第四十六話 信じる者は救われる
そんな感じで今回の冒険はおしまい。
僕はイースレインの街へと戻っていた。
護衛依頼は、途中での依頼者都合でのキャンセルという形になっていた。キャンセル料として成功報酬の半額が冒険者ギルドに支払い済。引き取り手不在でギルドの資金になると依頼主は思っているだろうが、それは違う。
「最初から半額しか支払うつもりがなかったから、成功報酬高めだったんだな……あいつら許さんぞ」
不満を漏らす僕がここにいる。
少ない報酬に文句はあるが、上手く事態は収束させることができたと思う。その後、現場を確認しに来たミンロジガル教の連中は吹き飛んだ一帯を捜索していたが、やがて不満そうに立ち去っていった。キャンセル料の引き取り有無はギルド内の機密のため、彼らに僕とイーナさんの生存を知る術はない。
アキュニス側の調査で、現場を通っていた依頼として事情聴取される可能性はあるかもしれないので気をつけておこう。あとは今後のミンロジガル教の動きも注意するくらいか。
再び平穏な日々が戻っていた。
『ねぇ、ねぇ、マコトさん?』
『おぉっ!これはこれは、ここ最近は御言葉をくださらなかったルミナスティア様ではないですか! 僕はてっきり見捨てられたものと思っておりました……よよよ』
『もう!わざとらしい演技やめてください!神は他の神とのやりとりに干渉できないのは伝えたじゃないですか!』
『ごめん、ごめん、ちょっと言ってみたくなっただけ。でも影響しない程度に話してくれてもよかったのに』
『ディクティメルとの緊迫した会話に、わたしが茶々だけ入れてたら相当カオスですよ?』
想像してみた。
『……うん、そうだね。説得も無理だ。僕が悪かった』
『よろしい。さてさて本題に戻りますが、ディクティメルへのお願いはアレで本当に良かったんですか? 口では尊大な言い方してましたけど、結構マコトさんに感謝してたんで、契約してくれと言っても、通ったと思いますよ?』
あー、そうだったのか。
そこまでディクティメル様は僕のことを買ってくれてたのか、事態を収拾することしか考えてなかった。
だが惜しいと思う気持ちは湧いてこない。
『そのですね。ディクティメル様が契約しても良いと思ってくれたのなら僕は嬉しいです。でも僕は、まず最初に僕を見出して、契約してくれた女神様を、最優先にしていきたいなー、なんて、思ったり、します』
ディクティメル様と緊張感のある会話をして、やっぱりルミナとの関係がいいなと実感した。その気持ちを口にしただけなのだが、言葉は途切れ途切れになってしまう。
なんだかとても恥ずかしい。
『ふーん……ふーん、ふふーん!そうですよね! マコトさんについていける女神なんてわたしくらいですよね! マコトさんも良くわかってますね! ディクティメルと契約しても、普段のアホな念話聞かせたら即解約ですよ! 大体なんですか、呼び出すなりあの変態発言は! 面食らわせてペース握れたから良かったものの、一つ間違えば神の怒りで大災害ですよ! わかってるんですか!?』
わかってる。
紙一重だったことは自分でもわかってる。
だからこの機とばかりに突っ込まないで欲しい。
僕の思いはむなしく、ルミナの念話は止まらない。
『神の愚痴を聞こうなんて前代未聞です! マコトさんは本当に予想外のことばかりします! わたしにもわからないことばかりです! そんな変なことばかりしながらも、あのディクティメルの心に寄り添っちゃうんだから、本当にわかりません! 不可解です! この女神ったらし!』
おーい、そろそろ泣いても良いかな?
反省してる人をこれ以上殴るのは残虐行為ですよ?
