第四十三話 神の重みは
体調不良で途切れてましたが、再開します。
三章終了ぐらいまでは特に問題なく進むかと思います。
イーナさんの協力を得てからの道中、僕は神遺物について聞き取りを進めていた。
「過去の召喚に使われた呪文とその結果とか、イーナさんのわかる範囲でよいので教えてもらっていいですか?」
「豊穣の女神ディクテメル様の遺物『オクソーリア断片』は、過去三回、神遺物の記載をそのまま読み上げる形での召喚が行われたと司祭様からうかがっております。結果はいずれも失敗。周辺の町を巻き込む形での崩壊が起きたとのことです。読み上げるだけで滅びをもたらしたことから神の怒りに触れる要素があるのではないかと推察されております」
「ダメじゃん! いや……読み上げるだけで同じ結果が出るから神遺物として使うのは諦めて、兵器として使う方に向かったのかもしれない。すると教会側も暗号を読み解くのは早々に諦めてそうだし、他の神官から情報を得るのは難しいな……どうでもよかったとはいえイーナさん、こんな時限爆弾確定なブツをよく運ぶ気になりましたね」
「今からでもガルジェクト帝国に戻ると告げたら、司教様の慌てる顔を拝見できるでしょうか……あ、これは冗談ですので本気になさらないでください」
「あはは、いいですね。その時邪魔してくる他の神官さんをなぎ倒す役は僕がやりますので、依頼してください」
僕に協力するようになってから、イーナさんは明るくなったようだ。表情に張りがうまれて、今のように冗談を言う茶目っ気も出てきた。だが一方で神に向かう時の清廉な雰囲気も保ったままだ。より親しみやすくなった聖職者の美人お姉さんに微笑まれたら、健康な青少年の僕は困ってしまう。
いや、しっかりしろ、僕!
しっかりしないと、イーナさんが大爆発するんだぞ!
心を引き締め神遺物の解読を行っているが、作業は一向に進まない。
【675201239583233334449112367――】
こんな風に、ただの数の羅列だからだ。
暗号として解こうにも、数字をこの世界で使われている文字に当てはめることができない。ならばルミナの時のように日本語に当てはめることができるかもしれないと考えてみるが、それも無理だった。
似た数値の並びが何度も出てくるため、何らかの規則性はあるようだが、それが文脈でよく使われる文字には全然つながらない。英語で言うところのaやeなどの文字を見つけることができないままだった。いっそ似た数値を並べているだけ、と考える方がしっくりくるくらいだ。
この世界特有のミームのようなものがあるのかもしれないとイーナさんと相談しながら取り組んだが、それでもとっかかりすら見つからない。終始笑顔を崩さないイーナさんの姿に、焦りばかりが募る一方だった。
そんな中、タイムリミットは唐突に訪れた。
アキュニス首都まで、あと一週間ほどの距離。山道を進んでいる行程で、イーナさんが倒れた。
慌てて駆け寄り、助け起こそうとして気付く。
イーナさんは腹部を手で押さえており、その腹部は布越しでもわかるほどに輝いていた。臨界を迎えた魔力の光、神の召喚が始まろうとしているのがわかる。
「おい急ぐぞ」「あぁ、もう少し中心部を狙いたかったが仕方ない」
他の神官達は慌てた様子で道を逆に駆け出した。僕とイーナさんは、二人その場に取り残されていた。きっと召喚が始まる際は、すぐ避難する手筈となっていたのだろう。怒りがこみ上げてくるが、今は無理矢理押し込める。
目の前にはお腹を抱えてうずくまるイーナさんがいる。
彼女を助ける方が先だ。
だが一向に解決策が浮かばない。
神遺物の暗号を解読する手段がわからない。
まだだ。まだ、何か方法があるはずだ。
ルミナも僕なら正しい召喚ができると言ってくれた。
まだ、できることがあるはず。
「大丈夫ですか、イーナさん! まだ、まだどうにかする手段があるはずです! あきらめないでください」
だが僕の気持ちを裏切るかのように、イーナさんの腹部の神遺物が一際強く輝き、神の召喚が開始された。魔術音声による無機質な呪文が響く。
【675201239583233334449112367――】
神遺物に記載された数字の羅列。
この数字が何行読み上げられた時点で召喚失敗とみなされるのか、どのぐらいの範囲が崩壊するのか、わからない。ただ時間がないことだけは確かだった。
握りしめた僕の手を、イーナさんの手が優しく包む。
「もう止められません。マコト様はどうかお逃げください」
「いえ、逃げません。まだできることが」
「もうどうでもいい、そんな風に考えていたわたくしですが……この旅は楽しかったです。マコト様は何をするかわからない方でした。聖職者を買収しようとしたり、神への裏切りを求めたり、前代未聞です。破天荒な方なのかと思えば、わたくしのようなつまらない女を命がけで助けてくださりました。本当にわからない方です。ですが退屈することは全然ありませんでした」
「……やめてください!お別れの言葉みたいなこと言わないでください!」
「みたい、ではなくお別れの言葉です。どうかご容赦ください。何もかもを諦めたわたくしですが、マコト様のおかげで知ることができました。人には感情のおもむくまま、怒って、泣いて、叫んで、みっともない振る舞いをさらけ出すべき時があるのだと。正しい答えを求めるより人を救うことがあるのだと。何年越しでしょうか、神様への教会への意趣返しではじめて気付くことが出来ました。あぁ、わたくしはもっとはやくこうするべきだったのでしょうね」
「後で話なら聞きますから、まだあきらめないでください!」
「ありがとうございます、マコト様。貴方のおかげで最期に大事なことを知ることができました。もう、悔いはありません」
そう言ってイーナさんは微笑んで……いや微笑もうとした後に、気まずそうな顔を見せた。
「申し訳ありません。先程の発言には嘘がありました。少しだけ悔いがあります。もう少しだけ、マコト様と、この旅を続けてみたかったです」
ふざ、けるなよ──
僕はキレた。
抑えていた感情が堰を切ってあふれ出す。
なにが神様だ!
