第三話 追いかけっこと陽だまりの笑顔
本日最後の投稿です!
雪が降り積もった村の中を、必死に走る。
けれど、一歩踏みしめるごとに足が埋まるほどの積雪の中じゃ、いくら頑張っても思うように前に進まない。
「えへへー!!」
対して、コマリちゃんはさすが獣人と言うべきか、雪塵を巻き上げながら凄い勢いで迫ってくる。
これじゃあすぐに捕まっちゃう……でも、それはダメ……!
「つーかまーえ……」
すぐ後ろに迫ったコマリちゃんが、私に飛び掛かってくる。
それを見て、思わずぎゅっと目を閉じてしまった私は、ずるりと足を滑らせてしまう。
「きゃっ!?」
「たあぁぁぁぁ!?」
私の体が雪に沈み、目標を見失ったコマリちゃんが飛び掛かった勢いのまますっ飛んでいく。
雪の上を転がり、除雪作業によって道の端に寄せられていた小さな雪山へと頭から突っ込んでしまった。
だ、大丈夫かな……!?
「んー! んー!」
足をバタつかせ、元気に抜け出そうともがくコマリちゃん。
近くにいた獣人さん達が、戸惑いながらも助けようとしているみたいだし、放っておいても大丈夫だろう。
なら、その間に私は逃げなきゃ……!
立ち並ぶ家の間を抜け、目指す先は村の外。行く当てもないけど、まずはここを出ないと。
「まーてー!!」
「うひぃ、もう来た!?」
凄まじい勢いで迫る声に怯えながら、とにかく前へ。
直線勝負で勝ち目がないのは分かってるから、出来るだけ障害物のあるところを選んで……!
そんなことを考えながら、古びた家の裏を回る。
家の補強をしたかったのか、家と家の間、あんまり広くない空間にたくさんの木材が立て掛けられたその光景を見て、ちょっぴり嫌な予感。
それを肯定するように、大量の木材は私が来た途端ぐらりと揺れ、こっちに倒れ込んできた。やっぱり!?
「っ~~~~!?」
悲鳴を上げる暇もなく、私は木材に押し潰される。
直後、角を曲がってコマリちゃんがやって来た。
「あれ!? シルフィが消えちゃった、どこ行ったんだろ?」
散らばる木材の山を余所に、きょろきょろと辺りを見渡すコマリちゃん。
その声を聞きながら、私は木材の下でガタガタと震えていた。
(あ、あぶなかった……しぬかとおもったよぉ……)
倒れてきた木材は複雑に折り重なり、ギリギリ私が生存出来るだけの空間を生み出していた。
これ以上崩れたら今度こそ死んじゃう。そんな恐怖に襲われ涙目になっていると、何を思ったか、コマリちゃんがよいしょと木材の上に登り始める。ひえぇ!?
「シルフィー! どこ行ったのー? 今度はかくれんぼー?」
(やめてぇぇぇぇぇ!?)
悪意ゼロで私の命綱をギシギシと軋ませるコマリちゃんに対し、心の中で絶叫する。
そんな私の声が届いたのかどうか、思わぬところから助け船(?)が入った。
「なんじゃなんじゃ、騒々しい」
「あっ」
木材が立て掛けてあった家の反対に建つ、もう一軒の家。そこの裏口ががちゃりと開く。
そこには、ちょうど崩れた木材の一つが引っ掛かっていて……扉が開いた拍子に、一気に崩れた。
「うわわっ!?」
(ひいぃぃぃぃ!?)
