第六話 寝起きの天使
「ん……ふぁ……」
窓から差し込む朝日に照らされ、私はゆっくりと目を開ける。
まだ寝起きで頭はぼんやりするけど、昨日はまだ残っていた頭痛はすっかりよくなっていた。
やっぱり、お風呂でしっかり汗を流したのが良かったのかな。お風呂から出た後も、湯冷めしないようにルンさんがしっかり魔法でベッドまで保護してくれて……本当に至れり尽くせりだった。
後は……。
「えへへ……シルフィ~……」
同じベッドで横になり、私の体をぎゅっと掴んだまま離さないコマリちゃんのお陰かもしれない。
「コマリちゃん……」
一体何の夢を見ているのか、どこか幸せそうな少女の姿にくすりと笑う。
昨日ベッドに入った後、なぜかコマリちゃんまで引っ付いて来た。
二人で寝た方が暖かいし、【地母神】スキルで風邪が良くなるかもしれないし……と色々言っていたけど、仮に全部反論されたとしても出て行く気が無いのは、私の体をがっしりと抱き締めた獣人パワーがこれでもかっていうくらい主張していた。
その勢いに押し切られた格好だけど、お陰でいつも以上にぐっすり眠れたし、起きたらちゃんとお礼を言わないと。
でも、その前に……。
「…………」
ぐっすりと眠るコマリちゃんの寝顔を、じっと見つめる。
幼い子供特有のもちっとしたほっぺに、時折ぴくりと動く狼の耳。ぷるっとした唇からは小さな寝息が零れ落ち、聞いているだけで眠くなってしまいそうなほど穏やかな音色を響かせる。
鮮やかな桃色の髪は今まで見たどんな色よりも明るく華やかな雰囲気を醸し、朝日を浴びて輝く様は宝石みたいだ。
「可愛いなぁ……」
ポツリと、素直な感想が口をついて出る。
コマリちゃんは私を可愛いって言ってくれたけど、何度見たってコマリちゃんの方がずっと可愛い。
可愛くて、明るくて、初対面の私に迷わず手を差し伸べてくれるくらい優しい女の子。
こんな風になれたらな、と思いながら、何となしに伸ばした手がコマリちゃんの頬に触れる。
「んぅ……」
「っ!」
軽く身動ぎするコマリちゃんを見て、慌てて手を引っ込める。
幸い、起こしてしまったわけじゃなかったみたいで、再び規則正しい寝息を立て始めたのを見てほっと胸を撫で下ろす。
「遊んでないで、起きないと……だよね」
自分に言い聞かせるように呟きながら、よし、と拳を握り締める。
コマリちゃんとルンさんは、私を受け入れてくれた。
なら、その分せめて……二人の役に立てる人間にならなきゃって決めたんだから。
「頑張るぞ……おーっ」
握った拳を小さく天井に向かって突き上げた私は、そのままベッドから出ようとゆっくり体を滑らせる。
音を立てて、コマリちゃんを起こしたくなかったからこそそうしたんだけど……抜け出そうとする私を引き留めるように、コマリちゃんの腕に籠った力が強くなった。
「え、えと、どうしよう……」
私の力じゃ、コマリちゃんの腕を解けない。
別に苦しくはないんだけど、このままじゃコマリちゃんを起こさない限り私が起きられないよ。
でも、私が起きたいからって、せっかく気持ちよさそうに寝てるコマリちゃんを起こすのは……。
「んぅ……シルフィ~」
「ひゃわっ!?」
葛藤する私を余所に、コマリちゃんが寝返りを打つ。
隣に並んでいた私達の体勢がぐるりと回り、ちょうど私の上にコマリちゃんが圧し掛かるような姿勢になった。
「はわわわわ……!」
これ以上ないくらい密着する体と、コマリちゃんから漂う森の香り。
昨日もこんなことあったよね!? と思いながら、どうにか抜け出そうと身をよじる。
でも、起こさないように気を付けながらじゃどうしたって限度があって……。
「えへへ……」
「~~~~っ」
私を抱き枕か何かと勘違いしているのか、抱き締めたまますりすりと頬を擦りつけられ、私は声にならない悲鳴を上げる。
ちょっと待って、これ本当に寝てるの? 実は起きててイタズラしてるんじゃなくて? むしろそうだって言って!!
はち切れそうなくらい騒ぎ立てる心臓の音を聞かれないように、コマリちゃんから距離を取ろうと手を伸ばす。
抱き締めて離さないコマリちゃんと、貧弱な私の必死の攻防。
ギシギシと軋む音を背景に、しばらくの間続いたその戦いは……バキッ!! という激しい音と共に、唐突に終わりを告げた。
「ふえ?」
体を襲う浮遊感。やけにゆっくりと流れる視界。
ベッドの足が突然折れて、上に乗っていた私達二人が滑り落ちているのだと気付けたのは、それだけでも十分に奇跡的だった。
気付いたからって私にはどうすることも出来ないし、重力に従って落下する以外の道はなかったんだけど。
「コマリ、シルフィ、どうしたの!?」
激しい物音に驚いたのか、ルンさんが大慌てで部屋に飛び込んで来た。
そんな彼女に向けて、私は涙目でそっと声を上げる。
「ルンさぁん……助けて、くださいぃ……」
一体どうしてこうなったのか、折り重なって倒れる私とコマリちゃんの輪郭をなぞるように、落下の衝撃で見事なまでに粉砕されたベッドの破片がいくつも突き刺さっている。
そんな光景を前にして、流石のルンさんも顔を引き攣らせるのだった。
まさか起きるだけで一話使うとは思わなかった(コラ)
次回、「初めての食卓」