第四話 惑う心とお姉ちゃん
魔獣の襲来すら発生したとんでもない追いかけっこを終えた私は、そのままコマリちゃんに背負われ、彼女の家に連れ戻された。
うん、私がコマリちゃんを支えたんじゃなくて、コマリちゃんが私を背負って帰って来たの。
というのも、魔獣との戦いで消耗したコマリちゃんは少し休んだらすぐに回復したんだけど、病み上がりで走り回った私は、また少し風邪がぶり返してしまったのだ。
「ごめんなさい、迷惑かけて……」
ベッドに寝かされながら、私はしょんぼりと謝罪の言葉を口にする。
けれどコマリちゃんは、本心から迷惑なんて微塵も感じていないと分かる満面の笑みで首を横に振った。
「ううん、全然! こうしてると私がおねーちゃんになったみたいで嬉しいし!」
「あはは……」
コマリちゃんがお姉ちゃんか……確かに体の年齢としてはさほど違いもないと思うけど、中身は私の方が年上だろうしなんだか複雑。
……その中身年下の子の前で思いっきり泣いた挙げ句、こうして実際にお世話までされてるんじゃ説得力ないんだけど。
「何か欲しいものはある? なんでも言って!」
「ええと、特には……」
「そっかぁ……」
しょんぼりと項垂れるのに合わせ、耳までぺたりと元気をなくすコマリちゃん。
そ、そんなにガッカリするほどお世話したいの!?
「えと、じゃ、じゃあお水! お水欲しい……かも」
「うん、わかった! 待っててね!」
途端に笑顔を浮かべたコマリちゃんは、そのままパタパタと駆けていく。
元気いっぱいなその姿にくすりと笑みを浮かべ……すぐに私は溜息を一つ。天井を見上げた。
「これから、どうしよう……」
スキルの影響を考えると、私はすぐにここを出ていくべきだと思う。その考えは、今も変わってない。
でも同時に、コマリちゃんとこのまま一緒にいたいとも思うようになっていた。
「甘えても……いいのかな……」
コマリちゃんも、一緒にいたいと言ってくれている。もっと遊びたいと願ってくれている。
あの子が嘘を吐く理由なんてないから、その言葉は信じてもいいと思う。
それに甘えたい、と思う心と、だからこそ離れるべきだ、と思う心。
どっちの思いも存在して、私の心はもうぐちゃぐちゃだ。
どうすればいいのか、一向に出ない答えを求めて際限なく頭の回転数が上がり、ズキリと鈍い痛みが脳髄を襲う。
……熱、余計に上がっちゃったかな。それでも昨日よりはずっとマシだし、あまり酷くはないと思うけど。
そんな風に考えていると、扉がガチャリと開く気配。
コマリちゃんが戻ってきたのかと思って顔を向けると、そこには見知らぬ人が立っていた。
「ただいま。……っと、君一人か。コマリは……いないのかな?」
コマリちゃんと同じ、狼系の獣人。
優しそうな風貌に、黒髪黒目の中性的な顔立ち。
きょろきょろと部屋の中を見渡す声は女の子みたいだけど、肩に担いだゴツいハンマーと細身ながら鍛えられた体つきは男の子っぽくもある。
あまり似てないけど……コマリちゃんの家族、なのかな……?
そんな風に疑問を覚えていると、黒髪の彼(?)は「ああ」と何かに気付いて苦笑を浮かべた。
「ごめんごめん、意識がある君とちゃんと顔を合わせるのは初めてだったね。僕の名前はルン、コマリの姉だよ。よろしくね」
「あ、ええと……シルフィ、です……よろしくお願いします……」
お姉ちゃん……ってことは、女の子なんだ。
歳は十五歳くらいに見えるけど、可愛いというよりカッコいいって言葉が似合う人だなぁ。
なんというか、お姉ちゃんというより、お姉さまって呼びたくなるような?
そんな人が、体を起こして挨拶しようとする私を押し留め、ふっと微笑んだ。
「昨日の今日なんだから、無理しないの。迷惑とか失礼とか、今は考えなくていい。まずはゆっくり体を休めて」
「あ、ありがとうございます……」
どこかキラキラしたオーラに押されるように、私はベッドの中に戻っていく。
うぅ、カッコいい上に優しいとか反則だよ。私が気にしてることも全部察されてるみたいだし……。
なんだか気恥ずかしくて顔を赤くする私の髪を、ルンさんの手がそっと撫で始めた。
こんな時、どういう反応をしたらいいんだろうと戸惑っていると、ふとルンさんが手を止めた。
どうしたんだろう、あんまり髪の手入れなんて出来る生活はしてこなかったし、ベタベタしてて撫でるの嫌になったのかな……?
