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第二十七話 何処に咲く花


 それは例えるなら闇に咲く花。

 見ること能わず、瞬きの先しか存在しない。


 それは例えるなら空に咲く花。

 花火が如く咲き誇り、余韻を残して散ってしまう。



 そんな美しい剣に僕は出会った。

 イースレインの町はずれでのこと。



「なぁ、いいだろ。ちょっと酒につきあってくれよ、ねーちゃん。金ならあるんだ」


 治安の良いイースレインだが例外もある。

 流れ者の冒険者が町に入ってくるケースである。見たことのない顔の冒険者が三人、同じく見ない顔の女性冒険者一人を強引に誘っているようだ。通常はザイルさん達、老冒険者がシメるのだが、今は近くにいないようだ。代わりに僕が止めるべき場面だろう。距離があるため視力強化で状況確認をしようとしたところで、それは起こった。


 一瞬、女性冒険者の姿が揺れた。

 三人の冒険者が地に伏した。


 女性冒険者が腰の刀を抜き、峰で三人のアゴを打ち、納刀。あまりに流麗な動きは強化した動体視力でも追いきれないほど。瞳に残った残像から動作を推し量れはしたが、目で捉えた確信が持てない。一瞬の火花を見たかのような余韻だけが残っている。


 さらにこの一連の動作は、男達三人のまばたきが同期したタイミングで行われていた。

 目を見開いていても視認できなかっただろうが、対峙した男達には見るチャンスすら与えられていなかった。その事実に思わず背筋が寒くなる。


 呆然と見つめていると、女冒険者はこちらを向いた。

 

「あー!そこのキミー!ちょっとお姉さんのこと手伝ってくれないー?」


 十分後、僕は冒険者三人を背負って歩いていた。


「このおじさん達、道で酔っ払って寝ちゃってたみたいで、マコトくんがきてくれて正直助かりました!」


 そういうシナリオで通すつもりのようだ。本当のところを僕は知っているが口に出さない。倒れた冒険者三人を背負い警備兵の詰め所に向かうところである。


 道すがら自己紹介は済ませた。彼女の名前は、センリ・ヤエギク。二十一歳、剣術を修めた家の出で、女冒険者として武者修行中とのことだ。和洋折衷風のワンピースと腰に差した二本の刀が人目を引くが、過去の転移者の文化を積極的に取り入れた国があるそうなので、そこの出身なのだろう。


 長い髪をサイドに編み込み、青い瞳に白い肌、くっきりした目鼻立ちだが、その眼差しはどことなく繊細な和の雰囲気を漂わせている。明るい雰囲気もあって、とても話しやすい。


「それにしてもマコトくん力あるねー!私も一人か二人はかつごうかと思ってたんだけど、助かっちゃった。ありがと」


「どういたしまして、これぐらいなら大丈夫です」


 当然、筋力強化はかけている。僕が全員運んでいるのは、センリさんも絡んできた男達を触りたくないだろうと思ってのことだ。


 近くの詰め所に着いたので、警備兵に事情を説明して男達を預かってもらう。ガラが悪い冒険者というのも伝えてあるので、ひとまずは牢に入れておいて翌日に解放するとのことだ。こういう時は古株の冒険者達とのコネがあると話が早くてありがたい。


 詰め所を出てセンリさんに声をかける。


「終わりましたよ、センリさん」


「本当に助かっちゃった。ヨソ者の私だとなかなか信じてもらえないから苦労するのよ。でもあのままほおっておくわけにはいかないからねー」


「あの冒険者達は明日までは牢に入ってると思うので、また絡まれそうな場合は今のうちに宿とか移って距離をおいた方がいいですよ」


「何から何までありがと。いやー、護衛任務でこの町まで一緒に来たんだけど、あいつらしつこくて困ってたのよー!任務中はさすがに張り倒すわけにはいかないから、美人は損よねー!あ、これ一回言ってみたかったんだー!」


