第三話 光の聖典
翌日、マティス先輩に連れてこられたのはライツガルズ研究所の別フロアだ。研究テーマは『上位存在の召喚』。晶魔より上の魔力はあるのか?という僕の問いに対する先輩の答えがここである。
「古文書では稀に精霊同士の戦いについて言及されているが、例外なく精霊は大精霊にかなわないという記載で共通している。これは何かと同じだと思わないか?」
「普通の魔術師と精霊、励魔と晶魔の関係ということですか」
「そうだ。だから大精霊は精霊の晶魔より上位の魔力を持っていると推測されている。さらに上位の神もだな。あとは召喚できれば実証できるんだが」
「つまり現状は難しいということですね」
「大精霊の召喚で二千年前の賢者が成功したみたいなレベルの話だ。神なんて夢のまた夢だな」
「課題は、召喚の魔力ですか、召喚の呪文ですか」
「両方だな。大きな存在であればあるほど、より強い魔力で、相手がその気になるような呪文を考える必要がある。呼び出す相手の格に対して、どちらも純粋に足りてない」
部屋の職員達はみな古文書を読み込んでいる。
こうして上位の存在に有効な呪文を探しているのだろう。
研究の様子を見学していると、男性が一人近づいてきた。
縦に長いひょろっとした体型の中年男性、高級そうな服を着ている。
「おやおやマティス君ではないか、別部署に何の用だい? 君も下賤な民との付き合いをやめ、偉大な神の召喚と向き合う気になったというのかね?」
イヤそうな表情をかみ殺して先輩が挨拶する。
「お久しぶりです。アーイン副所長、今日は出張と伺っておりましたが」
「会議がリスケになってね。今回の用件は何だい?」
「ウチの新人のための見学です。副所長の研究の崇高さをウチの新人にも学ばせたいと思いまして」
先輩にうながされ僕も挨拶をする。
「よろしくお願いします。マコト・サクラと申します」
するとアーイン副所長は見るからに顔をしかめた。
「あぁ、なんだカスか」
何を言われたのかわからなかった。
呆気にとられている間に、二人の会話が飛び交っていく。
「副所長の思想は承知しておりますが、仕事の場では控えて頂けると助かります。彼はなかなか優秀で着眼点もいい」
「だいたい勇者召喚の残りカスを我が研究所で引き取らねばならないのが気に入らん。ここは子供の遊び場ではないのだぞ」
「お言葉ですが、勇者と同じ言語疎通の加護を持つ人間を遊ばせておくほうが国家の損失です。どうかこらえてください」
「ほう、すると君が責任をとるというのかい。カス一人の行動で君のカーライン家が滅びる日も近いかもしれないな。こわいこわい」
部屋の隅で白衣の男性がちょいちょいと手を振る。
こっちに来いと言うことだろうか、僕だって失礼な人の近くにいたくない。一礼して白衣の男性の元へ向かう。
すると白衣の男性はヒソヒソ声で話しかけてきた。
「ゴメンね。ウチの副所長はああいう人なんだ」
「いつもあんな感じなんですか」
「貴族主義バリバリなんだよ。ウチの研究所には、貴族出身と魔術師あがりの平民出身の二派閥があるけど、根っからの平民嫌い」
「マティス先輩も貴族出身ですよね?」
「だからこそ、かな。マティス主任の家と副所長の家は、昔から権力闘争してる家柄なんだ。家の格が上の副所長は絶対にマティス主任に負けたくない。なのに地位を気にしないマティス主任は平民出身の職員に好かれ、貴族出身の職員に実績で一目置かれてる。副所長派の数も危ういんじゃないかな。マティス主任を敵視してるからこそ、君のことはさらに気に入らない。君のせいじゃないんだよ」
「ありがとうございます。僕はマティス先輩のチームで良かったと思います」
「私も異動したいくらいだよ。副所長の『神の召喚』研究チームは、研究が行き詰まってるから、いつも不機嫌で当たり散らしての激詰めだ。あのヒヒジジイめ!……っと、いけない」
「今のは聞かなかったことにしておきます」
「ありがとう」
白衣の男性と会話を終えると、マティス先輩が戻ってきた。
アーイン副所長は一通りイヤミを言い終えて副所長室に戻ったとのことだ。
「すまんなマコト。あんにゃろうは今日いないはずだったんだが嫌な思いをさせた」
「いえ、大丈夫です。先輩が助けようとしてくれたのはわかってますから」
「わび代わりといっちゃなんだが、今日はとっておきのものを見せてやる!ついてきな」
先輩の後を追いかける。曲がりくねった廊下、窓のない壁、見るからに物々しく、厳重に警備された区画に入っていることがわかる。そしてたどり着いたのは大きな扉。
先輩が脇にひかえた警備員に書類を渡した。続けてポケットから取り出した鍵を鍵穴に差し込む。最後に扉の宝石に触れて数秒、先輩から魔力が流れ、扉の開く音がした。
人と鍵と魔力認証のトリプルチェック。
厳重な扉が開かれた先は、思ったよりシンプルだった。
石造りの部屋の中央に台があり、台の上に開かれた状態の本が置かれていた。ただその本はうっすらと光を放ち、薄暗い部屋で確かな存在感を示している。
「これが神遺物『光の聖典』だ」
「しん、いぶつ? 神の遺物ってことですか?」
「神はこことは異なる世界に住んでいるが、加護下にある世界には遺物が残されている。神が世界に干渉する際は遺物を道しるべにして現れるそうだ。ちなみにこの光の聖典を残した神は女神ルミナスティア、光の神だと言われている」
「そんなすごいもの僕に見せていいんですか?」
「構わないさ。なんせ宮廷魔術師や聖騎士が三日三晩攻撃して傷一つつかなかったシロモノだ。破損の心配がないから、持ち出しさえ気をつけとけばいい」
「そんなものですか。何が書かれてるんでしょうか」
「わからん。神の召喚のヒントにするため解読を行っているが、複数の文字が混ざり合ったような内容で、まだ読み解けていない」
「もう少し近づいてみてもいいですか?」
「ああ」
開かれたページに目をやる。
文字の形を認識しようとして、光の文字が浮かんだ。
『解読不能』
言語疎通の加護の弊害だ。
文字を読もうとした時、加護は読める文字に自動で読み換えてくれる。ただし読み替え対象は召喚されたエフロニアと周辺五カ国の言語のみ。それ以外の言語だとこうなる。
光の文字で上書きされ、どんな文字かわからない。
■言語疎通の加護:オフ
以前受けた説明を思い出し、
言語疎通の加護をオフにしてみる。
わからないだろうけど念のため。
わからないなりに文字を確認しておきたかった。
ただそれだけのつもりだったのに、
──どうして
「緑葉の月、二十九日──」
「マコト!お前!この文字を読めるのか!」
どうして日本語で書かれているのか、
僕にもわからないことだらけだった。
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