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第三十二話 みんなの太陽

「はー、はー、はー……」


 屋敷内にて、騎士団長ドルグと交戦していたコマリだったが、その体は既にボロボロだった。


 単純な力や速度では獣人であるコマリに分があるはずだが、とにかく彼の立ち回りが上手く、コマリの攻撃は一切届かないまま一方的に嬲られているのだ。


 しかし。


「まだまだー!!」


 コマリはそんな状況でも全くめげることなく、ドルグに挑みかかっていた。


 左右のステップで後ろを取り、桜色の魔力を纏う拳で以て全力で殴りつける。


 完全に死角を取った一撃。それを剣の腹でするりと受け流したドルグは、返す刀でコマリを斬りつける。


「きゃわぁ!?」


 大きく吹き飛び、壁に叩き付けられるコマリ。

 切り口に顕現した桃色の毛が盾となったのか、傷は浅いが……何度も同じことを繰り返されれば傷口は蓄積し、既に相当な血を流していた。


「あはは、すごいねおじさん! 今のどうやったの?」


 にも関わらず、その表情には一切の陰りなく、ドルグに向けて親しげに問いかける。


 あまりにも場違いなその笑顔に、ドルグは自分でもよく分からない苛立ちを覚えていた。


「あれ、おじさんどうしたの?」


「……なぜだ」


「うん?」


「なぜお前は笑っていられる。既に勝ち目などないと分かっているだろう?」


 満身創痍のコマリと違い、ドルグの方は完全な無傷。それどころか、まだスキルすら使っていないのだ。


 このまま順当に行けば、コマリは再び為す術なく捕らえられ、また苛烈な調教が待っている。

 いや、一度逃げ出してしまった今、より過酷な状況に陥ってしまうだろう。


 それなのになぜ、と問うドルグに対し、コマリはこてりと首を傾げた。


「勝ち目がなかったら、笑っちゃダメなの?」


「ダメというわけではないが……何が楽しくて笑えるというのだ、この状況を」


「えー? だっておじさん、私よりずっと強いんだもん。私よりすごい人と戦えるなんて、楽しまなきゃ損だよ!」


「戦闘狂、というわけでもなさそうだが……理解に苦しむな。戦いを遊びか何かと勘違いしていないか?」


 戦闘が好きで好きでたまらない、戦うことそのものが生き甲斐だというタイプの者は、戦いに身を置いていれば何度か出くわす。


 しかしドルグの目から見て、コマリからはそうした戦闘狂特有の"狂気"のようなものを感じられなかった。

 戦いがどういった結果をもたらすのか理解していないと言われた方が、まだしっくり来る。


「戦いとは非情なものだ。呑気に楽しんでばかりいれば、全てを失うぞ」


 だからこそ、忠告のつもりでドルグはそう語る。


 今まさにその少女を打ち倒し、その全てを失わせようとしている身でなんという偽善かと、内心で少しばかり自嘲したドルグは……直後、コマリが見せた表情に言葉を失った。


「うん、知ってるよ。おとーさんも、おかーさんも、戦いで死んだから。おじさんがおねーちゃんを斬ったことだって、忘れてない」


 笑顔の裏から顔を覗かせた、深い悲しみと後悔の入り混じる儚げな瞳。

 先ほどまで見せていた天真爛漫な姿からは想像もできないその表情に、ドルグは戦うことも忘れて立ち尽くす。


「私のスキルね、みんなを幸せにする力だって言われてるの。たくさん幸せを呼んで、みんなを笑顔にする力だって。でも、おとーさんとおかーさんは守ってくれなかった。ううん、守れなかったんだ」


 そこでようやく、ドルグは思い出す。目の前の少女が聖獣の娘であったことを。

 そして何より……その聖獣を殺したのが自らの主君であったことを。


「おとーさん達が死んでから、私はたくさんたくさん泣いたよ。そしたらね、村のみんなも一緒になって泣いちゃったんだ。守れなくてごめんなさいって。……みんなのせいじゃないのに」


 この少女は、親を殺した人物が誰か知らないのだろうか?

