第三十一話 一回、二回、三回
仕事がいそがしかったのと予約し忘れで、ついに毎日の連続更新が途切れてしまいました。
ですが、もともと間が空きそうな状況でしたので、マイペースに進めることにします。
「おにーさん!おにーさん!」
すっかり耳慣れてしまった明るい声。
ぼんやりと見上げていた青空に、くりっとした瞳の少女が入りこみ、こちらに目線をあわせて、えへへと笑う。
彼女の名前はシア・シルファ。
僕が現在の拠点としている宿屋、銀の小羽根亭の一人娘。
この町には同年代の人間が少ないせいか、すっかりなつかれてしまっている。センリさんとの特訓疲れで、庭で倒れていたところを起こしにきてくれたようだ。
僕は体についた泥を払いながら起き上がる。
「はいはい、おにーさんですよー。それにしてもシアって……」
「なあに?」
「僕に呼びかける時、おにーさん!おにーさん!って、よく二回呼ぶよね」
「そうかなぁ?」
「そうなんだよなぁ。ためしに一回で呼んでみてよ」
「おにーさん……おにーさん!」
ほら、やっぱり二回になった。
僕は二人いるわけでもないのに、
どうしてこうなるのやら
「おにーさん、イヤだった?」
「ううん、イヤじゃない。なんでかな?って思っただけ」
「えへへ、わたしも無意識だったみたい。さっき呼んでみて、自分でも二回呼んでたことに気付いたんだ」
「へー、すると今はなぜかわかってるってこと?」
「うん!おにーさん、聞きたい?」
「シアにとって聞かれたくない内容でなければ、聞きたいかな?」
僕がうなずくと、シアはすっと僕から一歩距離をとり、若干芝居がかった口調で答える。
「それじゃあ、言って聞かせましょー!銀の小羽根亭の看板娘シアちゃんは、──おにーさん」
一回呼ぶとクルリと回り、
「って声に出した時に、呼びかける相手がいることがうれしくなって」
にこっ、とこちらに微笑んで、
「おにーさん!……って、思わず二回呼んじゃうんだよ。おにーさん♪」
「……たった今、三回になったね」
「えへへ、うれしさの増量サービス中ー!」
ツッコミを入れつつごまかしてみるが、僕の内心は困惑している。感情がド直球で表に出る子と知っているとはいえ、ここまでの豪速球を投げられると「もう、勘違いしてもいいよね……」という思いが生まれてくる。そこを理性であかんあかんいけませんと制止の真っ最中。
『まさかこんな素直な子に手を出したりしませんよね。お・に・い・さ・ん?』
『唐突な念話ツッコミ助かる!外付け良心回路!もといルミナ!』
『相変わらず感謝のカケラも感じられない返事ですね!民を正しい方向に促すのが神とはいえ、女神を外付け良心回路扱いしないで、くーだーさーいー!』
『いやゴメン、マジで助かる。一瞬、ぐっときてた』
『無邪気補正のかかった好意とか、レーザービームですよね……わたしの気高い女神トークにも、もっとぐっときてくれていいんですよ?』
『はいはい愛してるよ女神様』
『もーっ!もっと真面目に!一番大切なルミナ発言はどこいったんですかー!』
『もとからおらんわ!』
こうして最愛の女神様との念話トークで精神を落ち着けることができた。さすが女神様の言葉は天啓、エロ本を読んでる時に思い出す親戚のおばさんの顔のように心を沈静化してくれる。あんまりふざけてると再ツッコミが来そうだからやめるけど、ホント感謝してるのよ女神様。
「どうしたの、おにーさん?」
念話の間、ぼんやりしていた僕にシアが声をかけてくる。
「あぁ、うん、今日の特訓終わったから、この後どうしようかと思って──」
適当に話をあわせようとしたところ、シアの瞳がらんらんと輝いた。
「わたしもちょうど家の仕事終わったところなんだ!よかったら一緒に遊びにいこーよ!」
「え、ちょっと待って、この先の予定もセンリさんと相談しようと思ってて」
「わかった!きいてくるね!」
即断即決、シアの姿が宿屋の中に消えた。「シア!宿の中では走らない!」「ごめんなさーい!」と騒がしい声と共に、すぐに僕の前に戻ってくる。
「センリさんに聞いてきたよ!『今日は結構ハードな訓練したから、ギルドの仕事も魔物を狩りにいくのも禁止。シアちゃんと一緒に、たまにはゆっくりしなさい』だって!」
シアと一緒が『ゆっくり』過ごすことになるなら、僕もいいと思うんですけどね!まぁ抵抗しようにも、もう僕の負けだ。適当にごまかそうとしている間に周囲を完全に固められていた。ド直球は場面さえ合えば最強の魔球だ。
今も「ねっ!ねっ!いいでしょ!いこっ!いこっ!」と語りかけてくるシアの瞳に抗うことなど不可能。僕は覚悟を決めて答えた。
「そうだね。今日は一緒に遊びにいこうか」
「やった!やったー!」
喜びながら僕の手を取るシア。
「それじゃレッツゴー!」
「うわわわ!僕は逃げないから落ち着いて!」
制止の声も聞かず駆け出すシア。
引きずられるようにして追いかける僕。
イースレインの町を案内してもらった時の再来だ。
目まぐるしく過ぎていく人や建物、ぶつからないように、すりぬけるようにして、進んでいく。手を引くシアのはしゃぐリズムはまるでダンスのよう、ステップを合わせ、つないだ手でバランスを取り、追いかける。
そんな時、ザイルさんの忠告がふとよみがえる。
冒険者はいつ別れがあるかもしれないのだから大事な人にはちゃんと話をしておけ、というものだ。シアの後ろ姿、揺れるポニーテールを眺めながら、僕は口を開いた。
「シア」
「なあに、おにーさん?」
「僕はこうしてシアと町を見て回るの好きだよ」
「わたしも!大好き!」
「だから、ここにずっといる約束はできないけれど、どんなことがあっても、シアに何も言わずにいなくなったりしない。約束するよ」
「……おにーさん」
「はい?」
「……おにーさん、おにーさん」
「なに?」
「……おにーさん、おにーさん、おにーさん!」
僕がいることを確かめるかのように、シアは何度も何度も繰り返す。
そんな彼女に答える言葉はひとつしかない。
「ここにいるよ」
「──だいすき!」
ぎゅっと強く握られた手。
喜びを表すかのようにシアの速度が、跳ねる、駆ける、踊り出す。こうなる可能性も考えていたが、今となっては些細なこと。コートに魔力を流す準備だけして追いかける。
爆走するシアは最高速を更新中。さて今回は何回ぶつかるだろうか、できれば少ないほうがいいな。なんて考えもするが、後悔はない。
目の前をぴょこぴょこ揺れるシアのポニーテール。
あれはきっと旗印。向かう先には幸せが待っている──
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第三章の内容をどう直すか悩んでいるところなので、こういう方向の話がもっと見たいとかありましたら感想を送っていただけると非常に助かります。