第三十話 二人の師匠
センリさんに弟子入りして2週間が過ぎた。
「はい、青の型を強化ありで、正しい形を意識してね」
今日も銀の小羽根亭の庭で修行中である。
センリさんに習ったのは基礎の歩法と2つの型、攻めの基本の赤の型と守りの基本の青の型だ。今練習しているのは守りの青の型。型の順序に従って、相手の攻撃を避ける動き、受ける動き、剣を絡めて叩き落とす動きをイメージして木刀を振り続ける。
「型は大丈夫よー、次は強化なしで青の型」
センリさんの合図に合わせて、全身の強化を解く。
途端に木刀がずしりと重く感じられる。体全体の動きが鈍くなり、水の中に沈められたような気分だ。それでも先ほどまでの動き、魔力強化で実現した理想の型の余韻は僕の体に残されている。もっと早く、もっと正確に、少し前の自分の動きを追いかけるようにして木刀を振り続ける。
「いいよ、いいよ~。だいぶ近付いてきてる。それじゃ最後は部分的に強化ね」
最後は神の魔力での強化を再開する。ただし部分的にだ。
先程までの地力の動きでの経験は、理想的な動きを追うために足りない部分を教えてくれる。そこを意識して神の魔力を流す。実際の動きを意識して流した魔力は僕の体を効率的に強化し、理想の型に近い動きを実現させる。僕は型をなぞりながら魔力配分の感覚を体に染み込ませる。
「はい、終わり。うん、だいぶ良くなってきたね。すごいよ!マコトくん。こんな速度で上手くなる人なんて他にいないよ?お姉さん、ちょっと嫉妬しちゃいそうなくらい!」
これはセンリさんが僕専用に考えてくれたメニューである。型を覚えようとして苦労していた最初の時期、無意識に強化を使ってしまう僕にセンリさんはこう言った。
「強化も練習メニューに組み込んじゃえばいいんじゃない?」
まずは魔力での強化を活用して、理想的な型を体に叩き込む。次は強化で達成した理想的な動きをなぞることで素の動きも上達させる。最後に強化時と素の動きの違いを意識し部分強化することで効率的な魔力強化を覚えるという三段構えのトレーニングとなったのである。
「本来は何千回も素振りして、たまたま出た理想的な一撃を追いかけて成長するけど、マコトくんは強化の力を借りて理想の一撃に近いものを放てる。素ではまだ実現できなくても、マコトくんの体には理想の一撃の経験が蓄積される。その経験を追いかけることで、普通の何十倍も速く成長できるってワケ」
一連のメニューを繰り返すことで、強化に使う神の魔力も効率化されてきている。センリさんに師事することで強くなれている自覚があった。
「ありがとうございます。センリさん!」
お礼を言い、型稽古を終える。本来ならここから型で覚えた術理を生かすための模擬戦になるのだが……センリさんが僕の肩をとんとんと叩いた。
「あの子、知り合い?」
センリさんが指差す先は、銀の小羽根亭の建物。
建物の角からとんがった耳と金の髪が見え隠れしている。
「なんですか、アーニャさん?」
「きゃぁぁ!」
声をかけると、驚いた様子で尻餅をついた。
ゆったりとしたニットとデニムのパンツルック。ギルドは非番なのか活動的な装いだが、冒険者ギルドの職員さんで僕の担当、ワケアリの僕に協力してくれている恩人、エルフの綺麗なお姉さん、まぎれもなくアーニャさんであった。
「大丈夫ですか、アーニャさん。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
手をとって起こしてあげると、アーニャさんは一礼した。
驚かせたのも僕だというのに律儀な人だ。しかし、なんでアーニャさんがここにいるのだろうか?
