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第四十五話 花咲く祈りの聖職者

「ふむ、こんなところか。大分落ち着いた。たまには人に心の内を話すのも悪くないかもしれん」


「がががが……どうかお手柔らかに……」


 豊穣の女神ディクティメル様の愚痴。それは富にまつわる人の業の歴史だ。何千年分の澱を注ぎ込まれた僕の心は崩壊寸前。口を開けば喉の奥から呪詛が湧き出しそうだ。ルミナスティア様とのたわいないお喋りが今は愛しくて仕方ない。


「礼を言おうルミナスティアの契約者よ。最後に一つ聞かせてほしい。これは人の世界をかけた問いではない。この時間を共有してくれたお前の意見が純粋に聞きたい。私はどうするべきだったと思う?」


 それも十分重い問いなんですけどね。

 大地を背負う女神様の悩みだ。軽々しく答えられる内容ではない。だが僕の口からはするすると答えがこぼれ出す。この旅で得た答えだからだ。


「ここからは、アホの言う個人的な意見で間違いかもしれないと思って聞いてください。ディクティメル様はちょっと頑張りすぎちゃったんですよ」


「なっ、神に頑張り過ぎだと!? お前は頑張るなというのか!?」


「いえ、頑張ることはもちろん素晴らしいです! もちろん!! ですが頑張れば頑張っただけ、それなりの物があるはずだと、成果を期待しちゃいます。そして期待が裏切られれば失望に変わります。神様の頑張りですから、その失望も大きかったんでしょうね」


 イーナさんのことを思い出す。

 失われたイーナさんの家族。大事であれば大事な存在であればあるほど、失ったことに大きな理由を求めてしまう。だがそこに理由は何もなく、イーナさんは失望の底に沈んだ。方向性こそ違えど、似た構図なのだと思う。


「人の方も楽して豊作になったら、つい浮かれて自分一人でやったような気になっちゃいます。ほら僕を見てもらえばわかると思いますけど、人って結構バカなんで「それはよくわかる」」


「こんなところだけ天丼しないでくださいよ!?」


「つい、な。ほれ続けて構わんぞ」


「はぁ、頑張れば頑張っただけ豊作にする、ダメなら少し凶作にして様子を見る。時折見ていることはアピールして、人に襟を正させるような神様でも良かったのかもしれませんね。でも、ほら……ディクティメル様、真面目すぎるから」


「……くっくっくっ、ははは! お前は英雄ではないが、図太さだけは英雄以上だ。神に真面目過ぎるなどと言う人間がどこにいる? お前は神の恩恵にあずかりたくないのか?」


「あずかれる分にはあずかりたいです。僕は小市民なので。ただそれとは別に、ディクティメル様の言葉を聞いて思ったことを伝えただけですよ」


「変なところが素直なのだな。ここで『欲しいものは自らで掴み取る』『全ては神の思し召し』と答えられば、英雄か聖者なのだが……まぁ、よい。きっとお前はそれでよいのだろうな」


 ディクティメル様は満足そうにうなずいた。


「さて女神ルミナスティアの契約者よ。ここまで女神ディクティメルの問いに答えた礼として、一つ願いを叶えよう。何を言っても構わんぞ。ただ他の女神との契約である以上、ルミナスティアとの契約には力を貸せんがな」


 僕は考える。

 ディクティメル様には既に伝えたが、召喚成功した時点で僕の目的は果たしている。それを知っていてさらに願いを聞くというのは、ディクティメル様の感謝の気持ちなのだろう。ここで断るのは失礼かもしれない。


 何かあっただろうか。欲しいもの、困ったこと、これから必要になるもの──そうだ。


「ディクティメル様には、今回の後始末をお願いしたいんです!」


 

 光とともに神の召喚空間を離脱する。

 召喚空間は時間がほぼ止まっているため、何年話していても流れる時間は数秒そこそこ。だが今回はさすがに長かったため、数分程度はたっているようだった。


 目の前に横たわるイーナさん。神の召喚の魔力が消費されたことで、その表情は穏やかなものに戻っていた。もう安心だろう。


 召喚の際のショックか、魔術的な仕掛けがあったのか、イーナさんの腹部から神遺物は抜け落ちていた。


 傷は無いので、神遺物を回収してイーナさんの衣服を整える。白くて綺麗なおなかが出たままだと、さすがに目の毒だ。


 そしてイーナさんを軽く揺らして目覚めさせる。


「ん、んんん……、マコト様? わたくしは?」

 

