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第四十四話 神との相対



「神を煽り立てるような言葉を吐くからには、どれだけの万夫不当の豪傑かと思い降りてみれば、此度の召喚主はずいぶんと可愛らしい顔をしているな?」

 

 豊穣の女神、ディクティメル様がそこにいた。

 まずは乱暴な召喚を謝ろう、と視線を向けた瞬間、激痛が僕の頭を襲った。


「っ!」


 目を向けた先、豊穣の女神ディクティメル様の姿を認識することができない。ただ「美」「神」「豊」といった概念そのものが目を通じて叩き込まれている。情報量の完全なオーバーフロー。目の奥がチカチカする。砂利を注ぎ込まれたかのように頭の中がザリザリと削れていく感覚。 


 油断していた時のルミナとは違う。

 これが神の本当の威光だった。


 人の目では映すことのできない強い光。

 目を閉じてもまぶたを貫いて飛び込んでくる。

 とても立っていられない。少しでも圧力の少ない方へ、体は自然と地に伏せるような形に向かう。あぁ、神を前にした人がどうして平伏するのかわかった──


 ──けど、それはダメだ。

 歯を食いしばりギリギリでこらえる。


 ここで倒れれば、この先どうなるかわからない。

 ディクティメル様の判断一つで国が滅びかねない。

 イーナさんの安全も保証されていない。

 

 踏みとどまる理由はいくらでも出てくる。

 だけど今の僕を支えているのはとても単純なこと。


 ルミナの魔力を、全身に流す。


 普段お世話になってる身体能力の強化、それをより意識して行う。力ではなく存在そのものを高める方向へ、人の身では受けられない神の威光なら、神に近付けばいい。僕にはそれができる。体に残ったルミナの魔力が助けてくれる。これぐらいのことはできて当たり前だ。立ち上がってみせろ。


「僕は女神ルミナスティア様の契約者なんだから」


「ほう、少々強めに圧をかけたが堪えるか……英雄ではなくとも神の前に立つ資格はあるということか」


「信じてくれた女神様の顔に泥を塗るわけにはいかないんですよ。泥パックで美容に良いとかなら喜ぶかもしれないけどさ」


 身体を神に近づけた結果、一時的にだが頭痛はだいぶ楽になった。今なら女神ディクティメル様の姿を認識することができる。


 女神ディクティメル様は、豊穣の女神の名に違わぬ豊満さだった。褐色の健康的な肌に大玉の果実がたわわと実った大豊作。とにかくでっかい。


 ただ、だらしない要素は感じない。むしろ逆だ。

 豊かな胸や臀部に詰まっているのは美と活力。全てのものがあるべき場所にあり、称えられるものだと主張する。例えるなら野生動物の角のよう、大きさが強さであり美でもある。豊穣の女神の美を体現する美しさであった。

 あまりの美しさに言葉が出た。


「てか、こんな綺麗なのに細かい体重を気にしとるんかーい!!!」


「!?」


「世の女性が殴りにくるし、世の男性も削るなもっと盛れと大ブーイングだわ!こんなの!こういうのは太めじゃない!健康的って言うんです!下手にダイエットしたらツヤツヤのお肌もカサカサになるわ!許せない!許されない!ダイブして包まれたいこの健康的ボディは保護されるべき世界遺産に登録しろ!した!やったー!でもこういうことって他人が言ってもなかなか納得してもらえないんですよね!はがゆい!つらい!わかります!僕も身長小さめで線が細いから他人から『可愛い』と言われたりするんですが、そうじゃないんです!僕はカッコ良くありたいんです!自分がありたい姿っていうのは人の目とは別物なんです!わかります!わかりますよ!ディクティメル様の気持ち!」


「……」

 

