第二十四話 ルンの力
怒りの感情を滾らせるルンさんがブルムさんと対峙し、一触即発の雰囲気。
そこへ、燃える馬車からなんとか這い出してきたガイゼルが唾を飛ばす勢いで叫ぶ。
「くそっ、俺の馬車が……よくもやってくれたな、ケダモノが!! だが、そこの娘と合わせてこれだけの状況が揃えば十分だ、やっちまえブルム!!」
「承知しました、マスター」
ガイゼルの指示を受け、ブルムさんが突っ込んでくる。
手にした短剣を逆手で構え、炎の明かりを背負いながらの突撃は、私には目で追うことすら難しい。
それを、ルンさんは片手のハンマーだけで受け止めてみせた。
木製の巨大ハンマーと短剣とがぶつかり合い、ガツンと鈍い音が響く。
「片手で私の相手をするおつもりですか? 死にたくなければ、全力で戦うことを推奨します」
「ご忠告どうも。けど、僕が君に集中してる間に、大事な妹をそこの男に襲われたらたまったもんじゃない。意地でもこのまま倒してみせる」
「そうですか。……そうして頂けると、私としても気が楽です」
「くっ……!」
ブルムさんが両手で短剣を振り抜き、ルンさんのハンマーを押し退ける。
いくら武器の重量差があったって、両手と片手で力比べしても勝てるはずない。大きく体勢を崩されてしまう。
「ルンさん!!」
得物が大きいだけに、一度崩れた体勢を整えるには時間がかかる。対して、相手は取り回しに優れる短剣だ。
すぐさま迫る二の太刀に、思わず叫ぶけれど──そんな私を安心させるように、ぎゅっ、とルンさんの私を抱く力が強くなった。
「大丈夫、シルフィにはもう、指一本触れさせない」
ガキンッ! と、ブルムさんの短剣が何もない虚空で弾かれる。
目の前の現象に理解が追い付かないのか、驚愕に目を見開いたまま一瞬だけ硬直するブルムさんへと、今度はルンさんの一撃が繰り出された。
「《マナインパクト》!!」
「ぐぅっ!?」
すんでのところでブルムさんが身を躱し、地面を叩いたハンマーから撒き散らされる衝撃で雪が飛び散る。
塞がる視界。お互いに何も見えない状況で、ルンさんがすかさず放ったのは魔法だった。
小さな火球が三つ。大した威力も無さそうなそれが雪塵に突っ込み、盛大な爆音を轟かせた。
「っ……!!」
その予想外の威力を目の当たりにし、ブルムさんはひたすら回避行動を取り始める。
放たれる魔法の規模に対して、明らかに過剰な威力を持った爆発が追加で二度発生し、ブルムさんは大きく弧を描くように走りながらひたすらそれを観察していた。
「獣人のガキが魔法だと? 一体どういうことだ? ……分からんが、珍しいことに変わりはないな。好事家には高く売れるかもしれん」
同じようにルンさんを見ていたガイゼルが、ニタリと醜悪な笑みを溢す。
欲望に塗れた目を隠そうともしないその男に、私は生理的な嫌悪さえ抱いた。
「ブルム、そのガキを捕らえろ!! 多少傷つけてもいいが、殺すなよ!!」
「……承知しました」
ルンさんの力を読み解こうとしていたブルムさんだけど、ガイゼルの言葉によって半ば無理矢理攻めに転じた。
圧倒的な速度で迫り、短剣を振り下ろそうとして──
「何をしているブルム、一旦引いて俺を守れ!!」
「っ!?」
突然後ろから響いたガイゼルの声に驚き、突撃の勢いが鈍る。
そこへ、容赦なくルンさんのハンマーが襲い掛かった。
「はあぁぁぁぁ!!」
「っ!!」
手足を盾にそれを防ぐも、大きく吹き飛ばされるブルムさん。
はっきりと浮かべられた困惑の瞳がガイゼルの方へ向けば、当人もまたわけがわからないと言わんばかりに狼狽えていた。
「い、今のは俺じゃないぞ! 一体何が……!?」
「……なるほど、それがあなたのスキルですか」
混乱するガイゼルを余所に、ブルムさんはあくまで冷静にそう告げる。
答える義理はないとばかりに黙り込むルンさんだったけど、それでも構わず彼女は持論を展開していった。
「打撃威力の向上、一見何もない空間の破裂、及び音の発生……炎魔法の威力向上も見られましたが、炎そのものではなく衝撃力が強化されていたことから、炎属性とは無縁と判断。魔力を媒介に、風系統の力を発現するスキルであると推察します」
「……正確には、振動だね。僕が放った魔力を振動させて波を作る、《魔振》スキル……それが、僕の力だ」
黙っていてももはや意味はないと思ったのか、ルンさんがハッキリと手札を開示する。
けれど、そのスキルの名を聞いたブルムさんは、目に見えて驚いた顔をした。
「意外かな? 僕のスキルが"無印"だったことが」
「率直に言えば、そうですね。神級や王級とまでは行かずとも、【風魔導士】のような職級スキルだと推測していました」
「ははっ、僕もそれくらいのスキルがあれば良かったんだけどね……師匠に言われたんだ、大事なのはスキルの強さじゃない、それをどれだけ使いこなせるかだって」
師匠? と首を傾げる私の体を抱き直したルンさんは、ハンマーを構え直す。
その姿は、本人が言うようなスキルの弱さなんて感じられない、とてもかっこよくて頼もしいものだった。
「だから、僕は君に負けない。これまで鍛え上げた力で、今度こそ家族を守ってみせる」
