第二話 獣人少女のゼロ距離看病
本日二話目!
百合はいいぞ!!!
よく分からないまま、私はどこかの家に運び込まれた。
ちゃんとしたベッドに寝かされた私は、けれどお礼の一つも言う余裕はない。
「はあ、はあ、はあ……」
体が熱い。燃えるように熱い。
それなのに体の奥、芯の部分は凍えるように冷えきっていて、寒いのか暑いのか自分でも分からない。
元々そんなに体が強いわけでもなかったし、風邪を引いたみたい。【疫病神】スキルって言うくらいだし、病気まで引き寄せてしまったんだろう。
「うひゃあ、すごい熱! えーっと、こういう時はどうするんだっけ……」
そんな私の傍で、桃髪の女の子の声が聞こえた。
わたわたと落ち着きなく駆け回る気配は一つしかないのに、なんだか賑やかだ。
「こういう時って冷やせばいいんだっけ? でも、寒いって言ってたし暖めた方がいいのかな? うー、わかんなーい!」
頭を抱えて天井をふり仰いだ女の子が、それでも足を止めずにドタバタと駆け回る音がする。
しばらくすると、家中ひっくり返して集めたんじゃないかってくらいたくさんの物を抱えた女の子が戻ってきた。
「わかんないけど、冷やしながら暖めれば大丈夫だよね!」
そう言って、女の子は私の体に布団を何重にもかけ、頭に冷えたタオルみたいな布を被せてくれた。
……被されすぎてちょっと息苦しいし、タオルはびちょびちょ。どうやったのか、キンキンに冷えてるのは救いなのかそうでもないのか。
でも、処置として正しいのかどうかはともかく、私のために一生懸命になってくれていることだけは伝わってきて……どうして、という疑問が湧いてくる。
見ず知らずの私なんかのために、どうして……。
「後はー……ご飯! ちゃんと食べなきゃ元気になれないからねー」
「んっ、ぐふぅ……!?」
そう言って口の中に突っ込まれたのは、石と勘違いするくらい堅い何か。すごく塩辛いし、風味からして干し肉だろうか?
やり方が雑過ぎるけど、食べなきゃ元気になれないという言い分は正しいし、どうにか飲み込むために必死に噛もうとするんだけど……ちっとも力が入らない。
「んー? 食べられないの?」
最終的に吐き出してしまった私を見て、女の子は唸り出す。
そんな風に悩ませてしまっていることに申し訳なさを覚えていると、女の子は何かを思い付いたのか、ポンと手を叩いた。
「そうだ! 確かセイラおばさんはユー君が風邪引いた時、こうやって……」
おもむろに、女の子は私が吐き出した干し肉を齧り始める。
何をしているのかと、私が疑問に思っていると……
「んっ」
なぜか次の瞬間には、女の子の顔が目の前に迫っていた。
「…………????」
唇に感じる柔らかな感触。
口の中に押し込まれたお肉の風味。
先ほどと違いほどよく水気を得てほぐされたそれは、塩気が抑えられていたのも合わせて、さほどの抵抗もなくごくりと喉の奥へ吸い込まれていく。
えっと……今、何が……?
「やった、食べてくれた! よーし、もう一度!」
混乱する私を余所に、女の子が再び干し肉を齧りながら私に顔を寄せて来る。
こ、これ、もしかしなくても口移しされてる!?
そ、そんな、恥ずかしい……! じゃなくて、風邪が移っちゃうし、止めないと……!
