第三十七話 信徒
引っ越しや片付けでちょっと遅れましたが、マイペースに進めることにします
護衛の依頼を受けて二週間。
馬車に揺られ揺られて頭の中がバターか何かになった頃、ようやくガルジェクト帝国との国境まで辿り着いた。
木と石で作られた壁が広がり、大きな関所がひとつ。国境かつ軍事国家と隣接する交通の要所とあっては防備もなかなかのようである。
関所のそばの国境中間地帯、そこに依頼主がいた。
清廉な印象のある白と青の神官服に身を包んだ集団、それを取り囲むように物々しい冒険者達の集団がいた。彼らがどことなく疲弊しているように見えるのは気のせいだろうか?
僕が様子をうかがっていると、神官服の集団から一人の中年男性が前に出た。その際の気配からこの一行の中心人物だとわかる。
彼は僕を見て問いかける。
「貴方がアキュニスからの護衛を務める冒険者でしょうか?」
「はい、マコト・サクラと申します。よろしくお願いいたします」
「……失礼しました。貴方の応対が予想以上に丁寧だったもので驚きました。まだお若いのに素晴らしいことです」
「礼儀だけでなく実力も備えているつもりですのでどうかご安心ください」
外見と年齢で実力を疑われていたら困るので、軽く言葉のジャブを入れておく。すると男はにやりと笑い、こちらに小さな石の破片を差し出した。
「申し遅れました。私はミンロジガル教の神官を務めております。ガラハ・カイシウンと申します。マコト様、証をお願いします」
「はい」
僕は懐から石を取り出す。差し出されたのと同じ色の石の破片だ。ガラハ神官は僕から石を受け取ると、石の破片を組み合わせる。破片はぴったりかみ合い、綺麗な球体に、すると石が光を放った。
「問題ありませんね。今回の護衛依頼をどうかよろしくお願いします」
僕が渡した石は割り符のようなものである。
2つに割った魔石を元の形に戻すと、同一の魔力が合流する時に光を放つ。石が綺麗に元の形に戻ることと中の魔力が同じことで確認する仕組みだ。
石を奪われたり、偽造されたりすると意味がないが、超重要な依頼でもない限りはこれで事足りるという考え方のようだ。
「貴方に護衛して頂きたいのはこの方です」
ガラハ神官がうながすような仕草を見せると、後ろの神官達から一人が進み出た。
同じ統一感のある白と青の服、ただ違うのは全体的にゆったりとした体の線を隠すような装い。おそらく──
頭に被っていたフードを取ると、アメジストを思わせる紫の髪がこぼれる。そして同じ色、同じ輝きをたたえた瞳がこちらを射抜いた。こちらの瞳をじっと見据えた後、わずかに目尻を下げる。美しい少女だった。
今までも美しい女性には出会ってきた。だが彼女に感じるのは美醜とはまた別のベクトルのようなもの。姿にはじまり、立ち居振る舞い、そして瞳の奥に映した心まで、全てが同じ方向を向いているように思えてしまう。その整然とした雰囲気が彼女の美しさを底上げしている。
これが神に仕えるものの姿なのだろうか。
そんなことを考えてしまう。
「御挨拶をさせて頂きたいところですが、今のわたくしは姓も名も神に捧げた身の上、ただのイーナとお呼びください。冒険者マコト・サクラ様と出会えたこの幸運を、神に感謝いたします」
そう言ってイーナは神に祈るしぐさを見せた。
何千回、何万回と繰り返されたと思われる無駄のない動き。
少女の清らかな祈りが天を通じ神に届くさまが見えるようだった。
祈りを終えたイーナは満足そうに瞳をあけ、こちらに向けて微笑んだ。
その瞬間、僕はどきりとした。
先ほどまでイーナが行っていた神への祈り、あまりにも清廉な心を注ぎ続ける姿。祈りの一連の動作でこちらに微笑んだため、今この瞬間だけはそのまっすぐな心が僕一人に向けられているように思えてしまったからである。
『……ルミナ』
『なんですかマコトさん』
『改宗していい?』
『だ、ダメに決まってるじゃないですかぁ!マコトさんのあんぽんたーん!こんな可愛い可愛い女神様に仕えておいてもう宗旨変えですか!おんなったらしの尻軽男!そんなことしたらマコトさんの日記読み上げ10倍なんですからねー!』
『ふぅ、ルミナの声を聞けて落ち着いた。たすかる』
『あ、本気じゃなかったんですね』
『うん。でもアレやばくない?神聖な祈りを見せた直後に、こっちにリアクションしてくるのよ。今だけは神様と同類の扱いを受けてる気持ちになって、普通舞い上がっちゃうよ?』
『人、じゃなかった女神を、気付け薬代わりに使わないでくださーい!本当に洗練された祈りだとしても、わたしは存在しない神と比較されて女神のプライドズタズタなんですからー!』
『え、そうなの?』
『ミンロジガル教の崇める神は、わたしたちの中にいませんからねー。おそらくガルジェクト帝国で民をコントロールするための宗教なんじゃないでしょうか。教義も富国強兵的な方向に向いてそうですし』
『うわー、神様がある世界だと、下手に宗教作れないなー。まぁ、神が口だしてこないから成立するんだろうけど』
『というわけでマコトさん!』
『な、なに!?』
『存在しない神様の女神官さんにクラクラしている暇があったら、わたしをもっと崇めるべきです!ほめてください!』
『ルミナ様えらい!女神様でも一番のかわいさ!いつも感謝してるよ!後光がポンデリングしてる!その美しさには眠れない夜もあっただろう!』
『えへへ、マコトさん、そんな褒めすぎですよ~』
こんな雑でいいのかお前は
「どうされましたか、マコト様」
アホな念話をしていると、ガラハ神官が声をかけてきた。
いけない、ルミナと話しすぎたようだ。
「いえ、彼女が祈る姿に感銘を受けまして、少々見入っていたようです」
「入信でしたらいつでもお待ちしております。あなたには道中、イーナ様を護衛してアキュニスの首都まで無事届けていただきます」
「はい、承知しました。道中のルートは決まっているのでしょうか」
「その件ですが、我々は神事を行いながら道を進んでおりまして――」
「ここからはわたくしが引継ぎます」
イーナは一歩前に出ると、後ろの神官から豪奢な杖を受け取る。
そして杖を前に掲げ、祈りを捧げた。
何度繰り返しても見慣れることのない神事の厳かさ。
より深い祈りを捧げた後に、杖で大地をとんと突く。
杖の装飾が澄んだ音色を響かせた。
「神よ、われわれをお導きください」
言葉とともに、杖を手放す。
重力に引かれ、杖は大地に横たわる。
彼女は杖が倒れた方向を見つめて、言った。
「神のお導きです。われわれの向かう先は北東と決まりました──」
読んでいただきありがとうございます。
ちょっとでも面白いと思って頂けるのでしたら、下にある☆の評価や感想、ブックマークなどいただけると自信を持って書き進めることができ、
より続きの話が出やすくなるのでどうかよろしくお願いします。