落ち込んでいく僕のテンションを見計らったように
『でも、ちょっとだけ格好良かったですよ』
この一言で救われてしまうのだから単純だと思う。
顔が火照ってしまった。
この熱を後ろに置いて来れたらいいのに、と思いながら、足早なスピードで街を歩く。
そんな僕を呼ぶ声がした。
「マコト様」
穏やかな声だ。
今までの声に含まれた固いものが取れ、やわらかい響きになっている。
聖職者的には前の方が威厳があったけど、個人的には今の方が好みだ。
僕は振り返る。
「イーナ……じゃない、イリーナさん」
「マコト様でしたら、どちらの呼び方でも構いませんよ」
前とは異なる神官服に身を包んだ女性の姿。
イーナさんは今、イリーナと名を変え、アキュニスの教会で働いている。
ミンロジカル教会には戻れないため、過去の依頼で縁のあった教会を紹介したのだ。
「今の暮らしはどうですか?」
「ええ、おかげさまで問題なく過ごせております。教えは異なっていても通ずる部分はあるようで、神官の職務も今までの経験でこなせています」
「それは良かった。アレの方も大丈夫ですか?」
「はい、肌身離さずこちらに。『あの御方』も最近ではお花を生やすのに凝っているようです。余った分で街を飾っていたら、わたくしお花のお姉さんと呼ばれているようです」
イーナさんが胸元から取り出した袋の中には、魔力検知できないように処理した神遺物『オクソーリア紙片』が入っている。どうでもいいけど、胸元から袋を出すと胸のふくらみがちらっと見えて目の毒だ。他ではやらんでくださいね。
全ての神遺物を僕一人が抱え込むのは危険なので、イーナさんに託すことにしたのだ。生真面目なところが似ているイーナさんとディクティメル様。体に神遺物を埋め込まれた縁もあり、時々ディクティメル様の念話が聞こえることもあるようだ。豊穣の女神の神遺物による変化は、アキュニスの作物の収穫量が若干上向きになったことと、沢山の花で飾られた教会が少し噂になる程度だ。
「良かった。僕にできることがあったら何でも言ってくださいね」
神が絡んだ事件にしては綺麗に収めたとはいえ、イーナさんには国と職を捨てさせてしまった。
できることはしてあげようと思う。僕が言うと、イーナさんは何か考える様子を見せた。
僕を見つめて口を開いた。
「……マコト様、一つお願いがございます」
「はい、何ですか?」
「わたくしと子を成してくださいませんか」
うん?今回はハードだったからか疲れてるのかな?
幻聴が聞こえる。
「……わたくしと子を成してくださいませんか」
え、え、え、ええええ、なんで?
「今回の事件で思うところがありました。家族が失われても、その思い出を知るわたくしがまだ生きているように、召喚の余波で吹き飛んだ荒れ地にも花畑が生まれるように、わたくしも次をつないでみたいと思うようになりました」
「それでしたら別に僕でなくても」
「わたくしの信仰の生まれと死、そして今の拠り所を知るマコト様とでしたら、きっと前に進める。そう信じられるのです。わたくしのような女はお嫌でしょうか? でしたらお申し付けください。マコト様の望むように致します」
「えーと、好きとか嫌いとか、そういう問題じゃなくてですね。僕は旅の目的を果たしていないので! そういう責任の伴うことはちょっと! そういうの考えられる状況じゃないんです! ごめんなさい!」
「あ、お待ちくださいマコト様!」
男子高校生の限界を超えた事態に、僕は思わず逃げ出した。
これなら先輩冒険者の皆さんと一緒に、夜の街に繰り出しておくべきだったのかもしれない。
そんな後悔も先に立たず、僕は駆け出すしかできない。
そもそもイーナさんもよくわからない。
旅を共にしただけの僕と子供を作ろうとまで考えるのか
それだけ僕を信じるに足る要素があったのか、信仰の代わりに僕が滑り込んでしまったのか
はたまた豊穣の女神ディクティメル様が、産めや増やせやと入れ知恵をしたのか
疑問ばかりが僕の頭を通り過ぎていく。
今の僕に言えることは一つだけだ。
「他人の信じるものは、わからない!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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これで三章完了です。
今回の章は、当初の予定のプロットを途中で使えないことに気づき、二回三回と方向転換してたので時間がかかりました。なので細かい流れは雑なのですが、瞬間風速的にはそこそこ面白い要素も入れられたかなぁとか思います。