第十話 疫病神の力
「くっそー、まさか俺達の新必殺技をあっさり破るなんて!」
「やるじゃんかお前! 人族のくせに!」
「またやろーぜ!」
「あ、あはは……そ、そのうちね……」
闘志いっぱいにキラキラとした目を向けてくる子供達に、私はたらりと冷や汗を流す。
今回は不幸のベクトルがこの子達にとってよくない方向に向かったから良かったけど、そうでなければ私が死んじゃう。
出来れば、遊ぶにしてももっと安全なことがいいな……それならもし何か起こっても、お互い怪我はしないだろうし。
「ねえねえ、せっかくだからセイラおばさんの様子も見ていきたいんだけど、入ってもいい?」
そんなやり取りをしていると、コマリちゃんが子供達にそんな質問を投げ掛けた。
それを受け、子供達は顔を付き合わせて悩み始める。
「どうする? コマリなら大丈夫かな?」
「でも、誰も入れるなって言われてるしなー」
「母ちゃんに聞いてみるか?」
「……? ねえ、その、セイラさん? に、何かあるの……?」
単に今は忙しいとか、そんな軽い理由でもなさそうな雰囲気に戸惑っていると、三人はさっきまでの元気さが嘘のように沈んだ様子で理由を話してくれた。
「母ちゃん、今は流行り病で倒れてんだ」
「大分よくなったけど、移したらやばいからって俺らともあんまり会ってくれないし」
「コマリの力なら早く良くなるんじゃないかって思うんだけど、同じやつが今は村中にいるし……負担はかけられないって母ちゃんが」
「もー、私なら大丈夫だって言ってるのに」
ぶー、とどこか不満げに頬を膨らませるコマリちゃん。
一方で、私はそれに反応するどころじゃなかった。
「流行り病……も、もしかして私のせいで……!?」
サーッと血の気が引き、体が縮こまる。
そんな私の不安に、コマリちゃんはこてりと首を傾げた。
「んー? 流行り病は二週間前くらいからだし、シルフィは関係ないよ! だから大丈夫!」
「そ、そうかな? よかった……」
二週間前なら、私はまだこの村と何の接点もなかったし、きっと関係ないはず。
安心して胸を撫で下ろしていると、子供達の間で話が纏まったみたいで、私達は家の中へと案内されることになった。
「母ちゃん、コマリ来たよー!」
「あと、変な人族も一緒!」
「ええと、名前なんだっけ?」
「し、シルフィです……」
変な人扱いされて軽く凹みながら、向かった先は家の最奥。
コマリちゃんの家とあまり間取りや広さに代わりはないのに、その部屋だけは大分しっかりと封鎖されていて、流行り病に対する警戒心が伺える。
子供達が元気そうだったから油断してたけど、思ったよりずっと深刻な病気なのかもしれない。
ごくりと生唾を飲み込みながら戸を開けると、そこにはベッドで横になった一人の女性がいた。
「あら……本当に人族みたいね。いらっしゃい、大したおもてなしも出来ないけれど、ゆっくりしていってね」
垂れ目がちのおっとりとした雰囲気に、母性溢れる大きな胸。少しふくよかだけど太っているという印象はなく、全てを包み込んでくれそうな優しさを感じさせてくれる人。
けれど私の目が真っ先に捉えたのは、そんな彼女自身の特徴ではなく、その体が纏う不気味な黒い"ナニか"だった。
「セイラさん、こんにちは! 体の調子はどう?」
「うふふ、コマリちゃんもいらっしゃい。体はまだ本調子じゃないけれど……大分良くなったわ」
他のみんなには、見えてないのかな? 明らかにおかしいのに、コマリちゃんもセイラさんも、普通に会話している。
それに……大分良くなったって、本当に?
笑顔を浮かべてはいるけど、よく見ればどことなく表情が固いし、耳はペタンと垂れたまま。
コマリちゃんや子供達に心配かけないために、無理してるんじゃ……?
「そっか! えへへ、ならちゃんと治るように、私がぎゅってしてあげる!」
「あらあら……本当に大丈夫よ? それに、治りかけでもコマリちゃんに移してしまったらいけないし……」
「大丈夫! 私は強い子だから!」
えっへん! と胸を張りながら、コマリちゃんはセイラさんの手を両手で包み込み、自らの胸に抱き込んだ。
早くよくなれと、小さく口ずさみながら祈るコマリちゃんの体からキラキラとした光が溢れ、セイラさんの纏う"黒"を少しだけ押し退けていった。
「ふふ、ありがとう、コマリちゃん」
「えへへ、どういたしまして!」
笑顔を交わす二人を余所に、私はひたすら思考を巡らせる。
……コマリちゃんの体から出たのは、ミサンガを編んでいた時に見たのと同じ。多分、【地母神】スキルの力。
なら、それが追い払ったあの黒いナニかは、不幸そのもの……災厄とか邪気とか、そんなものなんだろうか。
ちょうど……私がミサンガを編みながら込めた【疫病神】スキルの力が、あんな感じだった気がする。
「なーなー、シルフィは何をぼーっと突っ立ってるんだ?」
考え込んでいると、ユー君の声で現実に引き戻された。いつの間にか、みんなの視線が私に集まっていて、少したじろぐ。
でも……勇気を出して、私は一歩踏み出した。
「あ、あの、セイラさん! 私にも、コマリちゃんみたいにさせて貰ってもいいですか……? お、お願いします!」
「え? いいけれど……」
「っ、あ、ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げる私に、セイラさんは「変わった子ねえ」と少し戸惑いながらも、手を差し出してくれる。
……今まで私は、自分のスキルを意図して人に使ったことはない。
無機物に力を込めれば風化させ、上手く込めても生まれるのは呪いのアイテム。そんな私が病気の人に触れるなんて、もしかしたら余計に悪化させてしまうだけかもしれない。
そんな恐怖を、今だけは飲み込む。
「大丈夫……ミサンガから吸い出すのは上手く出来たんだから。だからきっと……私にも、できるっ」
祈るように、セイラさんの手を握り締める。
自分の意思で、スキルの力を発動。引き寄せる範囲を自分に限定して、セイラさんの体から"不幸"を全部吸い上げる!
「来い、来い、来いっ……!!」
きっと、私が何をしているのか、周りのみんなは分からないんだろう。今にも泣きそうな顔でセイラさんの手を取る私に、ただひたすら困惑している。
この黒い"不幸"も、コマリちゃんの放つキラキラした"幸運"も、多分私にしか見えていない。
もしかしたら、コマリちゃんにせがまれてミサンガを編んだ経験が、私のスキルを少しだけ成長させてくれた結果なのかもしれないね。
もしその予想が当たっているなら……お願い、神様。
不幸を招くことしか出来ない私にだって、誰かを幸せにする方法はあるんだって……信じさせて!!
「あら……?」
必死に祈りながら、どれくらい時間が経ったんだろう。不意に、セイラさんが体を起こす。
突然の事態で目を丸くする子供達の前で、セイラさん自身もまた戸惑いの表情を浮かべている。
「私の体……病気が、治った……の?」
その一言で、私の試みが上手くいったことを確信し──私の瞳から、一条の雫が溢れ落ちるのだった。
ここに来るまで十話かかった(遠い)
次回、「家族の温もり」




