第五話 お風呂場の家族団欒
連行された先にあったのは、家と併設されるように作られた小さな掘っ立て小屋だった。
雪の重さで潰れちゃうんじゃないかって少し不安になるような場所だったけど、二人に全く気にした様子もなく。
裸に剥かれて抵抗も出来ない私は、そのままコマリちゃんと一緒に木で出来た小さなお風呂に投げ込まれた。
「湯加減はどう? 二人とも」
「うん、ばっちりだよおねーちゃん!」
ルンさんの魔法でお湯が満たされ、ご機嫌そうに笑うコマリちゃん。
小さめと言っても、子供二人入る分にはさほど不自由しないそれをいっぱいにするのは相当な魔力が必要だと思うんだけど、ルンさんの表情に疲労の色は見えない。
それどころか、お風呂を溜めたばかりなのに、濡れた私達の服を乾かすために今も魔法を使っている。
すごいなぁ……私もあんなふうに魔法が使えたら……。
「シルフィは? 何か要望があったら調整するよ」
「ひゃい!? い、いえ、大丈夫ですっ」
ぼんやりしていたところに質問され、変な声が出てしまう。
恥ずかしくて縮こまる私に、ルンさんは苦笑を浮かべた。
「そんなに緊張しなくていいよ、温度の調整くらい大した手間でもないし。何なら、普段はコマリがはしゃいでお湯をどんどん溢すから、今は楽が出来ているくらいだよ」
「むーっ、そんな子供っぽいことしないもんっ!」
ぼやくルンさんに、コマリちゃんはほっぺを膨らませぷんぷんと怒り出す。
その仕草が余計に子供っぽくて、私はくすりと笑みを溢す。
すると、そんな私に気付いたコマリちゃんが勢いよく飛びついてきた。なんで!?
「えへへ、やっと笑ってくれたね、シルフィ! やっぱりかわいい!」
「か、かわ……!? あわわわ……!?」
さっきまでと違って、直接肌同士が触れ合いながらコマリちゃんの顔が迫る。
純粋で何の裏表もない陽だまりの笑顔と、お風呂の中にあっても感じる温かな体温。
ドキリと高鳴る心臓に合わせて、一瞬で逆上せそうなくらい体が熱くなっていく。
「だ、ダメだよコマリちゃん、私今風邪引いてるし、そんなに近付いたら移っちゃうから……!」
一緒にお風呂に入っている時点で今更過ぎることをようやく思い出し、どうにか離れようとする。
けれど、コマリちゃんはそれを気にした様子もなく、更に強く抱きしめられる。ふえぇ!?
「大丈夫だよ、私風邪引かないし!」
「か、風邪引かないって、そんなことあるわけ……」
「大丈夫だよ、コマリには【地母神】スキルがあるから」
「え……?」
どういうことかと思ってルンさんの方を見ると、詳しい話を聞かせてくれた。
コマリちゃんが持っているスキル【地母神】は、あらゆる災厄を祓い幸運を呼び込む豊穣の力。
そのスキルのお陰で、コマリちゃんはこれまで病気にかかったことはないし、怪我をしてもすぐに治っちゃうらしい。
「そうそう、だからね、こうやってぎゅってしてると、私のスキルの力でシルフィの風邪もすぐに治るんじゃないかなーって!」
「コマリちゃん……っ、でも、やっぱりダメ……!」
思わず甘えたくなる優しさを、けれど私は突き返した。
きょとんとするコマリちゃんと、私は出来る限り距離を取る。
「確かに、コマリちゃんにもすごいスキルがあるのかもしれないけど……私にも、【疫病神】なんて酷いスキルがあるの、言ったでしょ? 普通の風邪なら大丈夫なコマリちゃんでも、もしかしたら私の風邪は移っちゃうかもしれないから……だから……」
「【疫病神】……?」
眉を潜めるルンさんに、私は改めてスキルや、これまでの経緯について説明した。
それを聞いたルンさんは、なるほどと納得顔で一つ頷く。
「さっき言ってた、家から抜け出そうとしたっていうのはそれが理由だったんだね」
「は、はい……すみません、本当に……」
一緒にいるだけでも迷惑がかかるのに、抜け出そうとしても迷惑がかかって……本当に私、ダメな子だな……。
「なら、益々ちょうどいいね。君、行く当てがないならここで暮らしなよ」
「ふえ!? ど、どうしてそうなるんですか!?」
「シルフィの話が本当なら【疫病神】は相当に強力なスキルだと思うけど、コマリの【地母神】なら同格の神級スキルだし、効果を相殺できるはずだ。二人で一緒にいれば、お互い普通に過ごせるんじゃないかと思ってね」
「で、でも……そんなことしたら、二人に迷惑が……」
ルンさんの言う通り、私のスキルがコマリちゃんのスキルを相殺してしまう可能性があるように、その逆だって十分にあり得る。
だけどそれは、せっかく有用なコマリちゃんのスキルを、私なんかのために使い潰してしまうことになるわけで……そんなの……。
「なんで迷惑なの? 大丈夫、おねーちゃんすごいから、シルフィの分のご飯くらいぱぱーっと獲ってきてくれるよ! それに、シルフィが一緒に暮らすんなら、私達毎日一緒に遊べるよね? それすっごく楽しみ! だからね、一緒に暮らそ! ね、おねがーい!!」
「コマリちゃん……」
利害も何も関係なく、ただ一緒に遊びたいというだけの理由で、本心から私を必要としてくれるコマリちゃん。
その言葉に胸がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えていると、いつの間にか近付いていたルンさんに、ポンと頭を撫でられた。
「コマリの言う通りだよ。それに今は無理でも、コマリと一緒に過ごしていれば、そのうちスキルの制御方法だって見つかるかもしれないでしょ? 制御さえ出来れば、きっと誰かの役に立てる方法もあるはずだ。一緒に探そう」
「ルンさん……っ」
こんな風に言って貰えるなんて思ってもみなくて、目頭が熱くなっていく。
すると、なぜかコマリちゃんはそんな私を見て、自分の頬をぐにーっと引っ張りながら変顔を披露し始めた。
……何をしてるんだろう?
「コマリ、何してるの?」
「え? こうしたらシルフィが笑ってくれるかなーって。ほら、シルフィすぐ泣いちゃうけど……」
自分のほっぺを引っ張っていた手で、今度は私の頬を引っ張るコマリちゃん。
ぐにぐにと私の頬を弄って遊びながら、にこりと笑う。
「シルフィは、笑った顔の方がずっとかわいいから。だから、もっといっぱい笑って欲しいなって!」
「っ……うん。ありがとう、コマリちゃん……ルンさんも、ありがとう」
涙を堪えて、私は二人にお礼を伝える。
今はまだ、私のスキルが本当に制御できるものなのか。出来たとして、本当に誰かの役に立てるのかも分からないけど……それでも。
「私、一生懸命頑張るね。頑張って、きっと二人の役に立てる人になってみせるから……だから、これからよろしくお願いします」
初めて私に優しくしてくれた二人のために、私に出来ることを精一杯やりたいって、そう思えたから。
そういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ、とやや困り顔のルンさんと、相変わらずよく分かっていなさそうなコマリちゃんへ向けて……まだ少し、ぎこちない笑みを浮かべるのだった。
区切りの良いとこまでは毎日更新していきます。
次回、「寝起きの天使」