第九話 マフラーと二人のおでかけ
「これを僕に? ふふ、ありがとう、二人とも」
コマリちゃんと二人、マフラーに挑戦した私達は、三日ほどかけてやっと完成したそれをルンさんに手渡した。
喜んで受け取ってくれたルンさんに思わず表情を緩ませる私達。
けれどすぐに、「ところで」というルンさんの言葉で現実に引き戻される。
「そこのやたらと長いマフラーは一体?」
「こ、これはその……」
「えへへ、おねーちゃん私達より体おっきいから、長い方がいいかなーって。でも、長く作りすぎちゃった!」
私が言い淀んだことを、コマリちゃんはバッチリと白状してしまう。
テーブルの上に、こんもりと乗っかるやたらと長い手編みマフラー。正直、どうしてこんなものが出来たのか自分たちでも分からない。
これも私のせい? 【疫病神】スキル怖い……。
「でも、これだけ長ければ……ほら、シルフィと二人で一緒に巻けるんだー! これで今日はお出かけしてくるね!」
落ち込む私の首にマフラーを巻き付け、余った分を自分の首に。
そうして手を繋ぎながら笑顔を浮かべるコマリちゃんに、ルンさんは微笑みながら手を伸ばした。
「気を付けてね。シルフィも、コマリが無茶言ったら怒っていいから」
「あう……は、はい……」
コマリちゃんの頭を撫でた手が、次いで私の頭も撫でる。
その心地よい手付きにぼんやりしている間に手が離れ、「あっ……」と無意識のうちに声が盛れてしまう。
慌てて口を手で覆う私に、ルンさんはくすりと笑いながらもう一度撫でてくれた。
うぅ、恥ずかしい。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃーい! シルフィ、私達も行こ!」
「う、うん」
大きなハンマーと荷車を手に狩りへと向かうルンさんを見送り、私達は村へと繰り出す。
一つのマフラーを二人で共有している今、うっかり足を滑らせたらコマリちゃんの首を絞めちゃうし、慎重に歩かなきゃ。
「ほらシルフィ、あそこがセイラおばさんの家! 五人家族で子供が三人いるんだけど、おばさんがすっごく優しくてー」
「こ、コマリちゃん、分かったからもう少しゆっくり……!」
でも、コマリちゃんはそんなこと気にしないとばかりに、ずんずんと先を歩いていく。
例の"追いかけっこ"でもかなりの回数転んでたし、この状態だと危ないんじゃ……。
「大丈夫! 私だって日々成長してるんだから!」
「え、ええ……?」
成長ってどういうこと? と思っていたら、ちょうどそのタイミングでコマリちゃんが足を滑らせた。
あっ! と声を上げるより早く、引っ張られた私と一緒に雪の中へ……飛び込まなかった。
「よいしょー!!」
「ひゃあ!?」
コマリちゃんの体が、私を抱えて大回転。空中で体勢を整え、見事に着地。
突然のアクロバットに目を回す私へと、渾身のドヤ顔を決めた。
「へっへーん、転んでも、最後まで転ばなければ転ばなかったのと同じなんだよ!! これでもう転んでもへっちゃらだもんね!」
「う、うん、そ、そうだね……?」
なんとなく言いたいことは分かるけど、色々と文脈がおかしい。
とはいえ、突然の事態についていけない私の頭はそれを突っ込む余裕もなく、覚束ない足取りで地面に降り立った。
「あ、コマリだ!」
「おー、コマリ、久しぶりー!」
「遊ぼうぜー!」
フラフラしていると、不意にそんな私達……いや、コマリちゃんへと元気な声が飛んできた。
目を向ければ、ちょうどコマリちゃんから紹介を受けていた家から、元気いっぱいな三人の男の子が飛び出してくる。
ピンと尖った三角耳に、もふもふの尻尾。全員、狼の獣人だ。
「おお、ユー君、マー君、コー君! 二日ぶりだね、元気だったー?」
「おう、母ちゃんはまだ元気ないけど、俺たちは元気だぞ! それよりコマリ、誰だそいつー?」
「耳も尻尾もないぞ、こいつ人族か?」
「なんで人族がこんなとこにいるんだ?」
「え、えっと……」
そしてすぐに、彼らの興味はコマリちゃんの隣にいる私へと移る。
狼獣人だらけの村で、人族なんて初めて見たんだろう。興味半分、警戒半分といった様子の子供たちにどう接したものか悩んでいると、コマリちゃんが一歩前に出た。
「この子はシルフィ、私の新しい家族だよ!」
「ふえっ!?」
思わぬ紹介に、私は面食らう。
か、家族……私がコマリちゃんと!?
