第六話 足取りは軽やかに
「ここは?」
ライツガルズ研究所の主任研究員、マティス・カーラインは目を覚ました。
見知らぬ部屋の見知らぬベッドの中だった。
体を起こそうとして、痛みに顔をしかめた。
痛みが倒れる前の記憶を思い起こさせる。
「……アーインの野郎。俺は?マコトは?どうなった?」
「目覚めたんですね。ずっと起きないから心配していました」
扉が開くと、妙齢の女性の姿があった。
マティスは口を開こうとするが、相手が女性であることを意識して言葉がでなくなる。
「あ、あの、おれ、は」
「マコトくんって男の子が、あなたをここに連れてきました。傷だらけの体で『この人を助けてください!』って、あなたは3日も眠り続けていたんですよ」
「ま、マコトは?」
「手紙を預かっています。渡せばわかると言ってました」
女性に渡された手紙。
宛名には『マティス先輩へ』と書かれている。
状況はつかめないが、自分が生きていて、マコトも生きているのなら、少なくとも危機的な状況ではないのだろう。
そう考え、マティスは手紙を読むことにした。
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マティス先輩へ
容態は安定してるのでもうすぐ目覚めると思います。
ですが傷と疲労で先輩の体はギリギリの状態でした。どうか無理はしないで休んでください。
早速ですが本題に入ります。
あの後、追い詰められた僕は光の聖典を使い、神の召喚を行いました。先輩は無茶だ!と言うと思います。詳しくは話せないのですが僕には僕なりの勝算があり、召喚には成功しました。
ただ誤算もありました。神の力は強すぎるのです。
逃げ道を作るつもりで放った一撃は、ライツガルズ研究所をまるごと吹き飛ばしました。副所長もその配下の魔術師も全て灰になりました。自衛のためとはいえ、とんでもないことをしてしまいました。
この事件についての研究所の見解は、功を焦ったアーイン副所長が神の召喚を試みて、召喚に失敗。研究所もろとも灰になったという方向で片付きそうです。先輩は休日出勤しようとして巻き込まれたが、距離があったため助かったという扱いです。命を狙われることはないので安心して休んでください。
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そこまで読んでマティスは女性の方を見る。
気配で察したのか、女性は当時の状況を語り始めた。
「あの日、空から光の柱が落ちてきました。私の家からでも見えるほどの大きさです。光の柱はライツガルズ研究所を丸ごと吹き飛ばしました。幸いなことに他の施設や人には被害がなかったと聞いています」
マティスは無言で頭だけ下げて礼を言う。
再び手紙へと視線を落とす。
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報告はいったんここまでです。
僕はこれから旅に出ようと思います。
神の召喚方法を封印するためです。
神の力は巨大過ぎます。ライツガルズ研究所の被害は召喚失敗のせいと考えられていますが、これが人に使えるものと知られたら、今度は国が先輩と僕を狙います。国の庇護を得られても今度は他国から命を狙われ、兵器兼研究材料として扱われ、まともな人生を送れないでしょう。
だから僕は旅に出て、誰にも知られないよう神の召喚方法を封印することにしました。僕の扱いは研究所と共に灰になったなり失踪したなりといった形でお願いします。
一人で勝手に決めてすみません。
先輩を巻き込みたくないのでこういう形にしました。
先輩には感謝しています。
異世界で誰も頼れず困っていた時、何度も声をかけてくれたのが先輩です。今でも感謝しています。僕は幸運に恵まれましたが、僕のような人間が望まぬ形で、右も左もわからぬまま召喚されることが、この先きっとあるでしょう。
その時、先輩には誰かの受け皿でいてほしい。
それが僕の願いです。
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「マコト!バカやろう!全部お前がしょいこめなんて誰が言ったよ!お前はこれが一番良い方法だと考えたんだろ!わかってるよ!だけど俺は!お前の先輩なんだ!俺に頼ってもいいんだ!俺に先輩らしく、かっこつけさせてくれよ!」
マティスは叫んでいた。
手紙の内容に、寝ている間に全てが終わっていたことに、部下が自分に配慮して旅に出たことに、何の言葉もかけてやれなかったことに、いくら叫んでも叫び足りない激情が彼を満たしていた。
「ふふっ」
女性が不意に笑みをこぼした。
「マコトくんがあなたを背負って駆け込んできて数日。一生懸命な看病の様子を見て、きっと良い人なんだろうとは思ってました。でもたった今、その理由がわかった気がします──」
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追伸
部屋を貸してくれたお姉さん、美人さんでしたよ!
