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シリーズ第三弾(シリーズへは完結後に追加)よくある話だと思うので短編のように短く色々と削ってまとめました。書き終えてますので毎日投稿。
私は自分を特別な人間だなんて思ったことは一度もない。普通、どこにでもいる普通の女の子だ。両親もサラリーマンに兼業主婦、弟はいるけど、至って普通、何かが優れているわけでもないし、だから適度にケンカもする。小中もどこにでもあるとこ、高校は少しだけ頑張った。ああ、少し変わったところがあったのかな。といっても、ドラマの影響で中学から始めた部活だから、これもよくあると言えばよくある。ブームって怖い。そんなこんなだから、これから先も、普通に大学に行って、普通に就職して、普通に結婚して子供を産んで、普通に死んでいく。別段考えたこともないけど、心のどこかではそんな予想図を描いていたのかもしれない。
私は泣いていた。年の差で弟に泣かされたことはないし、ドラマでもここまで声を上げて泣くなんてことはない。でも私は抑えられない。こうするのが自己表現、本能がそう言っているかのよう。そう、これは体が求めている。普通の人ならこれは分からないかもしれない。求めるものの正体は食欲だ。
お腹が満たされると今度は眠気が襲ってくる。基本睡眠は6時間もとれば大丈夫だったし、受験の時は眠気を堪えて頑張った。でも今は耐えられない。数分もしない内に意識が途絶えた。
私はまた泣いていた。最悪の目覚めだ。物凄い不快感。助けを呼ぶために泣いていたのだ。甲高い声はこの部屋だけに止まらない。すぐに誰かが来てくれる。でも今回は来てほしくない人もいる。
田舎ならではの歴史ある映画館、同じく古ぼけた映写機で、白い背景をバックにした、スクリーンに上映されるのは洋画。そんな味があれば良かったのか、現実は近眼の人の視界のようなぼやけたもので、そこに飛び込んで来てくれたのは4つの青い瞳。同じ髪色、でも長さが違うから、というか2つ多い時点で、来てほしくない人まで来たようだ。ああ、やっぱりまた怒られてる。その二人のやり取りを見たくないというのもあった。けど、それを伝える術を私はまだ知らない。
私はただ本能の赴くままに生きる。お腹が空けば泣き、眠くなれば時間を気にせず寝て、抑えられない不快感で目を覚ます。起きている時は天井を眺める。けどその時間は少ない。すぐに誰かが入ってくるから。でも嬉しい。私を見てるみんなの顔もいつも笑顔だから、私も声で顔で応える。自然と感情が出ていく。いつまで続くのか分からない穏やかな時間。その感覚も今は良く分からなかった。
私は手と膝で動き回れるようになっていた。けどこれは二手二脚歩行、動物みたいだ。二本の足で立とうとしても、ふらふらと、すぐにこけてしまって、当たり前に出来ていたことが出来なくなっていた。
でも出来るようになったこともある。
「おねちゃ、にいちゃ」
見上げた先にはビルのように高い人山、見慣れた天井も空のように高い。私が長い間過ごしてきたこの部屋も感覚的には体育館くらいある広さだ。端から端まで到達するだけで疲れてしまう。でもその疲れはすぐに忘れる。動き回れるのが楽しい。それは人山にも伝播して木霊になって返ってくる。限界を超えて勝手に眠るまで私は走り回っていた。
二つの足で歩けるようになると行動範囲も広がってくる。と言いつつも部屋を出て直ぐに戻ってくるのは、更に広い世界が待っていたから。部屋の中よりも高い天井にたくさんの人達。私は人見知りすることなんてなかったけど、大きな人たちに囲まれるのはやっぱり怖い。それが甘ったるい笑顔でも、ついお姉ちゃんの後ろに隠れてしまう。この頃になると、言葉の洗練さに磨きがかかる。
「おとうさん、おかあさん」
そして現実も受け入れ始める。
鏡の前に立つ私。まだ小さな弟をお風呂に入れさせたりしていたからよく分かる、これは幼児体系というもの。それにこの、散々見てきた青い瞳に、田舎では滅多に見ない金色の髪。動けるようになったればこそ、目の前のこれが鏡であるという現実。つまり映るこの金髪碧眼幼女が今の私。何度瞬きしても元の私の姿は脳内に映らない。自分で言うのもなんだが、人形みたい。けどペタペタと顔に触れ伝わる感触は、人形のそれではないし、夢でもない。大きくなったらおねえちゃんのようになるのであれば、童話なんかのお姫様だ。
「どうしたの?」
一緒に映り込む女性と、私を挟んだ反対側には男性。おねえちゃんとおにいちゃん、私がそう呼んでいる二人だ。遺伝なら間違いではない、でもそもそもの私は黒髪だ。私の知識、弟の持ってた漫画から得たものによれば、これは生まれ変わり、ということでよいのだろうか?
私は特別な人間ではない。だから漸く、頭が本能から解放される。まだもやもやとしたものは残っているが、自分で考えることが出来る。
どうやらあれは嘘だったようだ。未来なんてものは何も考えちゃいない。現在が楽しければそれでいい。そんな人間だった。だから年のせいじゃなくてもわくわくする。
「あ、二人ともここにいたんですね。女王様がお呼びですよ」
「お母様が?」
そう、おねえちゃんの母は女王様、つまりは王女様。そして私とも血の繋がりがある。ということはそういうことだ。
引っ張ったり豚鼻を作ったり、変な顔を真ん丸ぱっちりおめめに映していた私は、もう一度鏡を見てそれっぽく笑顔を作る。
「こんなかんじかな?」
私は王女様になってしまったようだ。