第二十五話 その街は恋を歌う
ラスタリア領主の執務室。
スミカは音もなく扉を開いた。
「ただいま戻りました。お嬢様」
「おかえり、スミカ。マコトはどうだったの?」
「どうやらマコト様にはあまり表に出れない事情があるようです。イースレインでも情報収集を行いましたが、あれだけの魔術を使いこなしているにも関わらず仕事は控え目なものばかり、冒険者としてもソロです。意図的に情報を出さないようにしています。こっそり姿を消したのもそれが理由だと思われます」
「塔を一瞬で消しちゃうほどの魔術師ですもの。人に狙われる類の秘術を収めていても不思議じゃないわね。でも!せめて!私に!なにか一言ぐらい言って帰りなさいよ!あぁもう腹が立ってきたわ」
「一言では済まないと考えたから立ち去ったのでしょうね。お抱え魔術師に抜擢されてもおかしくない状況ですから」
「確かに私もマコトをこのまま雇っちゃおうかなーとか思ってたわよ。でもマコトの事情も私の力で解決できることかもしれないし、何も言わないなんて水くさいじゃない」
「残念ながら、お嬢様は領主になったばかりです。マコト様の事情がどの程度かはわかりかねますが、貴族としても領主としても力をつけなければ、彼の後ろ盾になることは難しいでしょう。それがわかっていたからこそ、マコト様も何も言わずに帰られたのだと思います」
「新米領主のつらいところね。現状でも役に立てることがあれば良いのだけど……」
「詳細はわかりませんが、マコト様は何らかの情報を求めているようです。ラスタリアに来たのもそれが目的のようで、ギルドでダンジョンや各地方の情報を調べた痕跡が残されています」
「……そう。よし、決めたわ」
「何を決められたのですか?」
「私はラスタリアをもっと発展させるわ。物も情報も、必要なもの全てが集まる街にするの。そうしたらイヤでもマコトはラスタリアに、私に会いにくるようになるでしょう?」
はぁ。スミカは心の中でため息をついた。
前向きなので指摘しないが、たった一人のために街を発展させる領主がどこにいるというのか。そんな暇があれば会いにいけばいい。自分が言えたことではないが、めんどくさい主人であった。
(私が、あのまま籠絡した方が早かったのでは……?)
「どうしたの、スミカ。何か言った?」
「いいえ、何でもありません。お嬢様にしかできない世界一遠回りなアプローチですね、と思っただけです」
「それでもいいのよ。見てなさいマコト、絶対私に会いに来させてあげるんだから!」
アキュニス国、南方に位置する街ラスタリア。
工業・商業で発展していた街だったが、レンリア・バートデルト・アル・ラスタリアが領主に就任してからは、その発展はより著しいものとなった。特筆するべきこととしては、これらの発展は全て計画的に行われたものであり、不均衡な経済発展による貧民街が生まれていないことがあげられる。
街を訪れた者は、まず石造りの正門に圧倒される。何代も前に作られた門だが、現在もこまめな補修が行われており美しさと実用性を保ち続けている。悪路を進み、魔物に怯え、たどり着いた旅人に、美と威厳に満ちた正門が「あぁ、ここは大丈夫な場所なんだ」と安心感を与える。
街に入れば、広場に通じる中央通りは数多くの屋台が立ち並び、お祭りのような活気であふれている。一つ隣の通りに入れば、そこは一転して雰囲気のある商店街。確かな品質で客を待つ店舗が軒を連ね、眺めているだけで時間が奪われてしまうだろう。中央の通りから外側に向かうにしたがって、宿場通りや住宅街などの落ち着いた街並みが顔をのぞかせ、疲れた者には安らぎを与えてくれる。
やや高台には、新しく建てられた領主の館がある。大きな展望台があるのが特徴で、そこから領主様が街を眺めていることも多い。街の人間を監視している!という声もあるが、大半の人間は気にせず日々を過ごしている。きっと街を眺める領主様の表情が穏やかで、何かを待ち望んでいるかのような慈愛に満ちているからだろう。
街を離れる旅人は、門をくぐった時に後ろ髪をひかれたような思いになるという。賑やかなようで落ち着ける、どこか家族を思い出させる街並み。街の中で一通りの物がそろい、娯楽もある安心感。商業都市の土壌もあり、外の人間を受け入れる人の暖かさ。心惹かれた先は人それぞれだが、そのまま定住する者は少なくない。
この街が離れづらい理由について尋ねると、街の人間は冗談混じりにこう答える。
「きっと領主様が恋をしているからさ」
これにて第二章終了です!
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