「んー」
「むぐ……んぅ……」
そう考える私の頭とは裏腹に、弱りきった私の体は栄養を求め、生まれたばかりの雛鳥のように与えられるお肉を飲み込んでしまう。
ゼロ距離に迫った女の子から、ふわりと漂うのは森の香り。
私を逃がさないためか、頬に添えられた手の温もりがじんわりと全身に広がって、バクバクと高鳴る心臓の音が頭に響く。
「えへへ、早く元気になってね」
どうにか押し退けようと伸ばした手を優しく掴まれ、向けられたのは陽だまりのような明るい笑顔。
その真っ直ぐな言葉に胸を打たれた私は、そのまま全身から力が抜けて。
気付いた時には、深い眠りに落ちていた。
その後、どれくらい時間が経ったのか。
覚醒と睡眠を繰り返し、その度に桃髪の女の子にお世話されて。
ようやく、私は体を起こせるまでに回復した。
「わあ、おはよー! もう元気になったの!?」
「う、うん。その、ありがとう……」
頭に乗っていたタオルを退けて体を起こすと、女の子が嬉しそうに挨拶してくれた。
ここに来るまで、太陽の位置からして丸一日以上は経ってる。まだ本調子じゃないけど、これなら動く分には問題ない。
「それじゃあ改めて! 私、コマリって言うんだ! あなたの名前は?」
「私は、シルフィ……」
「シルフィかー! 可愛い名前だね、よろしく!」
窓から差し込む朝日にも負けないキラキラの笑顔を向けられて、私は思わず顔を逸らす。
どうしたのかと首を傾げる女の子……コマリちゃんに、私はおずおずと切り出した。
「その、本当に、助けてくれてありがとう……さ、さよなら!!」
「ええ!? ちょっと待って、どうしたの!?」
大急ぎで部屋を飛び出そうとした私を、コマリちゃんが引き留める。
手を掴まれた拍子にはらりと落ちたタオルを余所に、私は困惑する少女に向けて必死に叫んだ。
「こ、これ以上ここにいたら、迷惑かけちゃうから……だから私、早く離れないと……!」
「迷惑なんてないよ! むしろ私、シルフィと色々お話したい!」
「そ、そうじゃなくて……!」
私には、【疫病神】スキルがある。
今はまだ致命的なことは起こってないみたいだけど、私の近くにいたらいつまたこの子に不幸が降りかかるか分からない。
早く行かなければと焦る私と、引き留めようとするコマリちゃん。
すると、不意にコマリちゃんの体がガクンと崩れ落ちた。
「わひゃあ!?」
「きゃあ!?」
どうやら、床に落ちた濡れタオルをコマリちゃんが踏んづけたみたい。
倒れるコマリちゃんに引っ張られ、私と二人もつれ合うように転んでしまう。
「あいたたた……シルフィ、大丈夫?」
「わ、私は……!?」
大丈夫だと言おうとして、私は途中で言葉を詰まらせた。
今の体勢は、仰向けに転がったコマリちゃんの上に、私がのし掛かるような構図だ。
私のやたらと長い白銀の髪がコマリちゃんの頬に垂れ、互いの体がびたりと触れ合うほどに密着する。視界いっぱいに広がるのは、ぷにっとした愛らしい顔立ち。
途端に脳裏を過る、看病された時の記憶。
まともにご飯も食べられなかった私のため、コマリちゃんが何度も何度も、食べ物や飲み物を口移ししてくれていた。
その時のことを思い出し、全身の体温がかーっと一気に上がっていく。
「ご、ごごごごめんなさい、私のせいで!! その、怪我は……!?」
「私は平気だよ、ちょっとお尻打っただけだから」
勢いよく飛び退きながら謝る私に、コマリちゃんは体を起こして平気さをアピールするように胸を張る。
それを聞いてほっと息を吐きながら……やっぱり、私は早くいなくなった方がいいと確信を深めた。
「それじゃあその、今度こそさよなら!!」
「あっ!!」
掴まらないように全速で駆け出した私は、そのままの勢いで家の外へと飛び出した。
そして、そこに広がっていた光景を前に、思わず途方に暮れてしまう。
「こ、ここ……どこぉ……!?」
立ち並ぶのは、家というよりは小屋と言った方が近い小さな木造建築。
背の低い建物ばかりで数も少なく、相当に小さな村なんだろうとすぐに分かる。
そんな村を闊歩するのは、私にはない狼の耳を頭に生やした獣人の人達。
ボロの服を身に纏い、雪の降りしきる大寒波の寒さにも負けず逞しく生きる人々の視線が、この場で唯一の人族たる私へと突き刺さる。
「あ……あぅ……」
見知らぬ村。見知らぬ人々。
前世と合わせても人とまともに関わった覚えがほとんどない私にとって、あまりにも孤立無援なこの状況。
もはやどこに向かえばいいのかも分からず呆然としていると、後ろから元気な声が聞こえてきた。
「シルフィ、待ってー!!」
「っ!!」
どうすればいいかは分からない。でも、このままここにいたらコマリちゃんに迷惑をかけてしまう。それだけは避けないと!!
その想いだけで、私は走り出した。
「むむむ、もしかして、追いかけっこしたいの? よーし、負けないぞー! 待て待てー!!」
何か盛大な勘違いをされているみたいだけど、訂正する余裕もない。
見知らぬ村の中、人族よりずっと優れた身体能力を誇るという獣人の女の子を相手に、決死の(?)鬼ごっこが幕を開けた。
今日はあと一回日付変わる前に投稿します。
次回、「追いかけっこと陽だまりの笑顔」