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第二十八話 知らず知らずのお互い様

「はーい、さっそくですが、マコトくんの剣術修業を開始しちゃいましょう。まずウチの剣術は八重菊心刀流剣術といいます。過去に召喚された勇者様が自国の剣術をもとに魔術などの要素を取り入れて完成させた結構由緒正しい剣術です」


 あれから銀の小羽根亭に宿を移したセンリさん。翌日からさっそく修業をはじめてくれるとのことだ。食事客が増えるお昼までという約束で宿の庭を借してもらっている。


「剛と柔、力と速、物理と魔術、あらゆる要素を活かして、どんな相手にも手を変え品を変え、柔軟に対応できるのがウリです。私も長い説明は得意じゃないので、実践行っちゃいましょう。はい、マコトくんそこに立ってねー」


「はい、立ちました。これは何をするんですか」


「鍛え方を考える上で、体の状態を確認する必要があるのよ。はい右手あげてー、左手あげてー」


 言われるまま、手を上げたり足を曲げたりしているとセンリさんが背中に触れ、不思議そうな顔をする。


「あれ、マコトくん、キミって実はどこかの貴族の御曹司だったりする?」


「なんでですか?普通に庶民ですよ?」


「背筋が若干猫背気味なんだけど、普段から机に向かってるっぽい感じだから、高等教育でも受けてたのかな、って思ったのよ」


 うわあ、すごい。

 達人が見たら姿勢だけで普段の生活がわかるようだ。

 下手したら召喚者バレポイントだったかもしれない。

 だがそれだけセンリさんの腕前も信頼できる。

 

「帳面をつけることが多かったのでそのせいかもしれませんね」


 アーニャさんと決めた行商人の息子設定に沿って答える。学校でノートという帳面とにらめっこしてたわけで、嘘というわけでもない。


「そっかー、線は細めだけど、その分、将来が楽しみね」

 

 確認を終え、センリさんがうなずく。


「あー、ごめん。魔術師的には明かしづらい内容かもしれないけど、マコトくんが魔術でできることを可能な範囲で教えてくれる?」


 とセンリさんはすまなさそうに聞いてきた。

 八重菊心刀流は実戦剣術、最終的に全てを修めるとしてもそれまで生き残れなければ意味がない。弟子の能力や特性を考慮して、最初の戦闘スタイルを作り、そこから技を修めて発展させていくとのことだ。


 僕としても、魔術を考慮した戦闘技術を習得できるのはありがたい話である。そこでセンリさんに手の内を明かすことにした。といっても神の召喚以外の武器は二つしかない。


 偽装の矢(フェイクアロー)を、偽装してる要素は隠して基本どんなものでも撃ち抜ける矢の魔術として、神の魔力による身体強化を、汎用性の高い強化魔術として説明した。


 ここまで説明していて、僕は急に申し訳なくなっていた。センリさんはこんなに親身になって教えてくれているのに、僕は素性を偽ったまま教えを乞おうとしているからだ。センリさんを頼る以上、僕もセンリさんを信じる必要がある。事情を知る人が増えるのは怖いが、これは僕が見せなければいけない誠意だと思えた。


「すみません、センリさん。実は、僕ちょっとワケアリなんです……」


 そして僕は事情を説明することにした。

 基本はアーニャさんに話した内容と同じだ。研究所で特殊な魔力を手に入れたが、命を狙われたためドサクサにまぎれて逃げ出してきた。特殊な魔力を生かしてなんとかやっているが、現状のままでは厳しいため戦闘技術の底上げが必要と考えていることを伝えた。


「それでさっき猫背について聞かれた時もごまかしてました。ごめんなさい!」


 下げた頭をおそるおそる上げると、そこには苦笑いするセンリさんの姿があった。


「あー、もう、マコトくんってば生真面目なんだから。わざわざ剣の道に入ろうなんて人、大抵ワケアリなんだから気にしなくたっていいのに、というよりお姉さんは承知の上で教えるつもりでした!」


「最初からわかってたんですか?」


「確信を持ったのは、体を確かめてからだけどね。マコトくんは、どこからどうみても長年戦ってきた人の体じゃないのよ。筋肉の付き具合からみても、数ヶ月程度の戦歴ね」


「まさにその通りで、研究所のゴタゴタがあったのが数ヶ月前です。あの、僕が素人というのは他の人にもバレちゃう感じですか?」


「うーん、それは大丈夫かな。筋肉が少ないのは普通なら魔術師で通るし、筋肉の経歴まで読み取るのはウチみたいにレアな流派じゃないとムリなはずよ」


「はぁ、良かった……」


 僕は胸をなでおろす。

 といってもすでに冒険者として活動している身だ。バレようがバレなかろうが、貫き通すしかないのだが。


「それで今の僕はどんな感じでしょうか?」


 たずねると、センリさんは少し考える仕草を見せた。


「気を悪くしないで聞いてね。すっごく尖った性能」


「まー、そうでしょうねー。自覚はあります」


「当たればどんな相手にも通用する矢、身体能力の不足を補うための強化魔術、魔力だけ与えられて放り出された少年がひとりで戦うためには防御を捨てて牙を研ぐしかなかった。そんな苦労が伝わってくる能力。今は治ってるみたいだけど、体には剣で刺されたり骨が砕けたりした痕跡もあった」