なにが司教様だ!
なにが神遺物だ!
どれだけ尊い存在であったとしても、こんな真面目な人を人間爆弾にするなんて、許されていいはずがない。
こんなことを許してる神様がいるならクソだ!
こんなことを指図する司教はただのペテン師だ!
こんなことを引き起こす神遺物も、どうせ便所の落書き並みのくだらないことが書いてあるんだろ!
「──!」
その瞬間、頭の芯を衝撃が貫いた。
思考の暴走が、真実を指し示していた感触。
やけっぱちでバットを振り回したらホームランになった時のような心地良い手応え。快音が響いた時、雑音は消え、思考はクリアとなる。
どうして僕は、神遺物を真面目なものと思い込んでいた?
どうして僕は、数字を暗号だと思い込んでいた?
そう神様の遺したものだから、高尚なものだと思い込んでいた。さらにはイーナさんの命がかかっているプレッシャーから、より難しいほうに考えすぎていた。
それでは、光の聖典(ルミナの日記)を解読できなかった研究者と同じやり方だ。研究の経験も少ない僕では解読できる可能性は万に一つもないだろう。
むしろ逆だ。
ルミナの日記のように、神の遺物が研究者が舌を噛み切る勢いで『くだらない』ものな可能性があるということを僕は知っている。異世界から来たことから、この世界の常識もなく、固定観念を捨てて、ありのままにものを見ることができる。それが僕にだけにできる解読法だ。
そうだ。
むしろ『くだらない』内容の可能性の方が高い。
僕は今まであの紙片を暗号だと思い込んでいた。もし暗号じゃないとしたら? 神様という単語にとらわれ大仰なものだと考えすぎていたとしたら? 大仰でも難解でもなく、とてもくだらない見たままのものだったとしたら──
豊穣の女神。
数字を読み上げるだけで訪れる災厄。
今までかかわってきた俗っぽい女神様。
似た数値で、意味を成さない数字の繰り返し。
そう、今も繰り返されるこの数字の羅列。
【67520123958323333444211──】
神様基準の知らない単位だからわからないだけで、僕が良く知るような数字の羅列だったとしたら、神の怒りは数値の上下によるものだったとしたら──まだ、今からでもできることがある。
【詠唱割り込み開始】
なぜなら、この『神遺物』は
なぜなら、この『ダイエット帳』は
『あー!いい感じですね!数字は横ばい、時折増えることもありますが、こちらについては水分の量で変わっている範囲ですから問題ありません。そして何より、ダイエット続けて最初のうちは、体重はあまり変わらないんですよ。徐々にやせられる体ができてくるんです。それはまだ数字にはでてこない範囲ですが、続けていけば徐々に貴方の体を内から作り上げていくものなんです。おや? よく見れば頬のあたり、心なしかシュッとしてきてませんか──』
体重の読み上げで神がブチ切れるのであれば、数字に出ない部分での成果と美しさをアピール。どこのセールスマンか詐欺師かという勢いで美辞麗句をまくしたてる。
『──努力されてる方の美しさは、外見にもですが何より内面にも出るんです。目標に向かって努力するストイックな姿勢がピシッとした雰囲気となって、貴方の美しさを底上げしてくれてるんです。最近、同僚の神様から言われません?「頑張ってるね!」って、内面が外見にも影響してきている証拠ですよ。この調子で内面もどんどんアゲていきましょうよ! 外見の美しさに加えて内面の美しさもより高めていけば、最高の女神様じゃないですか。そうそう、そんな美しい女神様にひとつご提案なんですが──』
ただ、これだけじゃ足りない。神様を誉めるだけの呪文なら過去にも試されてきた。神遺物の内容を踏まえて誉めたことで興味を引いても、決め手にはならないだろう。
だから内面の美しさを説いた上で、一か八かの賭けに出る。神の怒りに触れかねない挑発的な一言を口にする。
『──神遺物を爆弾代わりに使われた挙げ句に、こんな女の子をだまって死なせたとあっちゃ、体重以前に、イイ女の名折れじゃありませんか? 美しい女神様』
刹那、緑と茶の光が視界を埋めた。
同時に肌に触れる圧倒的な存在感。気配が少し変わるだけで、体が内から爆ぜてしまいそうだ。油断したルミナの時とは違う、神が支配している空間の圧力だった。
そう、ここは神の召還空間の中だ。
「神を煽り立てるような言葉を吐くからには、どれだけの万夫不当の豪傑かと思い降りてみれば、此度の召喚主はずいぶんと可愛らしい顔をしているな?」
豊穣の女神、ディクティメル様がそこにいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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