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第三十九話 理不尽


 激流へ飛び込んだイーナさん。

 初動が遅れたため、魔力強化したスピードでも止められなかった。

 

 僕も一瞬遅れて水の中に飛びこみ、伸ばした手がイーナさんの身体をかろうじてつかまえた。引き寄せたイーナさんを全身でかばう。ここから後のことはよく覚えていない。


 ぐちゃぐちゃになった方向感覚、とぎれとぎれの苦しい呼吸、岩や流木に打ちつけられる痛み。その繰り返しが激流のように僕の体を駆け抜けていった。苦しさとしては数時間続いたようにも思えるし、実は数十秒だったと言われても納得してしまう。時間感覚も押し流された状態で、川底に沈まないようにもがき、岩にぶつからないように身をかわし、合間をぬって息継ぎを試みる。瞬間瞬間の記憶が生まれては泡のように消えていく、そんな時間の繰り返し。


 やがて穏やかな川のせせらぎが聞こえてきて、助かったらしいとはじめて気付く。無意識のうちに川岸までたどり着いていたようだ。


 腕に抱えたイーナさんの口元に手をやると、わずかに吐息の感触。彼女も無事だ。


 水を吸った服と重い体をひきずりながら川から上がり、僕は休むための場所を確保する。


 女神の玩具箱トイボックスから簡易テントやクッションの類を出し、休める場所を用意する。替えの服とタオルを取り出して着替えるとようやく落ち着いた。こういう時は契約者特権でルミナの収納空間を借りられるのがありがたい。


 本来ならこれで一段落と言うところなのだが……


 目の前にはずぶ濡れになったイーナさんの姿がある。

 濡れた神官服が肌にはりついて、胸元や太股の曲線があらわになっている。体形が隠れるような服装だったから気づかなかったが、結構着やせするタイプのようだ。


「えーと、このままだとイーナさんが風邪をひいてしまうので、着替えさせても緊急時の対応で許されるやつなのではないでしょうかきっと、たぶん」


『疑問と推量の多さにスケベ心が隠しきれていませんよ、マコトさん?』


『こういう時はきっちり出てくるかー。もう少し後でもいいのよ?』


『イヤですよ。マコトさんがえっちなことしてるところに顔を出すなんて、困ってるならわたしを召喚してください。わたしが彼女を着替えさせますよ?』


『それも考えたんだけど、イーナさんが起きた時にルミナがいないから僕が着替えさせたと思われて意味ないんだよね』


『意味はあります!乙女の柔肌がえっちな目にさらされないという意味が!』


『そのために冤罪に耐えろというのか!ルミナは!』


『はー、こんなことで女神の力を使うなんてありえないんですけど仕方ありませんねー。次善策でいきますか?』


『どうか頼むよ。またお菓子も持って行くからさ』


 結局、ルミナの魔力で目覚めさせて自分で着替えてもらうことになった。国の一つや二つを崩壊させられる女神の力を使って人を起こすだけなんて話、どこを聞いても出てこないだろうと思う。

 

 目覚めてから、見えないところで着替えてもらったイーナさん。

 事情を知ると僕に深々とお辞儀をした。


「命を救って頂きありがとうございます。あぁ、マコト様とマコト様を遣わして頂いた神に感謝いたします」 


「それなんですけど……その感謝はしまっておいてください。これは僕のせいですから」


 杖の細工についてイーナさんに打ち明けることにした。

 旅をスムーズに進めるためとはいえ、イーナさんが信仰する神を利用したことは許されることではないからだ。今回の依頼も失敗になるが、やむを得ない。


「というわけで、イーナさんが激流に飛びこむことになったのも、もとを言えば僕のせいなんです。イーナさんとイーナさんの信仰を利用しました。ごめんなさい」


 さすがにイーナさんも怒るだろう。

 頭を下げたまま、怒られるのを待つ。

 だが時間がたっても、怒りの声もビンタも訪れない。


 どうしたのだろう、と僕は顔を上げる。

 するとイーナさんの紫色の瞳と目があう。

 彼女の瞳は穏やかなまま、怒りの色も悲しみの色もみられなかった。


「いいえ、マコト様の行いも最終的には神のお導きによるものです。原因はどうあれマコト様がわたくしを助けたことに変わりはありません。わたくしは命を救われたことについて感謝を捧げるだけです。ありがとうございます」

 

 この言葉にはさすがに面食らった。

 日本人の僕には理解できないが、神のいる世界だとここまで深く信じることができるのだろうか。

 思わず疑問が口からこぼれ出た。


「僕はイーナさんをだましたんですよ?もっと怒るのが筋じゃないですか?神様への侮辱になったりしないんですか?」


「神はわたくしたち下々の者の行いを踏まえて導いております。怒る必要などありません。ですが、マコト様が罰をお望みで、その方が楽になるのでしたら――」


 イーナさんが僕に手を伸ばした。

 軽く握った手で僕の額をこつん。


「こんなことしたらダメ、ですよ」


 ぐっときた。

 ルミナがいなければ、イーナさんの神が架空の神と知らなければ、ここで改宗してしまった可能性すらあるだろう。こんなに優しく赦されると全てをさらけだしたくなる。


「……ありがとうございます」


 お礼を言いながら僕は考える。

 イーナさんは本当に信仰心のある人のようだ。

 だけど周囲の人はそうではない。信者を集めるための人材なのだろうか? 

 それだけなら良いのだけど、利用されてないだろうか。


「僕はこうして許してもらえる分にはありがたいですけど、どうしてもこんな風に理不尽なことはあると思うんです。そんな時、イーナさんは大丈夫なのかな?って、心配になります」

 

 僕の質問に対して、イーナさんは不思議そうな顔をした。


「マコト様のおっしゃる意味がわかりません。神のお導きは理不尽なものです。そうでなければ、わたくしは――」


 こともなげに語られるイーナさんの言葉。

 その言葉には心の底から出てくる重みがあった。

 今だ。ここから話を聞いていくべきだ。


 確信に従って続きの言葉を待つ。

 続きの言葉が語られることはなかった。


 疲れからかイーナさんが倒れていた。

 倒れた際に羽織った服がはだけたのか半裸の状態だ。

 

 しかし僕が凝視するのは胸でもお尻でもなく、その中間。

 イーナさんの腹部に、薄く光る紙の束のようなものが見え隠れしていた。

 その周囲を取り囲むようにして魔術の文字も並んでいた。


 おそらく神遺物。

 ルミナでも正確な場所がわからなかったことに納得がいく。

 人と同化したことにより魔力が辿りづらくなっていたのだ。


 だがこれはあまりにも──


「イーナさんは、この理不尽を許せるの?」


 意識を失ったイーナさんに僕は一人問いかける。



読んでいただきありがとうございます。


ちょっとでも面白いと思って頂けるのでしたら、下にある☆の評価や感想、ブックマークなどいただけると自信を持って書き進めることができ、より続きの話が書きやすくなるので、どうかよろしくお願いします。

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