第三十四話 堕天する運命
「はははは!! 確かに状況は悪い、完全に揉み消すのはもはや難しいかもしれない……だが、お前ら全員消してしまえば、俺の罪を訴追する人間もいなくなる!! 疑惑は疑惑のまま、時の流れと共に有耶無耶になるだろう!!」
よっぽど自信があるのか、それとも単に追い詰められて壊れちゃったのか。本性を剥き出しにして叫ぶバルボアの前には、炎に包まれる騎士団長。
……正直に言えば、私はあの団長を呪ってやるつもりだった。
ルンさんを斬った人なんて、どうなろうと知ったことじゃない。
でも……。
「おじさん……」
コマリちゃんの悲しげな声を聞いたら、私自身の感情なんてどうでもよくなった。
何があったか分からないけど、コマリちゃんはあの人に死んで欲しくないみたいだ。
なら、私のやるべきことは一つだけ。
「コマリちゃん、ちょっと待っててね」
「え……?」
コマリちゃんを地面にそっと下ろした私は、騎士団長の前に出る。
そんな私に、コマリちゃんは慌てて手を伸ばした。
「だめだよシルフィ、危ないよ!」
「大丈夫だよ、コマリちゃん」
心配してくれるコマリちゃんへと、肩越しに微笑みかける。
大丈夫、何も問題ない。
だって──
「私は……疫病神だから」
「死ねぇぇぇぇ!!」
決意と共にその名を告げた私へと、バルボアは騎士団長をけしかける。
どうやって操ってるのか分からないけど、その体の動きは元の彼と全く変わらず、私じゃ反応もろくに出来ない。
大上段から振り下ろされた剣の一撃はしかし、突如地面が陥没したことで狙いが逸れ、私の真横を薙ぎ払うに留まった。
爆砕する地面。
飛び散る火の粉と瓦礫が私の体を傷付け、血が滲む。
けれど、私は構わず進み続けた。
「ちっ、俺のスキルで力を強化し過ぎたか、まさか地面を踏み抜くとはな。だが、そんな幸運もこれまでだ!!」
「幸運? 違うよ、これは不幸。あなたが振り撒き、たくさんの人の幸せを奪ってきた、罪の証」
体勢を立て直した騎士団長の剣が、今度は横薙ぎに私を襲う。
バキンッ、と、鎧が砕ける音と共に、その斬撃は私の頭上を通り過ぎる。
どうやら、体を纏う炎に耐えきれなかった足元の鎧が割れて、バランスを崩したみたい。
「私はそれを、あなたに返すだけ」
「こ、この、戯れ言を……!!」
何度も何度も、操られた騎士団長が私を殺そうと剣を振るう。でもそれは、紙一重で私の命には届かない。
落下してきた天井の破片に妨害され、吹き込んだ雪に足を取られ、炎の魔人は私の歩み一つ止められない。
さながら、燃える人形がたった一人滑稽なダンスを披露しているかのような光景に、バルボアも、コマリちゃんも、ルンさん達すらも、何も言えずに呆然と眺めている。
「うおぉ!!」
何度目かも分からない空振りの末、騎士団長の体が私の目の前で派手に転ぶ。
無防備を晒すその背に、トン、と手を置いて……炎に焼かれる手の痛みを堪えながら、私は彼の不幸を吸い上げた。
途端、私の体に炎の力が流れ込む。
それはすぐに、私の纏う黒い瘴気と混ざり合い、溶け合って、漆黒の炎へとその姿を変えていく。
立ち上る黒炎が空を焦がし、降り積もる白雪が黒灰と化す。
それはさながら、地獄のような光景で。
気が触れていたバルボアを正気に戻すには、十分過ぎる衝撃だったらしい。
「なん、なんだ、貴様は……一体、なんなんだ!?」
「なんだって……最初に、言ったでしょ?」
自らの切り札をあっさりと無力化されたバルボアは、その瞳を恐怖の色に染めて尻餅をつく。
そんな彼へそっと掌を掲げると、情けないくらい動揺しながら後ずさり、逃げようともがきだす。
「私は疫病神。不幸の化身だよ」
空に昇った漆黒の炎が、バルボア目掛けて降ってくる。
いやだ、やめろ、死にたくないと、涙ながらに喚いているけど……大丈夫、死にはしないよ。
私が操っているのは不幸であって、炎じゃないから。
ただ、少しだけ……運命があなたを見放すだけだよ。
「《堕天する運命》」
真っ逆さまに降り注いだ炎が、バルボアを呑み込む。
それが収まった時、バルボアの体はちゃんと無傷で、外見上はなんともないんだけど……やっぱり炎に呑まれるというのは中々にショッキングだったようで。
白目を剥いて気絶した彼を、私はただ黙って見下ろしていた。