こちらの困惑が伝わったのか、アーニャさんは口を開く。
「お疲れ様です、マコトさん。シアちゃんから毎朝練習してることを聞きました。今日は午前中はギルドの仕事も非番でしたので、ちょっと寄らせてもらいました」
なるほど銀の小羽根亭をすすめたのはアーニャさんだし、シアとの交流があるのも当然だ。
でも僕が疑問に思ったのはそこではない。
「アーニャさんはどうして隠れて見ていたんですか? 話しかけてくれても良かったんですけど」
「それについてですが、お話があります」
アーニャさんの真剣な口調、固唾を飲んで言葉を待つ。
「どうしてマコトさんは私に相談してくれなかったんですか!?」
「え!?」
「相談して頂ければ、私も元冒険者の端くれです。マコトさんのお役に立てたかもしれません。シアちゃんからマコトさんが他の女性冒険者の方と訓練しているという話を聞いて、マコトさんにとって私は頼りにならない存在なのかもしれない……と、一人でいるとモヤモヤして、気がついたら今日、こんな風にこっそり見に来てしまいました……」
アーニャさんは一気にまくしたてた。
一方、僕の頭は混乱している。どうしてこんな話になっているかがわからない。話がかみ合っていない。どこか認識がズレている。アーニャさんの言葉をひとつひとつ反芻して、伝えるべき言葉を考える。
「アーニャさん、心配させてごめんなさい。ですが安心してください。僕はアーニャさんのことを信頼してます」
「それでしたら」
ここがポイントだ。
おそらくズレてるところは一点。
「アーニャさんが元冒険者だということ、僕は知りませんよ?」
「え、私話してませんでしたか?」
「はい。聞いてません。だからアーニャさんに相談する考えがありませんでしたし、知ってたら相談してました」
「あ」
「え?」
言葉が途切れると同時、アーニャさんの顔がぽすんと僕の胸に押し付けられていた。
「あぁ、良かったです……マコトさんに信頼されていないわけじゃなくて本当に良かったです。そう思ったら、なんだか気が抜けちゃいました……」
「アーニャさんのことを十分に信頼してるので、安心して離れてくれると助かるんですが。それに稽古の後で汗臭いと思いますし……」
顔を押し付けたまましゃべるので、熱い息で胸のあたりがくすぐったい。照れくさくて困るがアーニャさんは離れてくれない。
「ダメです。今の私、人に見せられない顔をしてます」
「僕の胸に顔をうずめてる状態の方が、他人に見せられない姿のような気もするんですが……」
対処に困っていると後ろからセンリさんがジト目でこちらに話しかけてきた。
「痴話喧嘩はそろそろ終わる?おねーさんの前で泣いてた子が、今日はおねーさん泣かしてるのね」
「そ、そういうのとは違いますし痴話喧嘩でもないです、あ、アーニャさん」
この場所に僕以外の人間がいることを思い出したのか、アーニャさんが僕から離れた。後ろを向いてお顔を整えタイム。振り返るといつものキリッとした表情のアーニャさんがいた。毎度のことながら切り替えがすごいなぁと思ってしまう。
「はじめまして、アーニャ・フロスミニクと申します」
「センリさん、こちらの女性がアーニャさんです。ギルドの職員さんで僕の担当をしてくれてます。僕の事情を知って協力してくれている恩人です。剣術の修行を心配して見にきてくれたそうです」
せっかくなので2人をそれぞれ紹介することにした。アーニャさんにとっては強い冒険者、センリさんにとってはギルドとのツテ、お互い意味があるだろう。
「アーニャさん、こちらがセンリ・ヤエギクさんです。修行中のとても強い冒険者さんで、僕の剣術の師匠になってくれました。センリさんも僕の事情を知ってます」
師匠と呼ばれるのがむずがゆい様子のセンリさんだったが、さすがに人前では平静を保っている。
「センリ・ヤエギクです。よろしくね。あと、アーニャさん、元冒険者って話してたけど、結構強いでしょ? よければ挨拶代わりに一手手合わせお願いしてもいい?」
「え?」
「構いませんよ、センリさん。ギルド職員として冒険者の力量を知ることも大事ですし、マコトさんに教えてる方の実力も気になります。こちらこそお願いします」
「ええ?」
なんだか和やかな会話のままバトルが勃発している。これは大丈夫なやつなんだろうか。冒険者とはバトルでコミュニケーションを取る種族なんだろうか。
不安がる僕の手から木刀を受け取るアーニャさん。
軽く一振りして重心を確かめるとセンリさんに向き直る。
「どんなルールにされますか?」
足元をトンと蹴るセンリさん。
その衝撃で宙に舞う木刀を手にとり答える。
「剣術、魔術、何でもアリアリ。ただしお互いの良心に従って相手を殺さない程度に」
センリさんの言葉にアーニャさんが眉をひそめる。
「少々、私に有利なルールに思えますが?」
「できるだけあなたの本気が見たいのが一つ。そしてもう一つ、剣術と魔術を使った戦闘をマコトくんに見せてほしいの。剣術一本の私にはできないことだから」
「マコトさんのためとあれば退くわけにはいきませんね」
ルールの合意は済んだようで、二人がこちらを見る。
僕は「はじめ」と手を下ろした。
先に動いたのはアーニャさんだった。
「三色の矢!」
詠唱省略した三本の矢。それぞれの矢が炎、雷、氷の属性を纏っている。生物の本能的恐怖を誘う炎の矢は顔狙い、かすっただけで行動を阻害する雷の矢は胴体狙い、行動を鈍らせるための氷の矢は足狙い。
属性の長所を生かした同時三点攻撃。
対するセンリさんは木刀を振り上げる。
「先に言っておくね。私の剣は魔術を斬れるよ」
光の一閃。
凄まじい剣速で振り抜かれた木刀が、炎の矢と雷の矢を切り裂いていた。残された氷の矢をステップでかわすセンリさん。砕かれた魔術の残滓が宙を舞う中、構え直した木刀の刀身は淡い光に包まれていた。
「八重菊心刀流 緑 魔纏闘刃、もったいつけた名前だけど剣に微量の魔力をまとわせて魔術を斬れるようにするだけの技、切れ味が良くなるようなことはないから安心して、ね!」
何を安心すればいいの?魔術斬れるだけで脅威なんですが?