う、嬉しいけど、私なんかがそんな、ええ!?
「家族? コマリの?」
「でもこいつ弱そうだなー」
「すぐ死んじまいそうだけど大丈夫か?」
三者三様の反応を示す子供達。まあ、私はスキルのことを抜きにしてもかなり体は弱い方だし、そう思うのも仕方ないよね。
だけど、なぜかコマリちゃんは「甘い甘い」と言わんばかりにとんでもないことを口にした。
「そんなことないよ、シルフィはね、私が全力で追いかけても捕まえられなかったんだから!」
「「「な、なんだってー!?」」」
子供達の私を見る目が、警戒から畏怖のそれへと変わっていく。
ちょ、ちょっと待って!?
「こ、コマリちゃん! あれは私じゃなくて、スキルのせいで……」
「んー? スキルもシルフィの力でしょ? それを含めて追いつけなかったんだから、シルフィがすごいの!」
「そ、それは……」
確かにスキルはそれを持っている人の力なんだけど、制御も出来ずただ不幸をばら蒔いてるだけのそれを、凄いって言ってもいいのかな……?
そんな疑問を覚える私を余所に、子供達はなぜか私に向かって戦闘態勢を取る。なんで!?
「そんなにすごいなら、俺達と勝負だ!」
「昨日夜遅くまで三人で考えた必殺技、見せてやる!」
「本当はコマリに使うつもりだったけど、コマリに勝ったやつなら俺達も本気で相手してやるぜ!」
「えええええ!?」
コマリちゃん、この子達と普段何してるの!? と、とにかく、いくら子供とはいえ、貧弱な私が獣人の本気なんて受け止めたら死んじゃうよ。止めないと……!
「「「行くぞ! ユーマーコートリプルアターーック!!」」」
「ひいぃぃぃぃ!?」
あまりにもダサいネーミングと共に、子供達が縦一列に並んで全速で突っ込んで来る。
突然の展開に私の頭は完全にパンクしてしまい、その後の一連の流れは認識することすら出来なかった。
「おりゃー!!」
私の邪魔をしないためか、マフラーを解いたコマリちゃんがそっと距離を置くのに合わせ、先頭の子……ユー君? が飛び蹴りを繰り出す。
同時に、はらりと落ちたマフラーを、後ずさる私の足が思い切り踏み抜いてしまい、ガクンと転倒。ユー君の足が凄まじい勢いで頭上を通り抜けていった。
「まだまだー!!」
それに続くように、拳を握り締めたマー君が突っ込んで来る。
態勢を崩した私に飛び掛かろうとしたその瞬間、振り上げられた私の足から雪の欠片が飛翔。
それが見事マー君の目にヒットし、顔を押さえて悶絶し始めた。
「ああああ!? 目が、目がぁぁぁぁ!?」
「げげえ!?」
恐らく、マー君が飛び上がったタイミングで、下から攻めるつもりだったんだろう。低い姿勢で飛び込んで来たコー君は、突然前が詰まってしまったことに対応出来ず、そのまま衝突。
二人仲良く雪に塗れながら、最初に飛び蹴りを失敗したユー君のところへ。
「お、お前ら、待っ……ぎゃあーー!?」
三人纏めて絡み合い、勢い殺さず家の壁に体当たり。屋根から降ってきた大量の雪に埋もれ、気付けば頭が三つの珍妙な雪だるまと化していた。
「「「ま、まいった……きゅう……」」」
「わあ、すっごい! シルフィ、あの三人を一瞬で倒しちゃった!」
降参するお子さまトリオと、それを見て歓声を上げるコマリちゃん。
そんな声を聞きながら、同じように雪塗れとなった私は、空を見上げてポツリと呟いた。
「うぅ……どうしてこうなるの……?」
他人の不幸は蜜の味(?)
次回、「疫病神の力」