第八話 エルフのお姉さんは好きですか?
どうしよう。
僕は困り果てていた。
敵ではない。
魔力の話ではない。
お金の話でもない。
「マコトさん、こっちですよー」
私服のアーニャさんが手を振る。
仕事用の制服もキリッとしてて格好よかったが、今は一転してふわっとした印象のブラウスとスカート。結い上げていた髪も下ろして完全オフの姿だ。仕事姿とのギャップが、より一層アーニャさんを可愛らしく見せていた。
場所はイースレイン中央部の噴水前。
周囲には待ち合わせに使う男女が多数ひしめく。
えー、これってデートみたいになってません!?
僕は着替えてこなかったことを後悔した。
といっても新しい服を買う余裕はないのが悲しいところ。
「すみません。こんな汚い格好で」
「気にしないでください。私から誘ったのですから」
「アーニャさん、かなり印象変わりますね」
「驚きましたか? 冒険者の方はどうしても迫力のある方が多いので仕事中は頑張って引き締めています」
「……その、なんて言ったらわからないですが、どっちも素敵だと思います」
「まあ、お上手ですね。それでは向かいましょうか」
平静であろうと努めているが、内面はガチガチだ。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
こんなシチュエーション遭遇したことないから、よくわからない。上手く応対できてるだろうか?いや落ち着け、ただ話をするだけだ。デートじゃない。舞い上がるな。ただの事情聴取だ。うん事情聴取は良い響きだ。甘さひかえめ浮ついた気持ちが消えてくれる良い字面だと思う。
エロ脳が「お姉さんと夜の事情聴取をしましょう♥」とささやきかけてくるが、アーニャさんはそんなこと言わない!と撃退できるので安心安全。うん、冷静じゃないな。
『わたしの時は慌ててなかったくせに、ズルいです!』
『初対面が初対面だったし、シチュが違いすぎるし』
いやルミナにも結構クラクラ来てたよ最初だけは
唐突なツッコミ念話だが、おかげで落ち着けた。
「良いお店を知っています。ついてきてください」
見目麗しいアーニャさんはただでさえ注目を集める。
さらにはふんわり私服で可愛い系お姉さん力が強化中。
連れの僕にまでガンガン視線が刺さってくる。
魔力の話より、こっちの方が目立つのでは?
そんな事を考えながらアーニャさんの後を追いかけた。
五分ほど歩くとお店についた。
レンガ造りがお洒落な感じのカフェだ。
アーニャさんが女性の店主に話しかける。
「すみませんマスター。奥の個室空いてますか?」
「あいてるわよー。あら、めずらしいアーニャがデート?」
「残念ですが、これも仕事の一環です」
「仕事の一環でデートね。お茶はすぐ出したほうがいい?」
「お仕事なので早めにお願いします」
「はいはーい」
常連といった雰囲気だ。
気まずい僕は一礼して、アーニャさんの後を追う。
カフェの奥まったところにある個室に通された。
ほどなくしてお茶が出される。マスターの説明によればイースレインの近辺でとれるフヤナという花のお茶とのこと。甘酸っぱい香りがしてリラックス効果がありそうな感じだ。
お茶をスプーンでくるくるかき混ぜていたアーニャさんだったが、僕が一服するのを見届けて口を開く。
「お口に合いましたか?」
「はじめてですけど飲みやすいです」
「良かった。私が普段使ってるお店です。あんな感じのマスターですが盗み聞きなんてしない信頼のおける人です。ここでしたらどんな話をしても問題ありません」
「それでも僕が事情を話せない場合、どうしましょう?」
「え?」
アーニャさんは頬に手を当てて考えた。
「……困りました。本当のデートになってしまいます」
顔を赤らめて言うので笑ってしまう。
困るのは僕の方ですよ。そんなこと言われたら事情を話さずに、デートしたくなっちゃいます。それにしても今まで無自覚だったのか。仕事モードでないと、割とぽやっとしたお姉さんなのかもしれないな。
そんな風に思いながら、僕は悩んでいた。
アーニャさんにどこまで事情を伝えるか。
リスクを考えるなら魔力を隠したい理由をでっち上げてごまかすのが一番なんだけど、僕はこの世界の常識がわからない。きっとどこかでボロを出してしまうだろう。
だからどのレベルまで情報を伝えるか、という話になる。
それは言いかえるなら僕がアーニャさんをどこまで信用できるかということでもある。
困っている僕にアーニャさんが微笑んでくれた。
言葉にせずとも「焦らないでいいですよ」という気持ちが伝わってくる。アーニャさんは人の迷いに敏感なのか、こういう助け船を出すのが上手だ。初めて出会った時もそうだった。