「え~と」


 女神様の戸惑う視線に我に返った。 


「暴言の数々、大変失礼いたしました」


 頭を擦り付ける勢いでディクティメル様に土下座する。


「変な人間だ。誉めているのか馬鹿にしているのかもわからん。おかげで怒りを向けるタイミングを失ってしまったわ」


「全力で誉めてるはずなのですが、なにやら暴走した情熱が盛大に自己完結してしまいました。どうかご容赦ください」


「……嘘であればこうも空回ることもない、か。もうよい。召喚したことについては不問としよう」


「ありがとうございます!」


「それでは、神を呼び出した人の子に問おう。豊穣の女神ディクティメルに何を望む?」


「え、え~と、ディクティメル様の召喚失敗で奪われる命を救いたかっただけで、正しく召喚できたのあればこれ以上は特に……」


「……先程は不問にすると言ったが、覆して構わんか?」


「すみません!すみません!どうかお許しください!」


 僕は再度頭を下げ続けた。

 おでこが擦り切れてなくなりそうな頃、女神ディクティメル様はため息をもらした。


「もうよい。お前と話しているとペースが狂う。これで終わりにしたいところだが、召喚した人間に問い掛け続けてきた問いがある。速やかに答えるがよい」


 女神ディクティメル様は僕の目を見て問いかける。


「お前は豊かさをどう考える?」


「うーん、速やかに答えられなくて申し訳ないのですが、質問の趣旨や背景を教えて頂きたいです。女神様に雑な回答はできないので、教えて頂けるとより良い回答ができると思います」


「……英雄であれば一言で剛毅に答えるのだが、つくづく変な人間に呼び出されてしまったな。真摯なのかふざけているのかも、もはやわからん。ええい、もう諦めた。毒を食らわば皿までだ。最後まで付き合ってやろう」


 女神様に諦められてしまった。

 だって仕方ないじゃないですか、禅問答とかやったことないんですもの。これが僕の真面目な対応なんですよ。

 そんな気持ちが伝わったのか、女神様は語りはじめた。


「豊穣の女神として、長年人が住まう地を豊かに保ち続けているとわからなくなってくる。豊かであればあるほど、争いが生まれ人が人を殺す。その繰り返しだ。だからこうして女神として人に訊ねる。豊かさは死のためにあるのか、生のためにあるのか、人にとって必要なものなのか、不要なものなのか。お前はなんと答える?」


 それは難しい問いだった。

 自分の世界でも繰り返されてきた戦争の歴史。

 自信を持って出せる答えは僕の中にない。


 僕の表情を読みとってか、ディクティメル様は微笑む。

 あまりに妖しく美しい微笑み。まるで女神ではなく悪魔のよう


「かつての英雄は豊かさが必要と答えた。その先の死は我が手で退けると答えた。その盟約に従い豊穣の女神は今も大地を保ち続けている。英雄ならざるお前はなんと答える? 必要か不要か、どちらを選んでも構わんぞ?」


 それは人には重すぎる問いだった。

 答え次第では大地から実りが失われる。

 全て人間の生と死を測りに乗せた答え。

 その重さを背負える人間を英雄と呼ぶのだろう。


 僕は英雄ではない。

 とても答えられる内容ではない。


 だが僕の中から迷いは消えていた。

 ここで僕が出す答えは重要じゃない。

 重要なポイントは別のところにある。

 

 女神様の言葉を思い出す

『どちらでも構わない』

 今回の旅で何度も聞いた言葉だ。

 そして僕はその言葉の意味を知っている。


 そんな言い方をする人は、心の底では──


「ディクティメル様も大変ですよね。人間の相手をしていると」


「む、答えられぬから、誤魔化そうというのか? ならば相応の罰を与えるぞ」


「いいえ、そんなつもりはありません」


「ならば、どういうつもりだ」


「僕を見ればわかると思いますけど、普通の人間って結構バカなんで「それはよくわかる」」


「そんなところだけ食い気味に肯定しないでください! まぁいいです、話を進めます。大概の人って結構バカなところがあるんです。だから女神様が大地を維持してくれていても、それを忘れてしまうことがあるんです。ディクティメル様も、そう思うことがあったでしょう?」


「無論だ!何度恵みを与えてもすべては虚しく風化してしまう。人は何なのだ。モノを覚えることができない生き物なのか。恩を忘れておざなりな扱いをしておきながら、困った時の神頼みだけは忘れない。そのくせ、与えなければ逆恨みを始める。敬虔な信徒を豊かにすれば妬んで殺し、全員を豊かにすれば格差を作るために殺し合いを始める。どうすればいい?どうすれば満足するんだ?お前らは?そういえば二百年前にもこういうことがあった──」


