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第二十話 はじめてのお友達

「じゃあこれ、その親切な人が売ってくれたんですか?」


「うん、こんな時期だから売り渋る商人の方が多いだろうに、大した人族もいたもんだって、村長が感心してたよ」


 ルンさんの説明を聞きながら、私は目の前に置かれたお皿から、酢漬けにされた野菜をひと齧り。

 この季節、しかも寒波の影響で町と町の行き来すら困難な状況の中じゃあ、こういった保存食は本当に貴重品。下手をしたら、同じ重量の金塊よりも需要があるかもしれない。


 それを、平時より少し高値くらいで売ってくれるなんて……優しい人もいるんだなぁ……。


「たくさんあるから、お腹いっぱい食べるといいよ。あ、シルフィは少し手加減してね」


「はーい!」


「わ、分かってますよぉ……!」


 ルンさんに釘を刺されて、私は顔を赤らめる。

 体は弱いし力もない私だけど、なぜかお腹だけは獣人の二人にも負けないくらいぺこぺこになっちゃう。


 これもスキルの影響なんだろうか? 食べるのは好きなんだけど、それで迷惑をかけるのは嫌だから、我慢しないと……。


「野菜の代わりに、お肉なら僕が獲って来たのがたくさんあるから、好きに食べていいよ。はいこれ」


「私のもあげるよ! シルフィはこの後もがんばるんだし、いっぱい食べて!」


「あ、ありがとう……!」


 ルンさんとコマリちゃんからご飯を分けて貰って、満面の笑みでそれを頬張る。

 そんな私を見て微笑みながら、ふと気になったという風にルンさんが問いかけて来た。


「この後頑張るって、何かあるの? ポイズントードの駆除はもう片付いたはずだし、族長達もほとんど帰ったって聞いたけど」


「えっと、猫族のセイさんが、また同じようにポイズントードが繁殖した時のためにって、捕まえた幼体から解毒薬を作ってくれることになったんです。そのお手伝いをしようかと」


「私も一緒にお手伝いするよ! 力仕事なら任せてね!」


「ふふっ、期待してるね」


 ふんっ、と可愛らしく力こぶを作るコマリちゃんに、思わずくすりと笑みを溢す。

 薬作りに、力が必要な場面があるかは分からないけど……私としては、コマリちゃんと一緒に過ごせるだけで嬉しいから口には出さない。


「そっか、気を付けてね。失敗して毒を被ったら大変だから」


「はい、ルンさんも今日はいつもの狩りなんですよね? 気を付けて行ってきてください」


「うん、分かってる。大物獲ってくるから、期待しててね」


「そしたら、お野菜と一緒に鍋にしてみんなでお祝いしようね!」


 期待してるとは言っても、この季節だ。全く成果が出なくてもおかしくないし、あまりプレッシャーをかけすぎるのもよくないよね。


 だけど、何も言わないのも信じてないみたいで悪いし……と、言葉選びに苦心して黙り込んでいると、ルンさんの手が私の頭にポンと置かれる。


「行ってきます。コマリのことよろしくね」


「はい、行ってらっしゃい……ですっ」


 優しく撫でられる心地良さに目を細めながら見送りの挨拶をすると、「シルフィばっかりずるいー!」とコマリちゃん。

 そんな妹の頭も同様に撫でたルンさんは、いつも通りの大きな槌を携え真っ白な森へと出かけて行った。


「それじゃあ、私達も行こっか!」


「うんっ」


 食べ終わった食器を片付け、二人で一緒に向かうのは川の畔。

 いつものようにマフラーを一緒に巻いて、手を繋いで雪道を歩く。

 すぐ隣に感じる温もり。元気よく笑うコマリちゃんはひっきりなしに私に話しかけ、近くを歩く人に話しかけと忙しない。


 でも、そんな騒がしさを楽しいと感じる私がいる。

 この時間がずっと続けばいいと、そう願うくらいに。


「それでね、昨日はユー君達が雪でおっきなだるまさんを作ったらしくて……って、シルフィどうしたの? 私の顔に何かついてる?」


「ううん、なんでもない。コマリちゃんと一緒にいると楽しいなって思っただけ」


「えへへ、そっか! 私もシルフィと一緒だと楽しいから、同じだね!」


「そうだね。ふふふっ」


 私が笑うと、コマリちゃんもすぐに嬉しそうに笑ってくれる。それだけで、私の心は嬉しさでいっぱいだ。

 こうしてると、何だかデートしてるみたい……なんて考えが浮かび、体がボッと熱くなった気がした。


「違う違う、確かにこの前告白染みたことをしちゃったけど、あれはセイさんに唆されただけで、別に本当に結婚したくてやったわけじゃないから……! ただ私は、このまま家族でありたいなって思っただけで……!」


