第一話 捨てられた疫病神
新連載です! ロリ百合は良いぞ!!!
「もう面倒見きれねえ、悪く思うなよ」
地面も、空も、聳え立つ森の木々すらも、全てが真っ白に染まった銀世界の中へ、小さな私の体が放り捨てられる。
極寒の雪と冷風が身も裂けそうな痛みと共に体温を奪い、全身がガタガタと震えだす。
まだ十歳になったばかりの娘に対して、これが父親のすることかと文句の一つも言いたいところだけど、結局私は何も言えなかった。
こうなるのも仕方ないと、心のどこかで思ってしまっていたからだ。
「全く、まさか祝福の儀で手に入れたのが、よりによって【疫病神】スキルとはな。お陰でこっちは大損だよ、クソが」
この世界では、十歳になると教会で祝福を受け、一人につき一つだけ、創造神様からその素質に合わせたスキルを目覚めさせて貰うのが慣わしだ。
神様からの贈り物たるその力は凄まじく、物によっては平民からいきなり貴族の養子に成り上がる場合すらあるらしい。
そんな中で、私が授かったのが【疫病神】スキル。あらゆる不幸と災厄を呼び込むとされる最悪のスキルだ。
しかも質の悪いことに、その効果は常時発動していて私には少しだけ影響を抑えることしか出来ない。ほんと、欠陥品だよね。
「見た目だけは母親譲りで悪くねえんだから、せめて使えなくても黙ってりゃ無害なスキルにしとけってんだよ。そうすりゃ高く売れたかもしれねえってのに……本当に使えねえ」
私のお父さんは、奴隷商を営んでる。
個人的にはすっごく嫌な商売だけど、この世界では国に認められた真っ当な商売だ。
そして私は、そんな奴隷の専門家にすら一銭の価値もないと判断されたらしい。
まあ……そこにいるだけで不幸を呼び寄せる女の子なんて、誰も欲しがらないよね。
実際、私が産まれてからというもの、この素質のせいか私の家はずっと不幸続きだ。
盗人に入られたり、ボヤ騒ぎが起きたり、流行り病でお母さんが死んじゃったり……お父さんの奴隷商は経営難が続いてるし、挙げ句スキルを授かった途端過去に例のない大寒波が襲い、町の機能がほとんど麻痺してしまった。
こんなの、普通なら私と関係ないって笑いたくなる話なんだけど……神様が本当にいる世界で、【疫病神】なんてスキルを持ってると、どうしても自分との関連性を疑ってしまう。
他に何か、デメリットを打ち消せるくらいすごいことが出来るならまだしも、私にはこれといって特技もないしね。
あはは……自分で言ってて悲しくなってきたな……。
「まあ、それも今日でおさらばだ。じゃあな。精々優しい誰かが拾ってくれることでも祈っとけ。まあ、こんな場所じゃ、拾われるより先に魔獣にでも食い殺されるだろうがな」
むしろ、それを期待してわざわざ町から遠く離れたこんな森に捨てに来たんだろう。あっさりと踵を返したお父さんの背中が遠ざかっていく。
それを見送りながら、私は肺の中に溜まった空気を白い溜息に変え、思い切り吐き出した。
「本当に、私ってなんでこんなことばっかりなんだろ……」
灰色の空を涙で滲ませながら、私が思い返すのは前世の記憶。こことは別の世界で、ただの女子高生として過ごした思い出だ。
思い出と言っても、楽しかった記憶なんてほとんどない。向こうでも不幸体質だった私は、家族にもクラスメイトにもずっと疎まれながら生きていたから。
多分、私が死んでせいせいした人はいても、悲しんだ人なんて一人もいないだろう。
だから、今度こそはって思っていたのに。
せっかく転生して人生をやり直せるなら、今度は不幸じゃなくて、みんなに幸せを届けられる人になりたかったのに。
結局私は、生まれ変わったところで何も変わらなかった。相変わらず、周りも自分自身さえも不幸にするばかりだ。
「ぐるる……」
「っ……」
雪の中で一人泣いている私の元に現れたのは、一匹の魔獣だった。
狼だろうか? 牛と勘違いしそうなほどの巨体に桃色の毛を持つそれは、私みたいな幼女なんてただ歩くだけでぺちゃんこに潰されそうだ。
そんな狼の魔獣が、完全に私を獲物とみなして牙を剥いている。助かる術なんて何もない。
「でも……これはこれで、悪くないのかも……」
誰にも必要とされなかった私だけど、この狼のエサくらいにはなれるらしい。
こんな些細なことでも、私が役に立てるなら──そんな想いから、気付けば私は笑いかけていた。
「いいよ、狼さん……私を食べて、元気に冬を越してね……」
きっとこの狼も、突然の寒波に困っていたはずだ。
もし本当に私のせいで起こった寒波なら、この狼も私の被害者ってことになるだろうし、そんな狼さんの助けになって死ねるなら、私みたいな疫病神にとっては上等な最期だと思う。
ああ、それでも、出来れば痛くないように、一息に殺して欲しいかな──
そんな、贅沢とも言えない贅沢を願っていると。
「人族なんて食べないよっ! 私はそこらの狼とは違うんだからね!」
「へ……?」
なぜか人の声が聞こえ、もう一度顔を上げる。
そこには、もう桃色の狼は影も形もなくて、代わりに一人の女の子が立っていた。
狼と同じ桃色の髪に、ピンと立った三角耳。
ふさふさの尻尾がふわりと揺れ、ぱっちりと開いた瞳には桜色の虹彩が輝いている。
「それより、あなた誰? こんなところで何してるの? そんな格好で寒くない?」
「わたし、は……ぅ……」
「えっ、大丈夫!?」
女の子の質問責めに答えようとするも、私の体はもう限界らしく、どんどん意識が遠のいていく。
「さむ……い……」
ほとんど無意識のうちに、そんな一言だけ口からこぼれ落ちる。
掠れるような小さな声だったのに、それをちゃんと聞き取ってくれたのか。ほとんど歳も変わらなそうに見える女の子は、私の体を軽々と抱き上げた。
「よくわかんないけど、分かった! 暖かいとこまで連れていってあげるから、待っててね!」
にこりと向けられたその笑顔は、まるでそこだけ春になったかのように温かくて、優しくて。
気付けば私は、女の子に体を預けたまま意識を手放していた。
今日はもう二つ投稿予定です。
次回、「獣人少女のゼロ距離看病」