 鬱憤をぶちまけるセンリさん。愚痴ってるのにノリは明るい。その表情が唐突にこわばった。「え!?ええ!?わかってるってことは、もしかして!?」おそるおそると僕の方をふりむいて、たずねてくる。


「あのー、マコトくん。私、結構そそっかしい間違いをする性格だから、これも勘違いだったらいいなーとか思って、かるーく聞くんだけど、もしかしてあの時に私がしたこと、見えてたり、した?」


「言う機会がなくて黙ってたんですが……実は僕、筋力や視力を一時的に魔力で高めることができるんです。ほら、さっきも冒険者三人を運んでたみたいに」


「待って!?それは、つまり、見えてたの?」


「めちゃくちゃ速くて細かい動きは見えませんでしたが、刀を抜いてアゴを叩いて三人を昏倒させたところはなんとなく見えてました。すみません」


「あー、あー、すごいねーマコトくんー!おねーさんそんなことぜんぜんよそうしてなかったよ、あははは」


 乾いた笑い声と共に、センリさんが頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。何かまずいところを見てしまったのだろうか、僕もセンリさんのとなりにしゃがみ込む。


「見たのは偶然だったんですけど、まずかったですか?」


「ゴメンね。私、マコトくんのことを、殺さなきゃいけないかもしれない……」


 沈んだ口調でセンリさんはとんでもないことを口にした。



 場所を移して、センリさんの話を聞いた。


 強化した視力でも見るのがやっとの一撃、あれには門外不出の秘伝が使われていたらしい。身内以外に見せてはならない。見せた相手は必ず殺す。そんな物騒な掟がある技だが、目の前の三人に見せないよう考慮していたし、達人の気配も周囲になかったため、練習がてらに撃ってしまったとのこと。


「達人じゃないのに、魔力で目だけ良い状態の僕が、想定外になっちゃったんですね……すみません」


「ううん、謝るのはこっちのほう。視力を上げる魔術を知らなかったからって、見落とした私の失敗だよ」


「それなら、今から何も見なかったことにします?」


「ダメ、私が父様と剣を合わせたら、きっとバレちゃう」


 達人同士だと、下手な隠し事は剣に出るらしい。

 そこから追及されたら最終的には気付かれてしまう。


「その、僕は、殺されたくないんですが……」


「私だって、やだよ。私のせいでもあるし、何も言わずに助けてくれたマコトくんを斬りたくない!」

 

 どうしよう。僕は考え込む。

 両方を丸くおさめる良い方法はないか。


 殺されるのは論外。

 センリさんが強すぎるため、逃げるのも不可能。

 正攻法は無理。搦め手、ルールの穴を探すしかない。


 その時、ひらめいた。

 門外不出の秘術、外に見せられない技なのが問題だ。

 なら身内に、センリさんの弟子に、なってしまえばいい。

 

 ちょうど戦闘技術を鍛えようと思ってたところだ。

 まさに一石二鳥、弟子になって死も回避。

 これしかない。


 僕は決意と共に、センリさんの肩に手をやる。


「ひとつ確認です。秘術を見せられないのは外の人だけ。身内、つまり家族やお弟子さんは対象外という認識であってますか?」


「あってるけど……え?まさか、マコトくん本気なの!?」


「僕が斬られないためにはこれしかありません!後付けですが身内になっちゃえば良いんです!」


「うぅ、マコトくん可愛いし、才能もありそうだから問題ない気もするけど、でも、でも、こんなの良くないと思うな!?命が惜しいなんて理由ですることじゃないと思うし、急だし、お互い考える時間が必要だと思います!」


 なぜかセンリさんが消極的だ。

 顔を赤らめ、まごついた口調で先延ばしをする。

 だが僕が生き残る術はこれしかないのだ。

 なんとしても押し通させてもらう。


「命が惜しいからだけじゃありません!そんな理由だけじゃ決めません!センリさんが剣を抜いた時、思ったんです。本当に綺麗だ、って、今の僕は魔術師ですけど、剣の道に入っても良いと思うくらいです。本気なんです!」