「シルフィー?」


「な、なんでもないっ」


 首を傾げるコマリちゃんから顔を逸らし、全力で誤魔化す。

 コマリちゃんも特に深く追求するつもりはないようで、そのまま他の話題に移行していったことに安堵の息を漏らしながら、私はそのまま二人きりの短いお散歩を堪能する。


 そうしていると、やがて目的地である川の畔に辿り着いた。

 ポイズントードの騒ぎが起こってからは、駆除作業に来た大人ばかりだったそこには、以前のように水を汲みに来た女の人や子供達の姿があった。


 そして、そこにはのんびりと河原の石に腰掛けるセイさんと……その隣に立つ小柄な獣人が一人。

 部族会議にも参加していた、栗鼠族のお姫様だ。


「やあ、来たねシルフィ、それにコマリも。今日は作る量が量だから、もう一人助っ人を呼んでおいたよ」


「栗鼠族のフラウと言います、よろしくお願いします」


 族長の代理として会議に来るほどの立場でありながら、フラウさんは礼儀正しくペコリと頭を下げる。

 それに慌てて「こ、こちらこそ」と頭を下げ返す私と違い、コマリちゃんはいつも通りフレンドリーだった。


「フラウちゃんも一緒にやるんだ、久しぶりー! えーっと、最後に一緒に遊んだのいつだっけ?」


「前々回の部族会議の時ですから、一年ぶりくらいでしょうか……? けど、今回は遊びじゃないですよ? 解毒薬作りですから」


「分かってる分かってる! みんなのお薬、いっぱい作ろうね!」


 えへへ、と笑うコマリちゃんに、フラウさんは少し呆れ気味ながら楽しそうな雰囲気を醸し出す。

 そんな彼女の目が、隣に立つ私へと向けられるなり少しだけおどおどと不安げに揺れ始めた。


 もしかして、まだ怖がられてる!? と思ったら、どうもそういうわけではないらしい。


「その、シルフィさん。会議の時は怖がってすみませんでした。人族というだけで何も知らないのに、危ない人みたいに……」


「い、いえ、それが普通の反応だと思いますから、気にしないでください……むしろその、私のせいで気を使わせてしまってごめんなさい……」


「いえ、私も栗鼠族を代表して来てるんですから、もっと落ち着きある対応をしなきゃならなかったのに……ごめんなさい」


「いえいえ……」


「いえいえ……」


 私とフラウさんで、延々とぺこぺこ謝り合う。

 そんな光景に、セイさんがお腹を抱えて笑い出した。


「にゃははは! どっちが悪いかを押し付け合うならまだしも、奪い合うなんて初めて見たよ。君ら面白いね~」


「シルフィもフラウもすっかり仲良しだね!」


「な、仲良しって……」


 コマリちゃんにそう断じられ、どう答えるべきか迷う。

 出来れば仲良くなりたいのは確かだけど、私なんかが……と、いつものようにそんな思考が頭を過りかけ、すぐに頭を振って追い出した。


 いつまでもこんなんじゃダメだ。私はコマリちゃんみたいに強くなるって、そう決めたんだから!


「あ、あの、フラウさん!」


「は、はい?」


 勇気を振り絞った私は、その勢いのままフラウさんを真っ直ぐに見つめる。

 突然の大声にたじろぐフラウさんに、私はそのまま畳みかけた。


「ふ、ふつつかものですが、私とお友達になってくだひゃいっ!?」


 シーン、と痛い沈黙が降りる中、私は痛む舌を抑えてぷるぷると震える。


 よ、よりによってこのタイミングで噛むなんて……私ってなんでこう……なんでこう……!!


「ぷっ、ふふふ……!」


 案の定、大人しそうなフラウさんにまで笑われてしまった。


 ショックのあまりずーん、と肩を落とし落ち込んでいると、フラウさんは慌てた様子でパタパタと手を振り回す。


「あ、違うんです、シルフィさんって、思ったよりずっと可愛い人なんだなって思っただけで」


「かわっ……!? そ、そんなことないとは……」


「だよねっ、シルフィってすっごく可愛いよね!」


 否定しようと思ったのに、コマリちゃんが全力で肯定してしまったので割り込む余地すらなくなってしまった。

 大事なところで噛んでしまった羞恥も手伝い、それ以上何も言えなくなっていると、フラウさんは私の手を取ってにこりと笑う。


「私なんかで良ければ、ぜひお友達になってください、シルフィさん」


「……!! はいっ、ありがとうございます!!」


 嬉しさのあまり、私もまたぎゅっと手を握り返す。


 そんな私達の光景を、セイさんやその場に集まった獣人さん達がやたらと温かい目で見物していることに気付くには、もう少し時間が必要だった。

次回、「とある奴隷商の苦悩」

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― 新着の感想 ―
[良い点] フラウちゃんの加入で百合力の高まりを感じますね
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