 センリさんは手を伸ばし、


「頑張って生き抜いてきたんだね。君は偉いよ」


 そう言って僕の頭を撫でてくれた。


 やめてくださいよ恥ずかしい。子供じゃないんですから。それに僕はそんなたいそうなものじゃないです。色々特典ありのズルな状態でやりたい放題してるって自分では思ってるぐらいなんですから


 そう返そうとした言葉は口から出なかった。

 視界がにじむ。なんかおかしい。あれ。まぶたをこすった指が濡れて、涙が流れていることにはじめて気がついた。


「いやこれは違うんです。悲しくなんかないのになんか突然涙が出てきて、気にしないでください。すぐにおさまると思いますので──」


 最後まで言葉を発することはできなかった。

 頭を撫でていたセンリさんの手が僕の頭をぐいと引き寄せた。柔らかい感触、人のぬくもりに包まれる。僕は今センリさんに抱きしめられていた。


「いいのよ、君は頑張ってきた。誰がなんと言おうと、マコトくんがどう思おうと、私が保証してあげる」


 センリさんの優しい声が響く。


 思えば、ずっと一人で戦ってきた。


 命の危機に直面して開き直ることを決めたあの日から、神の魔力の扱いと生き残る術だけを考え、細かいことは頭から追い出して日々を生きてきた。だが、戦いに対する疲れは心の隅に澱のように降り積もっていた。実感こそないが何人も人間を消し飛ばしたという事実もある。直視すれば足を止めてしまう、だからこそ明るくふるまい見ないようにしていた部分。センリさんの言葉は、僕の心の無理をしていた部分を優しく撫でてくれるものだった。


 不意にはじけた心の枷、

 たわんだ心が元の形に戻るまで、

 僕の涙は止まりそうになかった。



「――というわけで、これは心の生理現象みたいなもので、大の男がお姉さんの前でぴーぴー泣いていたのではないんです!わかってください!」


「はい、はい、よくわかりました!あと、コレ聞いたの三回目だからねー!お姉さん、そろそろ次いきたいなー!」


 うう、恥ずかしい。

 まさかボロボロ泣いてしまうとは思わなかった。

 心の状態に無自覚のまま進んでいたら、どこかで破綻していたかもしれない。今気付けて良かったとポジティブに考えていきたい。けど、この恥ずかしさは別物だった。

 

「……センリさんは僕がムリしてるって気付いてたんですか?」


「マコトくんは良い子で、冷静だけど、無理して心を抑えてるとは思ってました。こんなそそっかしい新米師匠ではありますが、私も一応師匠のはしくれ。生きるための義務感だけではなく剣の楽しさも教えていきたい。そんな風に思ったワケなのです」


 センリさんが微笑んだ。


 いかん。目の奥がつんとする。

 もうこれ以上は泣かないぞ。 


「ありがとうございます。センリさん、いえ、師匠」


「うひゃ、あー、うわー! 師匠って呼ばれるのはじめてだから結構テレるわ、コレー!」


「師匠呼びをやめた方がいいですか?」


「あー、うん、いえ、やっぱりこのままでいきましょう。こうしてお互い恥ずかしいところを見せあった私とマコトくんの間柄、人は恥ずかしさを乗り越えただけ強くなれるのです!けして年下の男の子に師匠と呼ばれるのが刺激的と思ったわけではないから、おぼえておいてね!」


「はい、師匠!」


「ひゃ、ん、う、うむ。弟子マコトよ。まだびっくりするから10回に1回ぐらいで慣らしていこう」


「もったいつけようとし過ぎて、わけわからん喋りになってますよセンリさん」


「師匠命令!気にしないこと!」


「おのれ横暴師匠!」


「んひゃ!師匠呼びはもう少し間をあけてから!」


 なんとも締まらない感じだが僕の剣術修行がはじまった。

 


すこしでも「おもしろい」「続きが読みたい」と思っていただけましたら

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第三章の内容をどう直すか悩んでいるところなので、こういう方向の話がもっと見たいとかありましたら感想を送っていただけると非常に助かります。

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