ツッコミたくなる言葉と共に地を蹴るセンリさん。
距離を詰めればセンリさん有利。
そう考えるより早く、センリさんの体勢が崩れた。
何かに足をとられたかのような姿勢。右足の靴裏に貼りついた氷と凍結した地面。足元に白く伸びた氷のラインを辿った先は氷の矢の着弾点。氷の矢は地面を経由し足止めを狙うためのものだったのだ。
「アーニャ・フロスミニク、参ります」
逆に距離を詰めたアーニャさんの木刀が走る。
優美な軌道を描いた三連撃。その鋭さは生粋の剣士に勝るとも劣らない。ただセンリさんには甘い。センリさんの速さなら連続攻撃が途切れた隙間にカウンターをねじ込める。
「ふっ」
一撃目二撃目をセンリさんに受けられ、三撃目の横斬りはやや大振り。絶好のチャンス、僕にはそう思えた。だがすぐに誤りと知った。木刀の勢いそのまま体を翻すアーニャさんの後ろに、多数の光の矢がひかえていたからだ。
「魔術を混ぜたコンビネーション!」
無詠唱での魔力の矢。体の裏側に隠して、剣撃の切れ目に撃ち放つ。隙を狙った相手を貫くカウンター潰し。三連撃ではなく魔術も含めた四連撃だったのだ。
センリさんは飛び交う魔力の矢を木刀で斬り伏せる。
最後の矢を落とした先には、次の攻撃の態勢を整えたアーニャさんの姿があった。
「すごい……」
僕は二人の戦闘に見入っていた。
アーニャさんの戦い方は見事だった。
剣術だけの腕前ならセンリさんに及ばないはずなのに、的確に魔術を混ぜ込むことで戦闘を優位に進めている。特筆するべきこととしては、アーニャさんは励魔を使っていない。通常の魔力であっても使いどころを選べば相手の動きを止めることが可能。それを成立させているのは手足の一部のようにコントロールされた魔術だ。
センリさんは一見、後手に回っているように思えた。
だがすぐに誤りだと気付いた。
センリさんはずっと攻め続けている。行動としては単純、アーニャさんの攻撃を受け、かわし、反撃を撃ち込む、その繰り返し。アーニャさんのように華麗ではない。だが一連の攻防にはまったく隙がない。シンプルな動きで精度の高い技を相手にぶつける。ただそれだけで、一手、一手と繰り返される度に、アーニャさんに傾いていたはずの天秤がセンリさんの側へ戻っていくのだ。
センリさんの動きには既視感がある。あれはたしか……?
僕が答えにたどり着く前に、二人の一撃が交差しガギッと一際高い音が響いた。
それは鋭い一撃の応酬に、二人の木刀が折れる音だった。
アーニャさんは折れた木刀を見つめて深く息を吐く。
「私の負けです。センリさんは、魔術を斬る技以外マコトさんに教えた技で戦ってましたよね?」
「あら、バレちゃった。でもそれを言うなら、あなたも同じでしょ? 範囲攻撃の魔術も使えばいいのに、マコトくんにあわせて矢の魔術縛りで戦ってたみたいだし」
「小回りのきかない魔術を使う隙が無かっただけですけどね!マコトさんに剣術を教える人がセンリさんで安心しました。どうかマコトさんをよろしくお願いします」
「こちらこそ、あなたみたいに剣も魔術も両方高いレベルで扱える人に会えて助かったわ。私がいない間は、マコトくんのこと見てくれるとうれしい」
「えぇ!?イースレインにしばらく滞在するのでは?お願いしたい依頼もあるんですが」
「これでも武者修行中の身なのよ。マコトくんが今の型をマスターする頃にまた続きを教えにくるつもり」
意気投合しているアーニャさんとセンリさん。
二人の様子をながめて、僕は先ほど感じた既視感の正体に納得する。
センリさんは僕に教えた型の使い方を教えるつもりで戦っていたし、
アーニャさんも魔術を剣戟の中でどう使うか見せるつもりで戦っていた。
かなわないなぁ。
僕は二人が戦うだけで戸惑っていたというのに、二人は最初から僕のために戦っていたのだ。
こんな人達に巡り会えたことを幸運に思う。そして強くなりたいと思う。
いつか僕を助けてくれた人たちに恩返しをしたい。
去来する思いを今は胸の奥に閉じ込めて、僕は頭を下げる。
「センリさん、アーニャさん、本当にありがとうございます」
すこしでも「おもしろい」「続きが読みたい」と思っていただけましたら
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第三章の内容をどう直すか悩んでいるところなので、こういう方向の話がもっと見たいとかありましたら感想を送っていただけると非常に助かります。