ギルドに戸惑っていた時にアーニャさんが言葉をかけてくれたことを思い出す。すると驚くほど腹が据わるのを感じた。
意を決して僕は聞いてみる。
「これから僕が話す事情は、知っているだけで誰かに、場合によっては国に狙われる可能性があります。そんな内容です。それでも構いませんか?」
アーニャさんは「構いません」と答えた。
僕は事情を話すことにした。
伝えた内容は主に以下の五点だ。
・僕がある研究所にいたこと。
・研究所の研究に関連して強大な魔力を得たこと。
・得た力がもとで研究所の権力闘争に巻き込まれ殺されそうになったため、問題が起きた時に逃げ出したということ。
・上記の事情があるため、目立たないように生活資金を稼ぎたいと考えていること。
・研究所暮らしだったので常識が足りない部分がある。そこをフォローしてもらえるとありがたいということ。
アーニャさん自身が狙われる可能性のある『神の召喚』『勇者召喚』などの情報を省いたらこうなった。ウソではないが、当人からすればなんとも白々しい内容だ。研究所に問題が起きたどころか自分で消滅させちゃったからな……
僕の葛藤を知ってか知らずか、アーニャさんは沈痛な面持ちを見せている。あの説明だと研究所のモルモット扱いだったように聞こえるので、誤解させたかもしれない。
「……確かにマコトさんの魔力が量産できる可能性があれば、あらゆる国が欲しがります。それは私達には過ぎた力とも思います。マコトさんが秘匿するのもわかります。ですが──」
一度言葉を切って、
「どうして私に話してくれたのでしょうか? 一介のギルド職員である私に話していい内容と思えません」
と僕に問いかけてきた。
それは僕にとって既にハラをくくった内容だった。
「だってアーニャさん、はじめての冒険者ギルドで不安がっていた僕に話しかけてくれたじゃないですか」
「それだけ、ですか? ギルドにはマニュアルもありますよ」
「それで十分です。仮にマニュアルだったとしても、その思いやりを自分の一部にしてる人なら信じられます。こうして今も僕を心配してくれているように」
マティス先輩と同じ考え方をしていたと気付いて、迷いは消えた。神の力を借りられるだけで僕はただの人間だ。誰かの力を借りなきゃ生きていけない。
「僕には恩人がいます。研究所の先輩です。僕が祖父の受け売りを口にした時、こう言われました。受け売りが身についてるならそれは家族に正しく育てられた証拠だ。そんな僕を信じると言ってくれました」
だから僕は胸を張ってこう言おう。
「どこかで人を信じなきゃ常識のない僕は生きていけません。それなら恩人と同じやり方で人を信じられる今を選びたい。もし裏切られてもどうせ救われた命、本望です!」
「その言葉、胸にしかと刻みます」
アーニャさんは深くうなずいた。
あれー?そんな重々しくとらえなくていいんですよ。
僕的には「どうせなら今!」ぐらいの感覚だったりする。
どうしよう。なんかふざけたほうがいい?
顔を上げてアーニャさんが僕を見た。
表情には困惑のようなものが見え隠れする。
聞きたくないないことを聞かねばならない。
そんな雰囲気だ。
「私をそこまで信頼して頂きありがとうございます。ただ私は冒険者ギルドという組織の人間です。私の意思に関わらず情報が漏れてしまうことがありえます。私自身がマコトさんの力に目がくらんでしまうことだってありえます。その時、その時にマコトさんはどうされますか?」
なんだそんなことか。僕は即答した。
「ごめんなさい。その時は逃げます」
アーニャさんが目を丸くした。
綺麗なまんまるおめめ、いくらでも眺めていられそうだ。
「だってアーニャさんは僕が憎くてわざとやったわけじゃないですよね。それなら別にいいです。でも狙われるのは嫌なので逃げます!これが回答でいいですか?」
するとアーニャさんが唐突に笑い始めた。
「ふふっ、ふふふふっ、ふふふっ、こんな簡単なことだったんですね。ふふふふ」
おかしくてたまらないといった様子のアーニャさん。
僕の回答に面白いところがあったかな?
わからないけどアーニャさんが楽しそうなのは良いことだ。
「それは困ります。マコトさんを逃がさないことが、これからの私の仕事ですから」
アーニャさんはそう言って微笑んだ。
人を引きつけてはなさない今日一番の微笑みだった。
この日、協力者を得た。
これが僕の冒険者としてのはじまりだった。
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