 知らないから、笑っていられるのだろうか?


 いや……そうではないと、すぐにドルグは頭を振る。

 知っていてなお、笑っているのだ。


 彼女の心にある、信念が故に。


「そんな時ね、おねーちゃんが私を元気づけようとして、笑ってくれたんだ。無理してるって丸わかりで、へたっぴな笑顔だったけど……でもね、それを見てたら、私もなんだか元気になって、少しだけ笑えるようになったんだ。そしたらね、それまで泣いてた村のみんなも笑ってくれるようになったんだよ」


 だから、と。コマリは自らの胸に手を当て、精一杯の笑顔を溢す。

 吹雪に包まれた町の中に、春の日差しを灯すかのように。


「私は笑うよ、どんな時でも。無理矢理でも、うそっぱちでも、私が笑えばみんなが笑ってくれるから。みんなが笑ってくれれば、私も本当の笑顔になれるって知ってるから。だから……だから!」


 コマリが再び構えを取り、全身から魔力を漲らせる。

 桜色の魔力が彼女の持つ【獣王】スキルによって獣の形を取り、少女の全身を包みこむ。


「おじさんがどれだけ私より強くても、私は絶対負けないよ! 絶対に勝って、すっごく楽しかったって、シルフィに笑いかけてあげるんだ。シルフィが笑顔でいられるように……もう泣かなくても大丈夫だよって、教えてあげるために。私はあの子の……みんなの、太陽だから!!」


