第三十六話 依頼と逃げ場
今回の目的とおさらい回です。
「ルミナ以外の神の気配って」
「おそらく神遺物が運ばれています。それにしても反応が小さいです。神のわたしでなんとか動いてるのがわかる程度ですから、魔力的な隠蔽をしてるかもしれません。わたしの日記みたいに」
ルミナの日記には、契約時からルミナによる魔力的な隠蔽がかかっている。
隠しにいくのに現在地がバレバレでは意味がないからだ。
それと似たような処置がされているということだろう。
「場所はわかる?」
「ぼんやり南の方で動いているのがわかるくらいです」
「どうする?ルミナ的には調べる必要ある?また日記の隠し場所を探すのが後回しになるけれど……」
「わ、今回はマコトさんがちゃんと相談してくれました」
「当然!報連相のできる男だからね」
前回は、相談なしで動いてルミナにへそを曲げられた。
同じミスは繰り返さないぞ!という思いが顔に出てたのか、ルミナはおかしそうに笑う。
「ふふっ、わかりました。では今回は移動している神遺物の調査をお願いします。神が絡んだ出来事となると、わたしも気にしないわけにはいかないので」
「了解。まぁ、隠し場所探しの方も、いろんな場所にでかける分には参考になるから、無駄じゃないと思うよ」
ルミナの了承も得て、今回は神遺物らしきものの調査となった。
といってもまだ何もわかっていない。まずは情報収集からだろう。
「ようマコト、最近名をあげてるようじゃねえか」
「目の前の先輩方に比べたらまだまだですよ。おいしい話があったら教えてくださいねー」
顔見知りの老冒険者達をあしらいながら、冒険者ギルドに入る。ピカピカに掃除されたカウンターで手を振る女性の姿が見えた。
「こんにちは、アーニャさん」
「はい、こんにちは。今日もよろしくお願いします。マコトさん」
朗らかな微笑みと丁寧なお辞儀。こちらも自然と頭をさげたくなるようなたたずまい。冒険者ギルドのキリっとした制服に身を包んだ綺麗なエルフのお姉さん、僕の仕事を担当してくれる受付嬢のアーニャさんである。
「今回は魔物退治の報告と、ついでに倒した魔物の報告です」
だいぶ慣れてきた手つきで、討伐証明となる特徴的な魔物の部位をカウンターに並べていく。
「1、2、3、4……8、ブラッディウルフの犬歯二匹分、確かに確認しました。依頼完了です。こちらは……シミターディアの角ですね。こちらも素材として十分な価値があります。素早さと一撃の鋭さで山岳の暗殺者と呼ばれる魔物なのですが、よく御無事でしたね」
「突然でてきてびっくりしましたが、何とか倒せました」
腹をかっさばかれたと正直に言うわけにもいかない。
心配をかけないよう誤魔化しながら受け答えをする。
「……依頼が大変な時は正直に言ってくださいね。マコトさんが危なくないよう適切な依頼を割り振るのが私の仕事です」
ニコニコ笑顔のアーニャさん、だがその笑顔の裏には圧を感じる。
どうやら苦戦したのはバレてそうだ。ただ腹を二つに裂かれたことまではバレてないと思われる。バレてたら今頃はお説教モードだろう。
「奇襲されて手こずったので、次はもう少し安全策で対応します」
僕の言葉を聞き終え、アーニャさんがようやく柔らかい表情を見せた。
「はい、安全第一でお願いします。私の一番の願いは、マコトさんがこのイースレインの町で幸せな冒険者生活を送れることですから」
今もこうして親身になってくれるアーニャさんは、僕の協力者でもある。
訳アリな僕が平穏に暮らせるようギルドでもそれ以外でもバックアップしてくれている。言葉端から推測するに、どうやら僕に似た境遇の人がアーニャさんの親族にいるらしく、僕のことをほおっておけないと考えているようだ。
だから僕は、おっぱいの大きな美人のエルフお姉さんに優しくされるこの毎日を、勘違いしちゃダメだ勘違いしちゃダメだと呪文を唱え続けることで耐えているのだ。誰かほめて欲しい。
『……最初から勘違いしなければいいじゃないですか』
『そうはいかないのが男の子の悲しいサガなんだよ。わかってくれルミナ』
ルミナとツッコミ念話しつつ、本題に入ることにする。
「アーニャさん、ここから南の方で変わった出来事とか、依頼とかありませんか?」