コマリちゃんがバランスを崩して転げ落ちるのに合わせて、ガタァン!! と音を立て、目の前に突き刺さる木材。
幸い、それ以上崩れることはなかったんだけど、後少しズレていたら串刺しになるところだった。
うぅ、漏らしちゃうかと思ったよ……。
「ああっ、コマリ! お前こんなに散らかして、何をしておる!」
「あいたたた……って、ロブお爺ちゃん!? 違うよ、これは私が来た時にはこうなってて……」
「やかましい! そもそもお前はもう少し落ち着きというものをじゃな……」
ガミガミと説教が始まったことで、コマリちゃんの動きが止まる。
よし、今のうちに……と、私は木材の山から這い出した。
「うぅ……あ、シルフィ! そんなところに隠れてたんだ、みーっけ!」
「こらコマリ、話の途中じゃぞ! ちゃんと聞かんか!!」
「うえぇ!? でも今、追いかけっこの最中で……」
「そんなものは後だ!!」
「うえぇぇぇ!?」
ごめんね、と小さく呟きながら、私は走り出す。
今のは幸い何事もなかったけど、あと一歩かけ違えば私じゃなくて他の誰かが巻き込まれて、大怪我をしていたかもしれない。
まだ……まだ誰も傷付けてない今のうちに、村から出なきゃ。
そんな思いで、私は森の中までやって来た。
どこに行こうなんて考えてない。ただ少しでも村から離れようと、そう思って。
「やっと見つけた、シルフィー!」
「っ……ついて、来ないで……!」
「やだ! 絶対追い付いちゃうもんねー!」
それなのに、まだコマリちゃんは追って来る。
どうにか追い返そうと言葉をかけるけれど、全然聞く耳を持ってくれない。
そんなコマリちゃんに、私の【疫病神】スキルは容赦なく牙を剥いた。
「わきゃー!?」
木の上に積もった雪の塊に潰される、雪の中に隠れた木の根や石に足を取られるなんていうのはまだまだ序の口。
足を踏み外して坂を転げ落ちたり、猪や鹿に轢き飛ばされたり、挙げ句そこらに生えてる木が突然倒れてきたり。
本当に、一歩間違えば怪我じゃ済まない不幸に何度も何度も見舞われて……それでも。
「負けないよー!!」
コマリちゃんは諦めない。本当に、しつこくしつこく私を追って来る。
雪に塗れて、身体中あちこち擦り傷を作って、服だってもうボロボロで……それなのに、どうして。
「どうして追って来るの!? 私なんか追いかけても、何にもいいことなんてないのに!!」
「ふえ? どうしてって、そんなの……」
「グオォォォォ!!」
「っ!?」
コマリちゃんが疑問に答えるよりも早く、更なる不幸が襲いかかる。
そこにいたのは、見上げるほどの巨体を誇る凶暴な熊の魔獣。
両手から伸びる爪はまるで刀のように長く、太い木々すら難なく切り裂いてしまいそう。
タイラントベア。森の暴君と恐れられるその魔獣が、ギラギラとしたエサへの渇望を瞳に宿して、真っ直ぐコマリちゃんを睨み付けていた。
「あ……ぅ……」
ダメだ。いくら身体能力に優れた獣人と言っても、まだ小さな子供でしかないコマリちゃんに、こんな強い魔獣が倒せるわけない。でも、完全に目をつけられたコマリちゃんが今から逃げ切れるんだろうか?
(私が、囮になれば……)
何の力もない私じゃ、稼げる時間なんて一瞬もないかもしれない。
でも、もし本当にあのタイラントベアがお腹を空かせているのだとしたら、死んだ私を食べるために足を止めて、その間にコマリちゃんだけは逃げられるかもしれない。
(動いて、動いて、動いて……!)
恐怖に震えて一歩も踏み出せない自分の足に、必死に命令する。
何を恐がってるの。これは、私が招いた不幸なんだ。だから、これで死ぬのは私だけでいい。コマリちゃんだけは助けなきゃいけないの。
だから動け、動いてよ……!!