先輩のことを気にしてたし、チャンスです!
先輩の健闘を祈ります!
とまぁ、そんな感じで僕の健闘も祈っていてください。
マコト・サクラ
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エフロニア王国、マイカラン地方
郊外の道をマコトは歩いていた。
『マコトさんはかっこつけるのが好きですね』
頭に響く女神ルミナスティアの声。
契約者だけに聞こえる念話とのことだ。
一人旅と思っていたので話相手がいるのはありがたい。
『だって先輩のことは巻き込めないし』
『ちーがーいーまーすー!手紙の方です。わざと殊勝な文面にしてマティスさんを怒らせようとしましたよね?』
『バレた?』
『バレバレです』
『先輩良い人なのに、女の人と話せないなんてもったいないからさ。いっそ怒らせたら本音を出せるようになるかと思って』
『普通の女性は怒ってる男性を見たらおびえますよ?』
『……まずいことしたかな』
『いいえ、きっとうまくいったと思います』
『ずいぶん自信たっぷりだね』
『当然です。女神の千里眼ですから』
『先輩がまだ怒ってたら言ってね。走って逃げるから』
『ふふっ、再会した時に叩かれるのは覚悟した方がいいですよ?』
『それは怖いな。それじゃ、ちょっと旅路を急ぐか』
街道を小走りで駆け抜ける。
周囲は春模様、街道脇の草原が風にそよいでゆれる。
かばんの中の光の聖典が少し重いが、足どりは軽い。
『本当に良かったんですか、マコトさん』
『なにが?』
『元の世界に戻らなかったことです。契約を結んだ以上、マコトさんはわたしの日記を隠し終えるまで元の世界に帰ることができません。わたしの事情に巻き込んでしまいました』
いいや。それは本当に気にしなくていい。
僕は小さな人間だ。あのまま帰っても夜毎に先輩が殺される夢を見てメンタルクリニックのお世話になるだけ。小さな人間が罪悪感に押しつぶされないよう自衛しただけの話だ。
だが本音を伝えるのは少しはずかしかった。
『大丈夫。女神様いわくKIRA☆KIRA☆してるこの世界を観光して回りたかったんだ』
『あぁぁ!その恥ずかしい引用やめてください!うっかり召喚されそうになるじゃないですか!』
『ごめんごめん』
『まったく、もう……マコトさんはかっこつけですね』
『ふざけるのが好きなだけだよ、女神様』
『ルミナ』
『え?』
『ルミナって呼んでください。女神を女神と思わない人に女神様なんて呼ばれても白々しいだけです』
『……え、名前でなんて、そんな急に』
『なんで今さらテレてるんです!?女神にタメ口聞いておきながら!』
『そういえばそうだった』
『自覚なし!?』
『初対面が初対面だったから、年下の女の子をあやす感覚でそのまま来ちゃったんだよ』
『そのことはわすれてくーだーさーいー!』
『うん、わかったよルミナ』
『…………ぁ』
『テレないでよ。自分で名前呼びにしてって言ったのに』
『ち、ちーがーいーまーすー!不意打ちだったからですー!』
不意打ちだったからという言い訳だと、
テレたことを否定できてないぞルミナ様。
それにしてもこの会話のノリはなんだろう。
女神様と会話してるはずが、まるで友達とのじゃれ合いだ。
初対面が初対面とはいえ、こんなことになるなんてね。
「ははは」
思わず声が出た。
僕が異世界ではじめてあげた笑い声だった。