「あ、あの、こんなこと言ってもらえたの私はじめてで、本当に嬉しいの、でも、ちょっと、もうちょっとだけ……」


「待てません。答えてください。イエスかノーです」


 真剣な表情でセンリさんを見つめる。

 顔を真っ赤にしたセンリさんは、躊躇う表情を何度も見せた後に、こくりとうなずいた。


「ありがとうございます!弟子として頑張ります!」


「ふ、ふつつかものですが、末永くよろしくお願いいたします……」


 僕とセンリさんは同時にお辞儀をした後、声をあげた。

 

「「えっ!?」」



 あれから三十分も経ったが、センリさんが顔を手で覆ったままこっちを見てくれない。


「ううう、そうだよね。普通は弟子だよね。魔術師魔術師してるマコトくんが、剣術を習うなんて考えつかなくて、私ったら、私ったらあぁぁぁ!」


 顔を覆ったまま、地面をゴロンゴロンと転がっている。

 さっきからずっとこの様子だ。


 弟子と明確に言わなかった僕の責任もあるので、ここは二人の恥として分かち合って終わりにしようと思う。


「あのー、恥ずかしいのはセンリさんだけじゃないので大丈夫ですよ。僕も誤解に気付いた時、数秒前に戻って言い直せないものか!黙っていたら美人の姉さん女房ができたのに!とか恥ずかしいことを考えてたので」


「……ホント?」


「本当ですよ。センリさんが先に恥ずかしがってくれたから冷静になれただけで、本来なら僕も地面を転がってたところです」


「ううん、そっちじゃなくて」


「え?」


「私のこと、美人て言ってくれたの……ホント?」


 顔は今も手で覆ったまま、指の隙間からこちらを見つめてくる。潤んだ瞳、わずかに見える頬は桜色に染まっていた。


 今からでも入れる結婚ルートはありませんか!?

 血迷う僕の脳みそをよそにセンリさんはぽつぽつ語る。


「私、故郷では剣の才能があったみたいで、鬼女とか女だてらにとかいっぱい言われてたの。外に出たら周囲は俺様系の冒険者ばかりでやらせろみたいなことしか言われなくて、女性として魅力ないのかなぁ、って悩んでたんだ」


 普通なら笑い飛ばしたくなる発言だ。センリさんは和と洋のいいとこ取りしたような文句なしの美人さんである。ただ環境が悪かった。力を貴ぶ門下生や冒険者達は、美人なセンリさんに良いところを見せたい。なのに剣の腕では敵わないため、屈折した感情ばかりをぶつけていたのだろう。


 強い人には強い人なりの悩みがあるんだな。


「そんなことありません。センリさんは美人です。明るくて強くてとっても魅力的です。僕が保証します。弟子がダメだったら、結婚を前提にお付き合いルートも考えたぐらいです」


「そっか、私だけが空回ってたわけじゃないんだね」


 小さく息を吐いたセンリさん。

 顔を覆っていた手を下ろすと、うろたえていたお姉さんはもうどこにもいない。一転して真剣な表情、抜き放たれた刀を思わせる美しさに、背筋がぞくりとした。


「恥ずかしいところばっかり見せちゃったね。マコトくんの弟子の件、受けます。それしか解決する方法はないし、私もマコトくんに教えてみたくなったから、魔術も使える剣士、かっこいいと思わない?」


「ありがとうございます!ロマンたっぷりです!」


「こんなふつつかものの師匠だけどよろしくね」


「こちらこそ、ふつつかものの弟子ですがよろしくお願いします」


「私達、似た者同士の師弟だね。あはは」

 

 そう言ってはセンリさんは笑った 


 それは例えるなら心に咲く花。

 周囲のつぼみもほころばせる、そんな満開の笑顔だった。



すこしでも「おもしろい」「続きが読みたい」と思っていただけましたら

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第三章の内容をどう直すか悩んでいるところなので、こういう方向の話がもっと見たいとかありましたら感想を送っていただけると非常に助かります。

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