに仕返し?をしているかもしれません…
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