アーニャさんは少し考える様子を見せた後、一枚の依頼書を取り出した。
「この依頼でしょうか? 依頼内容は、ここから南方、ガルジェクト帝国のミンロジガル教の神官を護衛すること。ガルジェクト帝国との国境で護衛対象を引き取り、アキュニスの首都まで護衛すれば完了というものです」
「その内容だけだと普通に聞こえますね」
「聖職者の護衛依頼は、大規模な宗教行事で集まる場合か、別の教会への赴任の場合がほとんどです。ですが今は宗教行事の時期でもありませんし、アキュニスの首都にミンロジガル教の教会はありません」
「そのどれでもない、何か特別な事情があるということですね」
「はい。さらに気になる点としてはガルジェクト帝国内とアキュニス国内で護衛を切り替えていることです。その地に精通した冒険者に護衛を任せること自体は妥当ですが、アキュニス側での人数が少ない気がします」
以前調べたところでは、ガルジェクト帝国は軍事重視で領土拡大に意欲的な国家だった印象がある。
この機に神遺物を持ち込んで何かを企んでる可能性も十分にありそうだ。
そしてルミナから聞いた話を思い出す。
この世界の運命は、重要な存在が動けば動くほど関わる運命をより引き込みやすくなる。
女神ルミナスティアの契約者である今の僕は、良くも悪くもトラブルに遭遇しやすくなっている。
そんな僕が南で神遺物が動いていると聞いたところで、ちょうど出てきた怪しい依頼。
(十中八九、この依頼は神遺物がらみなんだろうな……)
危険な依頼になるだろう。
だが神がらみとあっては、ルミナの契約者として引くわけにはいかない。そして何より、神遺物の絡んだ事件である以上、ひとつ間違えればこのイースレインの町にも危険が及ぶ可能性がある。
この町で、アーニャさんやシアやザイルさんと沢山の人にお世話になった。
だから僕は依頼を受けて、神遺物の問題を安全に解決したい。そう考えている。
だが、アーニャさんに心配をかけずに依頼を受けるにはどうしたらいいか。
神の召喚という世界を揺るがす情報を出さずに説得ができるのか。
そこで考えが止まってしまうのである。
「ふぇ?」
不意にほっぺたをアーニャさんにつままれていた。
「にゃひふるんへふか?」と発した言葉は無視、上下左右へひっぱった後に、アーニャさんの両手が僕の頬を包んだ。
「マコトさんは顔に出る人ですね。マコトさんの事情上、どうしてもこの依頼を受ける必要がある。でも迷惑がかかるから事情は話せない。そんなところですか?」
「それは……そう、なんですが」
「私だって元冒険者です。人には戦うべき時があることぐらい承知しています。それを止めるような野暮なことはしません。ですが今の私は、マコトさん専属のギルド職員です。もしマコトさんが抱えきれない場合は正直に話してください。全力でバックアップします――それが私の仕事、そしてやりたいことです」
あぁ、敵わないなぁ。
思えばアーニャさんとはじめて出会った時もこうだった。
事情を話せない僕の迷いに気づいて、助け舟を出してくれた。
アーニャさんは誰かのために、たくさん迷って悩んだ人なんだろうと思う。
だから僕の迷いも敏感に気付いてくれる。
今の僕はアーニャさんの助け舟に乗るしかない子供なのが悔しい。
いつかはアーニャさんの迷いを導けるような大人になりたい。そう願う。
今はちゃんと帰ってくると精一杯の言葉を口にする。
「この依頼を受けます。でも大丈夫ですよ。ちゃんとこのイースレインに戻ってきます」
「本当に危ない時は、依頼を放り出して逃げちゃってください。私が許します」
「ギルド職員の言っていいセリフなの!?」
「あら、マコトさんには言われたくないです。魔力のことが世間にバレたら逃げると私の前でさらりと言ったのはマコトさんですからね?」
「あー、それ言いましたね……」
「ですから今回も逃げていいですよ――私はここで待ってます」
逃げ場があるはずなのに、逃げ場なし。
観念して約束の言葉を口にする。
「はい、何があってもアーニャさんのところに戻ってきます」
僕の言葉を聞き終えて、アーニャさんは満足そうに頷いた。
なんだかアーニャさんには定期的に負けてる気がする。
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