「なるほど……これは私も、手を抜いていては噛み殺されてしまいそうです」
そう言うや否や、ブルムさんの姿が霞と消え──気付けば、私達のすぐ目の前にいた。
「っ!?」
煌めく剣閃と、ハンマーの軌跡が重なり合う。
再び発生するかに見えた鍔迫り合いはしかし、なぜか発生せず。
ぬるりとハンマーを透過して迫ってきた刃に、ルンさんは咄嗟に得物を投げ捨てながら回避した。
「甘いです」
「なっ!?」
ルンさんが私を抱えて地面を転がった直後、間近にあったはずのブルムさんの姿が消失。
代わりに、まるで虚空からぬるりと抜け出るように現れたブルムさんの短剣が、真っ直ぐにルンさんを襲った。
ガキンッ!! と、ルンさんのスキルとブルムさんの剣がぶつかり合う音。
けれど今回は、私を庇うために不安定な姿勢だったのもあってか防ぎきれず、頬を掠めた刃によってパッと赤い血が撒き散らされた。
「ルンさん、血が……!!」
「大丈夫、掠り傷だよ」
私を安心させるように言い聞かせながらも、ルンさんの表情は険しい。
真っ直ぐに見つめる先で、ブルムさんは意外そうにこちらを見ていた。
「空間転移……ってわけじゃないよね。最初の一撃、幻を使ったフェイクだったのかな」
「流石ですね。初見でこの技を躱すばかりか、見破るところまで行ったのはあなたが初めてです。お察しの通り、私のスキルは《幻術士》。任意の幻覚を産み出す力を持っています」
さっきの答え合わせのお返しなのか、ブルムさんもスキルの詳細を教えてくれた。
それを聞いて、ルンさんが浮かべたのは……呆れ?
「見破ったというかね……僕の知り合いに、同じようなことをするやつが一人いたから躱せただけさ。本当の初見だったらザックリやられてたかもしれない」
「そうですか、それは運がありませんでした」
淡々と続く会話にどこか違和感を覚えながらも、それを上手く言語化出来ない。
そんな私を置いてけぼりにしたまま、二人の会話は続いていく。
「これ以上、まだ続ける気か? 君のその技は初見殺しだ、もう効かないぞ」
「あなた方を殺せというのが、マスターの命令ですから。それに、今のあなたは得物を失い、足手纏いまで抱えている。状況はむしろ、こちらに有利と言えるのでは?」
「確かに、僕一人だったらそうかもね。でも……忘れてないか?」
ルンさんの意味深な呟きの直後、私達の後ろでガサリと草木が不自然に擦れる音がする。
それを聞くや、ブルムさんは即座にその場を飛び退いた。
「狼は、群れで戦う生き物だ」
「いっくよー!! 《ロゼオファング》ーー!!」
暗がりから飛び出した桜吹雪が、私達とブルムさんの間に吹き荒れる。
何もない雪原を吹き飛ばし、一部だけ地面が剥き出しになったそこへ着地したのは、私にとって最愛の姉妹だった。
「コマリちゃん……!!」
「えへへっ、シルフィ、おねーちゃんも、遅れてごめんね! でもほら、ヒーローは遅れて登場するものだから!」
ぶいっ! と、こんな状況にも関わらず明るい笑顔を浮かべるコマリちゃんに、私まで思わず笑ってしまう。
やっぱり、コマリちゃんがいるとどんな場所でも笑顔になれる。
「それだけじゃないよ、みんなも来てくれたから!」
「コマリ、先を急ぎすぎじゃ! 少しは足並みを揃えんかバカ者!」
「えへへ、ごめんなさーい」
それに続いて続々と現れたのは、モルの村の仲間達。
現れて早々怒声を上げるロブさんに、それを呆れ顔で見つめるゼフ村長。
他にもたくさん、ポイズントードの事件の時活躍していた男達や、セイさんの姿までそこにあり、ガイゼルとブルムさんを取り囲んでいる。
「人族の男よ、この際何があったかは聞かん。だが……我らの仲間に手を出したのだ、これ以上続けるようなら命はないと思え」
ゼフ村長の体が一回り大きくなり、とてつもない威圧感がその場を襲う。
そんな中で……全てを諦めたかのようなブルムさんの溜息が、やけに大きく響き渡った。
「狼は群れで戦う生き物。獣人の中でも殊更に強く仲間を大切にし、その危機には必ず馳せ参じる。……ええ、よく知っています。だからこそ」
そこで私は、ふと気付いた。
これだけ狼族の人がいて、いくらブルムさんが強くても勝ち目なんてないはずなのに……ガイゼルが全く動揺していないことに。
それどころか……その口元が笑みの形すら浮かべていることに。
「最初の一撃で決められなかったのは、運がありませんでした。手早く制圧出来れば、まだ被害は抑えられたでしょう」
「一体、何を言って……!?」
その時、森の奥から狼族のみんなとは別の重々しい足音が近付いて来る。
ぴったりと整った規則正しいその足音は、自然に住む動物や魔獣が出す音じゃない。
訓練の行き届いた軍隊の出す足音だ。
「全く、少し予定とは違うが、こっちにとってはむしろ最高の状況だ。ここまで上手くいくと、もはや笑うしかないな」
森の奥から現れた全身鎧姿の騎士達に誰もが言葉を失う中、それら全てを従えるように立ったガイゼルが、愉悦と享楽の入り交じる声で呟いた。
「さあ……狼狩りの始まりだ」
次回、「絶望の夜」