「大丈夫、もう心配ないですよ。すいません、時間がないので失礼しますね」


「きゃっ」


 悲鳴を上げるイーナさんを抱えて脚力を強化。

 地を駆け、召喚地点から500メートルほど距離をとってからイーナさんを降ろす。


「マコト様、これはいったい……」


「召喚は成功させました。イーナさんは大丈夫です。ただこのまま戻ると僕もイーナさんも始末される恐れがあるので、教会には召喚失敗で消し飛んだと思ってもらいます」


「そんなこと」


「ほら、もうすぐです」


 僕が先ほどまで居た場所、召喚地点に目をやると、つられてイーナさんも目を向ける。


 すると、そこに光が生まれた。

 緑の光。大地から生まれたその光は、広く円上に広がると今度は上へ、天を衝くかのように伸び上がる。それは例えるなら緑の巨木。光の柱が天から落ちてくるルミナ召喚とは対照的な光景だった。


「女神様にお願いして、周囲に大した被害が出ない程度に消し飛ばしてもらうことにしました。これで召喚は予定通り失敗、だが想定外の要素があったのか、破壊規模は小さく神遺物も紛失。生贄の神官も護衛の冒険者も消失したため、原因を調べることもできない。これが教会の人向けのシナリオです」


「それではわたくしは」


「自由ですよ」


「ですが今さら自由になっても、わたくしは……」


 イーナさんはうつむいてしまう。


 その時、周囲に緑の光の粒が舞い下りてきた。

 光の柱の余波がここまで届いてきたようだ。

 緑の光の粒は地面に落ちて瞬き、光が消えた後には白い花が咲いている。


「花……?」


「これも女神様ですね。半分冗談だったのに、ディクティメル様も結構ノリいいですよね」


 お願いを伝えて召喚空間を出る前、僕はこう言った。


「そうだ。たまには豊かにする方向を変えてみてもいいんじゃないですか? 例えば、お金の絡まない安くて綺麗なだけのお花がたくさんとか! 心を豊かにする方向です。それなら争いは起きません」


 召喚空間を出る時、ディクティメル様は笑っているように見えた。だからお気に召したのだろうとは思ったが、早速やるとは思わなかった。ディクティメル様の悪戯っ子のような笑みが頭に浮かぶ。

 

 降り注ぐ光の粒は次々と大地に降り注ぎ、あたり一面を色とりどりの花畑へと変えていく。

 イーナさんは、眼前に生まれ広がりゆく花畑をじっと見つめていた。


「綺麗……」


「本当に綺麗ですね」


「わたくし……母のことを思い出しました。母は花壇の手入れをするのが趣味でした。毎日、毎日、手入れをして、でも上手くいかないことも多くて、水をやり、土を整え、日に気を付けても、花は理由もなく枯れていることもありました」


 静かに吐き出されるイーナさんの言葉。きっと彼女の心の中で何かが整理されているのだろう。邪魔をしないよう相づちだけを返す。


「幼いわたくしは、虚しいこともある花壇の手入れをなぜ続けるのかと尋ねたことがあります。母は言いました。『それでも貴女が、花が綺麗だったことを覚えていてくれるでしょう?』と、……母は、家族も亡くなりましたが、まだわたくしは覚えております。わたくしはこれからもその思い出を大事にしたまま、生きていくのだと思います」


 イーナさんは花に手を伸ばした。


「きっと都合の良い妄想なのでしょうね。母の花壇の思い出を都合の良い理屈に使っているだけ、母が生きていて欲しいと願っているように思い込んでいるだけ。ですがそれでも構いません。全てを失ったあの日からわたくしは空虚な心で生きていました。そんなわたくしが、今ようやく、家族のことを思い出すことができたのですから――それだけで、構いません」


 イーナさんは、白い花に向かい膝まづくようにして瞳を閉じた。

 神のためではなく、誰のためでもなく、ただ大事な思い出を抱きしめる行為。

 だけど僕には、誰よりも美しい祈りの姿に見えた。

 


 こうしてミンロジガル教会によって目論まれた神の召喚は失敗に終わった。


 後に残されたのは、半径200メートル程のすり鉢型の盆地。

 そしてその周囲を取り巻くようにして咲き誇る一面の花畑。


 今では観光名所として、行き交う旅人の目を楽しませているという。

 その陰に、女神と聖職者の祈りがあったことを知る者は少ない。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


もしちょっとでも面白いと思って頂けるのでしたら、下にある☆の評価や感想、ブックマークなどお願いします。面白いのだとより自信を持って書き進めることができ、次の話を書くパワーになるので、どうかよろしくお願いします。

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