 そこに現れたのは、桃色の毛に包まれた一体の魔獣。

 かつて無残にも殺された、狼獣人達の守り神。モルガナイトウルフがそこにいた。


「いっくよー……!! これが正真正銘、私の全力全開っ! 私のぜんぶっ!!」


 溢れ出る魔力が、物理的な圧力すら伴って部屋の窓を叩き割る。

 流れ込んだ吹雪すらも桜色の染め上げ、少女だった獣の口内へと収束していく。


「がおーーーーっ!!!!」


 《桜狼の咆哮(ロゼオロア)》。かつて存在した魔獣が誇る最強の一撃が、ドルグに向けて放たれた。

 その余波だけで部屋の壁が弾け飛び、物理的なサイズのせいで回避する隙間すらない。


 全てを浄化する聖なる息吹に、部屋の隅で見守っていたバルボアは慌ててスキルを使おうとし──それを、ドルグは手で制した。


「先ほどの言葉は撤回しよう、獣人の少女よ。お前は立派な戦士だ。故に……私もまた、全力で応えよう」


 剣を腰だめに構え、呼吸を整える。

 全身の筋肉に研ぎ澄まされた剣技、加えて……スキルの力全てを、剣先へと乗せる。


「【剣王】スキル、解放」


 迫りくる桜色の魔力砲に向け、剣を振るう。

 音もなく、一切の無駄が省かれた剣閃は、スッ──と。


「《絶空断閃》」


 時空ごと、全てを切断した。


「あっ……」


 魔力砲はおろか、魔力で出来た魔獣の体すら斬り裂かれ、コマリは力なく床に倒れ伏す。

 それを見届けたドルグは、少女の下に歩みより……小さく息を吐いた。


「まだ、笑っているのか」


 全てを出し尽くし、もはや指一本動かす力も残っていないはずの少女は、尚も笑顔を保っていた。

 その強固な精神力に感嘆する彼に対し、コマリは「えへへ」と得意気に鼻を鳴らす。


「だって……おじさんの剣、ほんとにすごかったもん。私も、次はそれよりすごい必殺技覚えて、ずばーって、勝っちゃうから……覚えててよね」


「……そうだな。私も、こんな出会い方でなければ……次の機会を、期待したかった」


 僅かに振るえる腕を抑えながら、ドルグは溢す。

 傍から見れば、結局コマリはドルグに一矢報いることすら出来ず打ち倒されたように見えるだろう。

 しかし、最後の一撃に関しては……一歩間違えば自分も、主君すらも丸ごと消し飛ばされるところだったと、ドルグは内心で冷や汗をかいていた。


 ──戦ったのが、もし五年、いや、三年先だったら、ここで立っていたのはこの子だったかもしれない。


 素直にそう思わされたドルグは、負けていられないなと口角を吊り上げ……すぐにそれを自嘲の笑みへと変える。

 “次”など、もう来ない。彼が勝った時点で、その未来は永遠に閉ざされたのだ。


「よくやった、ドルグ。しかし、まさか屋敷をこうもめちゃくちゃにしてくれるとはな。ただでさえ高い買い物だったというのに、この損害……しっかりと体で返して貰わなければな」


 コマリの抵抗が止んだことで、バルボアが無造作に近づいて来る。

 その手にスキルの炎を灯し、瞳には嗜虐的な光を宿しながら。


「まずは再調教からだ。またこんな風に暴れられても敵わんし……腕の一本くらい、使えなくしておくか」


 見た目さえ万全なら構わないだろうとばかりに、バルボアは手を伸ばす。

 スキルの力で腕の神経を完全に焼き切り、自由を利かなくさせるつもりだ。


 想像を絶する痛みに襲われる少女を思い、そっと顔を逸らすドルグ。そんな彼に、コマリは口を開いた。


「大丈夫だよおじさん、次はあるから」


「何……?」


「知ってる? 獣人って、人族より耳がいいんだよ」


「それくらい知っている。それがどうしたと……」


「だ、団長!! バルボア様!!」


 その時、半壊した扉を押しのけて、大柄な騎士が一人部屋へとやって来た。

 全員の視線がそちらへ向くと、青褪めた騎士は必死の形相で叫ぶ。


「お……お逃げください!! 化け物が……もうじき、化け物がここに!!」


「は? 何を……」


 言っている、と続けようとしたドルグの言葉を遮るように、ズズン、と、屋敷が大きく揺れた。

 揺れに足を取られ、バルボアが一歩後ろへよろめいた瞬間……ビシリと、床に大きく亀裂が走る。


「なっ!?」


 まさか、戦闘の余波に屋敷が耐え切れなかったのか!?

 そう直感し、どうにか反応出来たのはドルグとバルボアのみ。崩壊する地面に呑まれるように、騎士とコマリは階下へ向けて真っ逆さまに落ちていく。


「えへへ……私が助けるつもりだったんだけどなぁ……」


 あのまま落ちては助からない──そう考えたドルグだったが、その心配は杞憂だった。


 落下したコマリの真下に一人の少女が立っており、その小さな体を抱き留めたのだ。


「コマリちゃん……コマリちゃん……!!」


「もう、なんで泣くの? 私、剣のおじさんとたくさん遊べて楽しかったよ?」


 白銀の髪を振り乱し、ボロボロのコマリを抱き締めながら泣き崩れる。

 そんな少女を慰めながら、コマリは嬉しそうに──真冬の冷気すら小春日和に変えてしまいそうな笑顔を浮かべた。


「ただいま、シルフィ。会いたかったよ」


「おかえり、なさい……コマリちゃん……私も、会いたかった……!!」


 幼い二人の少女が抱き合い、再会を喜び合う。

 なんとも心温まる光景に、しかしドルグは全く気が休まらない。


「あ、ああ……もう終わりだ……!」


 先に落下した衝撃で動けなくなっていた騎士が、恐慌のあまり気を失う。

 その視線の先で、コマリを抱き締めていた少女が顔を上げる。


「それで……コマリちゃんを傷付けたのは、あなた達ですか?」


 激しい怒りをその瞳に湛えた厄災の神が、次なる標的を見定めたのだ。

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