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第五話 君と僕をつなぐもの


「んぐっ、ひぐっ、あなたが、わたしを呼んだんですか、どうして、どうして、日記が読まれて、なんで、うええええん!」


 女神ルミナスティアは半泣きだった。

 そしてたった今ガチ泣きになった。


 無理もない。よほど恥ずかしかったのだろう。

 といっても僕はワザと読み上げた側なのだが


 女神様は美しかった。透けるような肌は一点のくもりもない。銀の髪の一本一本が優雅な曲線を描いて胸元へ流れる。宝石のように澄んだ瞳の輝きに意識が吸い込まれそうだ。芸術と呼びたくなるそれぞれのパーツが、繊細さは損なわないまま、ひとつの存在の中で調和していた。

 

 神の御業と呼ぶしかなかった。

 僕も膝をついて崇めていただろう。


 こんな状況じゃなければ

 

「んぐんぐ、んぐうぇ、ちがうんれす。ちなうんです。あのひはきげんがよくて、わだしじゃないんですううう!わたひのあくまがにっきをかいたんですううう!ぐえええええぇぇ!」


 いや心に悪魔を宿しちゃダメだろ。神だし

 メチャクチャ汚い泣き方なのに、声質が綺麗すぎて妙な愛嬌がある。おそるべきは女神パワーである。


 このまま眺めていたい気持ちもあるが、話が進まない。

 僕は女神様に話しかける。

 

「そうそう、しかたないよね。神様だってテンション上がっちゃう日があるよね」


「ひぐっ、うぐっ、ぞうなんです。そうなんですぅ!わかってくれますか? ぞう、いづてくれますか?」


「もちろん。人間だってそうだから気にすることないよ」


「んぐっ、うえっ、そうなんです。もっといってぐだざい」


「うんうん。神様だって生きている(?)んだ! 韻を踏んだラップみたいな日記を書いても仕方ないよね!」


「びええええええええ!」


 いかん調子にのりすぎた。

 僕はあたりさわりのない話を続けることにした。


「何か光のモヤみたいな空間にいるけど、ここは?」


「ふぇ、ぐぇ、わたひのしょうかんようくうかんれす。しゅういに被害をださないように、んぐ」


「大丈夫かな。かなりピンチな状況だったんだけど」


「ひぐ、ふぇ、だいじょうぶです。ここは時間のながれもゆっくりになりましゅから。ひぶっ」


「そうか、よかった。ちょっと気になったから聞くけど神様の世界にもベランダってあるの?」


「ふぇ、んくっ、わたしのこの世界での別荘、ベランダ台地のことです。比高1000メートル、ユグドラシルがはえてるので洗濯物を干すのにつかってます。ふぅ」


 スケールでっかいなー。

 でも使い道は人間とあまり変わらないのね。


「あ、ありがとうございます。関係ない話を振って頂いたおかげで、だいぶ落ち着きました」


「僕が泣かせたんだから仕方ないよ。ごめんね」


「うぅ、こんな優しい人が、なんで日記を読み上げるような邪知暴虐のふるまいを」


 まだ興奮してそうな気もする。

 一応話せる状態にはなったので本題に移ろう。


「これには事情があったんだ──」


 僕は今までの経緯を話すことにした。


「なんですか、それ!本来は優秀な人を呼ぶはずの召喚を改造して、選ばれた一人以外つらい状況を背負わせるなんて!言語道断です!最近の勇者は妙に強いと思ってたんです!」