 それから吐き出されるのは、つもりつもった人の業。

 四つの国が滅び、二つの大陸が崩壊する神話の物語。

 いずれも欲と嫉妬が互いの足を引き合うようにして、全てを闇の底に沈めてしまう。

 当事者の情感たっぷりに語られる人の醜さは、血とインクを煮詰めたかのようなドス黒さ。

 聞いてるだけでも、胸の奥が気持ち悪くなってくる。


 こういう時は、現代っ子メンタルで良かったと思う。

 信心深い人なら罪を突きつけられ自死しかねない。


 二時間ほど語った後、ディクティメル様はこちらを見た。

 我を忘れてしまったためか、気恥ずかしさが見え隠れしている。


「……こほん。思わず語り込んでしまったが、答えを持たぬまま神の問いを謀ったことは許しておけぬ。覚悟しろ」


「いいえ、これが僕の答えです」


「ぬ?」


 差し込んだ僕の言葉に、ディクティメル様が怪訝な顔を見せた。

 今までの構えた様子から漏れ出た、素の表情。


 よし、ここからが正念場だ。

 僕は、今まで抑えていた気持ちを表に出す。

 脳裏に描くのはイーナさんの姿。

 僕は言うべき言葉を知っている。


「『どちらでもいい』そういう言い方をするのは、その裏側に本当の願いを持っているからです。ですがその願いを裏切られすぎて、期待した分だけつらくなるからセーブしているだけです。英雄なら世界を変えると力づけることができるかもしれません。ですが、僕は英雄じゃありません。なので僕にできることは、女神様の話を最後まで聞いて気分だけでもすっきりしてもらう、それくらいです」


 僕の答えに、女神様の顔が紅に染まった。


「ふざけるな!このディクティメルは腐っても女神、人の子に愚痴を吐き出すなどできるわけがなかろう!」

 

「ええ、相手が英雄ならそうかもしれません。導くべき対象ですから、神としてあるべき姿を見せる必要があります。ですが僕は違います。偶然神様を呼び出してしまったタダの人です。僕に何を話しても地上に影響は出ません。なら愚痴っても、いいじゃないですか。大きなことはできない代わりに、くだらない話をしても問題ない。それが僕です。それが――英雄ならざる僕の答えです」

 

 怒りが爆発する前に、すかさず切り返す。

 言葉を聞き入れてくれる内に、ここまで伝え終える必要があった。


 僕とディクティメル様の間に沈黙が流れた。

 無言が示すものは、怒りか納得か。


 結果を待つ僕の耳に、聞こえてきたのはディクティメル様の笑い声だった。


「くっくっくっ、ふははははっ! そうか、ふざけた答えだと思っていたが、タダの人間は、英雄とできることもできないことも異なる、それは当たり前だ。だがそれに対する神の態度も違っていい、そういうことか。認めよう、英雄ならざるただの人間だけが出せる答えを」


 どうやら受け入れられたようだ。

 説得が成功して安心する僕の耳に、ディクティメル様がそっと囁く。

 その言葉には、愛しい人に向ける吐息、愚かな人を憐れむ響き、その二つが同時に含まれていた。


「お前の答えを認めよう人の子、いやルミナスティアの契約者よ。大地は富み続け、人は変わらぬ営みを続けるであろう。だが覚悟するがいい。神の愚痴は──ちょっぴり長いぞ♥」


 そこからの時間感覚は曖昧だ。

 時間の止まった召喚空間とはいえ、五年?いや十年だったかもしれない。

 さすがに百年はいっていないだろうと思う。うん、たぶん。


 受け答えはしていたけど内容は覚えていない。

 きっと脳が思い出すことを拒否しているのだろうと思う。


 僕は英雄でないし勇者でもない。

 けど人柱だったのかもしれない。


 そんな事を思った。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


もしちょっとでも面白いと思って頂けるのでしたら、下にある☆の評価や感想、ブックマークなどお願いします。面白いのだとより自信を持って書き進めることができ、次の話を書くパワーになるので、どうかよろしくお願いします。

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