「えへへ、なんかつよそーな魔獣が出たね、よーしっ!!」
「えっ……コマリちゃん!?」
葛藤する私を置き去りに、コマリちゃんがタイラントベア目掛け突っ込んでいく。
無謀にも突っ込んでくる小さな子供に、タイラントベアはその鉤爪を振り下ろした。
「グオォ!!」
「ひょいっと!!」
ブオン、と大気を切り裂く音が、離れていても聞こえてくる。
そんなとんでもない威力を秘めた攻撃を、コマリちゃんは恐れるでもなく正面から躱してみせた。
「グオッ、グオォ!!」
「あはははは! そんなんじゃ当たらないよー!」
次々と繰り出される攻撃を、ぴょんぴょんと跳ね回りながら回避する。
雪上を駆け、木の枝や魔獣の体を足場に、右へ左へと縦横無尽に動き回る姿は、まるで妖精のダンスを見ているかのよう。
「でも、私もちょっとやそっとの攻撃じゃ、この子は倒せないよねー、だったら……!」
くるりと空中で回転しながら、タイラントベアの背後に着地。コマリちゃんの全身から、魔力が溢れ出す。
周囲の雪を巻き上げて、空に突き上げた拳に集う魔力が徐々に形を成し、生み出されたのは鋭い爪を持つ狼の前足。
私が初めてコマリちゃんに会った時、一瞬だけ見た桃色の狼の一部だった。
「これが私の全力全開、いっくよー!!」
更なる魔力が渦を巻き、桜色に染まる。
吹き荒ぶ雪塵の中で舞い散るその輝きは、まるで季節外れの桜吹雪。
想像を越える力を前に、食欲しか籠っていなかったタイラントベアの瞳が、はっきりと恐怖の色を浮かべた気がした。
「《ロゼオファング》ーー!!」
振り抜かれた狼の爪が、タイラントベアの体を切り裂く。
パッ、と真紅の花を咲かせた化け物は、そのまま声の一つも上げることなく絶命し、雪の中に倒れた。
「勝っちゃった……の……?」
何も出来ず、ただ見ていることしか出来なかった私は、現実味のないその光景に呆然と呟く。
そんな中で、コマリちゃんはそのまま力尽きるように膝から崩れ落ちてしまった。
「っ、コマリちゃん!?」
大慌てで駆けよった私は、急いでその体を抱き上げる。
私には分からなかったけど、戦いの中で怪我してしまったんだろうか、どこか痛めたんだろうか?
不安で心配で、申し訳なくて……コマリちゃんが「えへへ」と笑う姿を見て、私は心底ほっとして……
「いやー、流石に疲れちゃった。まさかあんな魔獣まで出てくるなんて思わなかったよ。また力を使ったっておねーちゃんに知られたら、怒られちゃうかなぁ……って、どうしたの、シルフィ?」
気付けば、ポロポロと涙を溢していた。
「ごめん、なさい……ごめんなさい……! 私のせいで、こんなことになって……!」
「ええっ、どういうこと!?」
戸惑うコマリちゃんに、私は全部話した。
【疫病神】スキルのこと、それから、そのスキルのせいで親に捨てられたこと。
「だから、私のことは放っておいて……私と一緒にいたら……コマリちゃんまで、不幸になっちゃうから……!」
涙声でつっかえつっかえになりながらも、どうにか全部説明しきった。
でもコマリちゃんはそれを聞いて尚、なぜだかこてりと首を傾げていた。
「うーん、その、やくびょーがみ? っていうのはよくわかんないけど……私は今日、不幸な目になんてあってないよ?」
「え……?」
この短い間にあれだけの事件が起こったというのに、何を言っているんだろう。
そんな私の疑問を吹き飛ばすかのように、コマリちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「私ね、今日はすっっっごくたのしかった!! 一生懸命追いかけたのに、最後まで全然追い付けなかったんだもん。シルフィってすごいんだね!」
「えっ……いや、あの……それは……」
「でもでも、次はぜーったい負けないからね! だからシルフィ、明日もまた一緒に遊ぼ!!」
戸惑う私を置き去りに、コマリちゃんはそんな言葉を口にした。
私の境遇を聞いて同情するわけでもない。
私の呼び込んだ不幸を否定するでもない。
ただ、私の不幸すらも楽しかったと無邪気に笑って、また遊びたいと願ってくれた。
それが……私には、たまらなく嬉しかった。
「ふぐっ、うぅ……うえぇぇぇ……!!」
「ええ!? そんなに私と遊ぶの嫌だった!?」
「ち、ちが……! 私、そんなこと言って貰えたこと、なかったから……!」
余計に泣き出してしまった私に、オロオロと慌てるコマリちゃん。
その姿がなんだか可笑しくて、私は涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、あまりにも下手くそな笑顔を浮かべた。
「ありがとう、コマリちゃん……本当に、ありがとう……!」
その後もしばらく泣き続けた私を、コマリちゃんは戸惑いながらもずっと宥めてくれた。
もし本当に許されるなら、明日も、その先も──この子の傍にいたいと。そう願ってしまうほどに。
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次回、「惑う心とお姉ちゃん」