「僕の魔力で助けを呼ぶにはこれしかなかった。ごめん」


「ゆるせません!でもゆるします!」


「……いったいどっちなの」


「ゆるしたいけどゆるせないんです!ゆるせないけどゆるしたいんです!これぞ神の二面性です!乙女心と秋の空です!」


「最後のは違うと思う。そんな見られたくない日記なら、どうして神遺物にしたの」


 僕の問いに女神様はすっと顔を上げた。


「若かったんです──」


 どこか遠くを見つめて語る。


「当時のわたしは神としても生まれたてでした。精神も今より幼くてあの日記をまったく恥ずかしく思いませんでした。だから神遺物にしたんです」


「今から入れ替えたりできないの?」


「わたしとこの世界をつなぐ神遺物になった時点で唯一無二の存在です。わたし自身が触れられない上、失えばわたしはこの世界に干渉できなくなります」


 女神様の気持ちはよくわかる。

 僕にも山ほどある赤裸々な過ち。後からではとりかえしがつかないものばかりだ。勝手に開こうとする思い出のフタと格闘していると女神様が大きな声を上げた。


「あー!もう!わたしも知ってたらもっとよく考えましたよ!どうして先輩たちは誰も教えてくれないんですか!あとから聞いたら『私も昔やられたから黙ってた』ですよ!そんなの通過儀礼にしないでください!なんなんですか!?新人イビリですか!?宴会芸ですか!?こんな古い体育会系のブラック神界!だれもこなくなるんですからねー!」

 

 どうどう、どうどう、どうか落ち着いて、

 女神様ずいぶんたまってらっしゃる。

 それにしても俗な神界ですね。


「落ち着いて、ほら背中ぽんぽん、落ち着いてー」


「いつもすまないねぇ、マコトさんや」


 ノリいいなこの女神様。

 だがいつまでもこうしているわけにはいかない。

 僕はお願いを切り出すことにした。


「というわけで僕は追い詰められている。お願いだ。この状況を打破する力を貸してほしい」


「──ごめんなさい」


 即座に断られた。


「わたしはできるだけ神の関与を抑える形での解決を考えています。マコトさん、あなたがいなくなればこの状況はきっと収束するでしょう」


「もしかして、僕、殺される?」


「そんなひどいことしませんよ!この世界の状況を認識していなかったわたしたちにも責任はあります。だから、わたしたちがマコトさんを元の世界に送り返します」


 元の世界に、帰れる?


「マコトさんを送り返した上で、この世界の異世界召喚の制限を厳しくします。二度とこんなことが起きないように」


 あぁ、それはとてもいい考えだ。

 僕がいなくなって次の召喚がなくなれば、日記を読める人間もでてこない。光の聖典も守られる。大喜びで受け入れるべき内容だった。


 召喚されてすぐの僕だったら


 マティス先輩。この異世界に来てからよくしてくれた先輩。貴族なのに気さくな性格で部下のフォローはばっちり、女性に弱いのが唯一の弱点だけど、完璧超人よりは親しみやすい。僕を守ろうとして力を使い果たし今は眠っている。

 

 先輩が殺される状況を残したまま、帰れるわけがない。


 僕は平凡な人間だ。平凡な人間だから、恩人を見捨てて生きていけるほど強くないことを知っている。今はなつかしい元の世界の生活も、後ろめたくて受け入れられない。罪悪感を背負ったままの僕は家族や友人を傷つけてしまうだろう。


 ごめん、おじいちゃん。

 今はまだ帰れない。


 それに女神様。

 あなたは気付いていない。

 状況は女神様にとっても切迫したものなんだ。


「ありがとう、女神様。僕のことも考えてくれて」


「とんでもないです。それでは送還の準備に移りますね」


「でも、ダメなんだ。それで解決できる段階じゃない。仮に僕がよくても女神様にとって大変なことになる」


「どういうことですか……?」


「副所長達は、もう『光の聖典』が、日記が『読める』ことを知っているんだ。僕がいなくても研究は急速に進む。そして、研究者達は僕ほど理解がない。女神様の日記が研究者のシビアな目でどんな風に扱われるか、よく考えてみてほしい」