そんな不安に駆られるけど、その予想は半分正しくて、半分間違っていた。
確かに、髪はベタついてる。でもそれは、手入れ不足とかそういうのじゃなくて、本当に雪で塗れていたからで……。
「ただいまー! シルフィ、お水汲んできたよ……って、あっ、おねーちゃん! おかえりなさい!」
そこへ、ちょうどコマリちゃんが帰ってきた。
井戸か川か、直接外に出向いて汲んできたらしい。ちゃぷちゃぷと音を立てるバケツを手に、元気よく挨拶している。
そんなコマリちゃんへ、ルンさんがジトリとした目を向けた。
「コマリ、もしかして僕がいない間に、シルフィと外で遊んだりした?」
「ぎくっ!? な、なんのことか、全然わかんないなー!?」
ふーふーと、音も鳴らない口笛を吹いて誤魔化そうとするコマリちゃん。
はあ、と深い溜息を溢しながら、ルンさんはコマリちゃんへ詰めよった。
「ダメだよコマリ、この子はコマリほど丈夫じゃないんだから、ちゃんと治るまで休ませないと」
「ち、ちがっ……! コマリちゃんは、家から抜け出そうとした私を止めてくれただけで……!」
どうやら、コマリちゃんが私を無理矢理外に連れ出したと勘違いしているみたい。
それを訂正するべく頑張って手を伸ばそうとして……ベッドの端に突こうとした手がすっぽ抜けて、ぐらりとバランスを崩した。
「あ、危ない!!」
その瞬間、コマリちゃんが私を助けるために飛び込んでくる。
頭から落ちそうになった私を抱き締め、ギリギリのところで助けてくれた……けど、そのために放り捨てられたバケツが空中で一回転。
バチャーン! と、私達の頭上に真冬の冷水がたっぷりと降り注いだ。
「つめたーーーい!?」
「あうぅ……私のせいで、ごめんなさ……はくちっ」
二人仲良くぐっしょりと塗れた私達に、ルンさんはどうしてこうなったとばかりに頭を抱える。
「……取り敢えず、濡れた服を着たままだとまずいから、二人とも早く脱いで。僕が後で乾かすから、その間にお風呂入ろう」
「はぁーい……」
「うぅぅ……お、お風呂なんて、あるんですか……?」
思わぬ単語に、私は思わず問い返す。
私が元いた人族の町にも、お風呂はあった。
けれどあれは、魔道具っていう高価な魔法の道具を使うか、大量の薪でお湯を沸かさないと入れない贅沢施設。一般家庭にはまず存在しない。
それを、ただでさえ薪が貴重になる冬で、こんな田舎の村で用意出来るの……? あ、いや、田舎なのが悪いわけじゃないんだけど!!
「うん、あるよ。僕は魔法が使えるから、お湯の用意くらいならすぐ出来る。ちょっと疲れるけどね」
「えっ、えぇ……!? 魔法ですか……!?」
何度目かも分からない驚きに、目を白黒させる。
魔法はスキルと違って、程度の差はあれ修練次第で誰でも使えるようになる。
でも、種族的に絶対に使えない魔法みたいなものもあって……確か、獣人族は身体強化系以外の魔法は使えないって聞いたんだけど……。
「えへへ、おねーちゃんはね、この村で一人だけ魔法が使えるんだよ! すごいでしょ!」
「う、うん、すごい……!」
ルンさんの話を、まるで自分のことのように胸を張って話すコマリちゃんに、私はこくこくと何度も頷く。
魔法は私のスキルなんかと違って、ちゃんと人の役に立つ技術だ。それを、難しいって言われている獣人で習得するなんて、本当にすごい。
そう思っていると、ルンさんは苦笑混じりにこちらへ近付いてきて……すぽーん、とコマリちゃんの服を剥ぎ取った。
へ……?
「二人とも、そんなに話し込んでると、シルフィが余計に風邪引いちゃうよ。ほら、早く脱いで」
「はーい」
「ひぅっ、ぬ、脱ぐってここでですか……!?」
確かに、この場にいるのは女の子だけ。裸になったところで問題はないし、冷水で塗れた服なんて一秒でも早く脱ぐべきなのは分かる。
でも、その……人前で裸になるなんて初めてで、まだ心の準備が……!
「ほらシルフィ、何してるの? 早く脱いで一緒に行こ! ほーら!」
「ひあぁぁぁぁ!?」
結局私は、裸になったコマリちゃんに襲われて、服を一枚残らず剥ぎ取られ。
羞恥のせいか、はたまた単純に熱が上がったせいかも分からない体温上昇で真っ赤になりながら、お風呂場へと連行されるのだった。
お風呂イベントは欠かせない(待て)
次回、「お風呂場の家族団欒」