 女神様が胸元に手をやり、考える仕草をみせた。

 その顔色が、真っ青になる。


『ここの文章、ラブとラヴとluvの違いはなんでしょうか』

『私ラブリー、君はレガシー、意味がつながらない……音を合わせることに魔術的な意味合いがあるのかもしれないな。理由をじっくり考察する必要があるだろう』


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!やめてえええええぇぇ!」


 奇声をあげて女神様がうずくまる。


「いやいや!意味を問わないで!ノリなの!パッションなの!深く突っ込まないで!もういやぁぁぁ!!ふえぇぇぇ!」


 再び泣き始めてしまった。


 元凶である僕は非常に申し訳ない気持ちになる。

 ただ女神様も現状のリスクを知っておくべきだし、

 次の話をする上で外せない内容だった。


 僕は女神様の隣に座り込む。

 そして再びお願いする。


「女神様は自分の神遺物に触れられない。だから僕が光の聖典を誰も見れない場所に隠す。そのための力を貸してほしい」


「……ひぐっ、うくっ、どうして」


 女神様がしゃくりあげながら聞いてくる。


「どうして、そこまで、してくれるんですか? わたしの恥ずかしい日記のために、しんじていいのか、ふあんなんです。理由が、しりたいです。ふぐっ」

 

 女神様の不安ももっともだ。

 僕は切りたくない最後のカードを切ることにした。

 ここで恥をかかねば信頼は得られない。 


「僕も昔、恥ずかしい日記を書いていたんだ──」


 あれは小学校六年生の時だった。

 祖父に買ってもらった日記帳。

 最初は毎日の出来事をそのまま書いていた。

 だけど徐々に空想が混ざってくるようになった。

 ああだったらいいな、こうだったらいいな。

 現実より理想を書いている方がずっと楽しくなっていた。


 当時憧れていたクラスの女子、金塚さんと同じクラスになってからその傾向はより加速する。


 通学途中に偶然出会って仲良くなる。デートに誘ってOKされる。卒業式の日に告白して恋人になる。もちろん全て妄想だ。女の子と付き合った経験もないので、日記の中の僕は恋愛マンガからひっぱったカッコつけたセリフを吐きまくる。妄想の金塚さんは僕にメロメロな女の子。


 もはや現実はかけらもなかった。もし誰かに見られたら顔から火を噴いて死ぬこと確実で、全生徒に気持ち悪がられる社会的な死もついてきただろう。


 ただ幸い、幸運なことと呼ぶべきか、

 僕が現実から乖離しきる前に日記は終わりを迎える。

 金塚さんがサッカー部の東堂くんと一緒に下校するのを目撃したからだ。


「ぐぐぐ、自分で説明してても死にたくなる。誰か僕を殺してくれ!今すぐ殺してくれ!キルミーセンキュー!僕は副所長に殺されに戻るぞー!」


「はやまらないでください!生き残るための説明で死なないでくださーい!?」

 

 自死しそうになる僕を女神様が止めてくれる。

 何度も僕に辱められてるのに優しい神様だ。

 戻ったら改宗しよう。


 なんとか落ち着きを取り戻して僕は続ける。


「僕は女神様の日記を他人事に思えない。死にそうな状況で読み上げちゃったけど、本当は他の人に読まれないように守ってあげたい。それに実は、女神様の日記、割と好きだし」

 

「えええ!? あの日記が!?好きっ!?ですか!?」


 僕の言葉に混乱する女神様。


 でも本当にそう思ったんだ。

 キラキラポエムな内容だったけど、女神様が本当に楽しそうにしているのは伝わってきた。勝手に召喚されたこの世界でも──もう少し歩いてみたい、と思えるくらいには


 だから手をのばして告げる。


「僕は自分の恥ずかしい日記に誓うよ。女神様の日記を誰にも見られない場所へと連れていく。どうかそのための力を貸してください。女神ルミナスティア様」

 

 女神様は僕の手をとった。


「……はい。よろしく、お願いします。マコトさん!」

 

 ■契約成立:女神ルミナスティア⇔マコト・サクラ





 エフロニア王国、北西部。

 マイカラン地方。


 この日、天から光の柱が落ちてくるのが目撃された。


 神々しい光の柱の落下地点、ライツガルズ研究所は光と共に消滅した。文字通りの消滅。研究所の破片ひとつとして残されていない。国内最大の研究所を灰にした一撃は神の御業としてエフロニア王国の全住人に畏怖の念を刻み込む結果となった。だが、その詳細を知る者はなく、大地に残されたクレーターだけが神の脅威を物語り続けている。

 

読んでいただきありがとうございます。

☆の評価や感想などいただけると

より続きの話が出やすくなるのでよろしくお願いします。

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