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第二十話 メイドとナイフとカーテシー


「それじゃ、冒険者駆け出しのアナタにこんなことを任せるのは申し訳ないけど、よろしくね」


 レンリアから渡された手紙、これをバートデルト邸の執務室にいるスミカさんに秘密裏に渡すのが僕の仕事だ。現在、ラスタリアを仕切っているのはスミカさん。だからスミカさんを取り戻せばラスタリアも取り戻せる。単純な構図だが、そんな簡単にいくのだろうか。


 受け取った手紙をポケットに入れてから、三十分ほど。

 僕はバートデルト邸の前にたどり着いていた。


 バートデルト邸は古い洋館で、華美な装飾はなく質実剛健な造り、門の警備も厳重で簡単には入れそうにない。


 ただしそれは普通の人の場合。


 洋館の裏手に回って高い塀の陰に入り、足に意識を集中する。

 魔力をコントロール、適度な配分で筋肉に浸透させ、地を蹴った。


 僕の体は一瞬で塀を飛び越え、バートデルト邸の屋上へ、跳躍の勢いが消えたタイミングで体をやわらかく使い、音を立てずに着地する。

 

 ふぅ、何とかうまくいった。

 召喚の際にルミナから僕に流れ込む魔力で、僕は魔術を使えるようになった。

 そして、もう一つの変化がこれだ。


 魔力で身体能力を引き上げることができる。


 かつてマティス先輩から聞いた話。勇者の体は上位の魔力である励魔が流れている影響で、身体能力と自己治癒能力が常人よりも高くなるということだった。


 なら神の魔力が体を流れたらどうなるか。

 最近気づいて試してみたのだが、その答えは今実践したとおり。

 今回は館の屋上に着地したが飛び越えることだってできる。


 ただ自前の魔力でないのもあり、制限がある。


 ひとつめは、意図的に神の魔力を流そうとして、はじめて使える。勇者の場合は余りに余った魔力が体を循環してる状態なのでフルオート強化。僕の場合は空の器に神の魔力がたまってるだけなので、流そうとする作業が必要だ。


 ふたつめは、神の魔力は使い捨てなので、使えば使うほど魔力が減る。配分を考えないと、いざという時に魔術が使えなくなってしまう。ルミナ召喚での補給ができない今、魔力切れは死活問題だ。


 みっつめは、神の魔力は強すぎる。強化の倍率も高すぎるせいで、魔力の加減を間違えるだけで大惨事になる。さっきの跳躍も、空の彼方に跳ばないか、強化しすぎて骨がへし折れないか、ヒヤヒヤものだ。うまく使いこなせば体の強度も上げられると思うが、神の魔力は普通の魔力より遥かにコントロールが難しいため、当分はムリだろう。


 と、文句ばかりが出てきてしまうが、平凡な僕がこの剣と魔術の世界でやっていけるのは神の魔力のおかげである。


 ルミナには感謝を……はぁ、仲直りしたいなぁ。

 怒られたばかりなのに、もう声が聞きたくなってきた。

 なにげない普段の会話で癒されてたんだな僕。


 念話に応えてくれないこの状況。謝罪の手紙でも書いて契約者権限で共有してる女神の玩具箱(トイボックス)に入れておいたら、いずれ読んでくれないだろうか。


 手紙?……いけない。目的を忘れてた。

 僕はスミカさんに手紙を渡すため、館に侵入したのだ。


 スパイのようなことをするのははじめてだったけど、視覚や聴覚の強化で人の位置は把握できるため、すぐに執務室にたどり着いた。さてここからが本番だ。

 万が一の用心に、腰に帯びた魔導銀のナイフの感触を確かめる。


 扉を開けて忍び込むと声がかかった。


「誰ですか?」


 入る前からわかっていたと言わんばかりの落ち着いた口調。執務室の中にはスミカ・ミドコロがいた。切れ長な目に東洋人風の黒髪。年齢は20歳近辺、シルエットだけでもわかる肉感的なスタイルをクラシカルなメイド服で包み込んだ女性だった。レンリアとは別方向の美人さんである。


「レンリア・バートデルトの使いです」


 頭を下げて、僕はレンリアの手紙を差し出す。

 手紙を受け取ったスミカさんは、封を切り一読する。


「少々お待ちください。返事をしたためますので」


 机の上からペンを取り、手紙を書き始めた。

 一連の所作が流れるような動きで美しい。


「お待たせしました。こちらの手紙をお嬢様に渡してください」


 スミカさんが返事の手紙を差し出してきた。

 僕は手紙を受け取り、ポケットにしまいながら考える。

 スムーズに話が進むな。この分なら上手くいくかも──


 銀光がきらめいた。

 刹那、甲高い金属音と衝撃。


 僕の首元にあるのはスミカさんのナイフの峰。視覚強化された動体視力がなければ、とっさに首をすぼめ魔導銀のコートの襟に魔力を流さなければ、昏倒させられていた。


 後ろに飛び退きながら問いかける。


「どういうつもりですか!峰打ちとはいえ、あなたはレンリアの使者にナイフを向けるんですか!?」


「どうもこうもありません。私を陥れようとする罠であれば、貴方を倒して尋問します。お嬢様の使者であったとしても、この程度の攻撃も避けられない人間はお嬢様に不要です。私のするべきことは変わりません」


「僕の健康は大いに変わるんですけど!?」


「お嬢様が信頼する冒険者の実力、この目で確かめさせていただきます」


「手紙になんて書いたんだよ!?レンリアーっ!?」


 僕の悲鳴を合図として、スミカさんが距離を詰めた。

メイド服の袖から瞬時に取り出されたナイフ、先程は一振り、今は二振り。二刀のナイフが今度は刃を向けて、左右、上下、縦横無尽の斬撃となって襲いかかってくる。


 アーニャさんの情報で文武両道とあったが、そんなレベルじゃない。イースレインの冒険者でもそうはいない達人クラスの腕前だ。最近武器を買って練習し始めたばかりの僕じゃ、とても敵わない。

 強化で無理やりしのぐしか、ない!


 僕は強化された動体視力を頼りに、速度も強化。光の筋にしか見えない斬撃をかわし、かわしきれないものはとっさに抜いたナイフで受け、受けきれないものは魔力で硬度を上げたコートで防いでしのぐ。


「貴方は不思議な人ですね。反応と速度で私の攻撃に食らいついてくるのに、動き自体はまだ拙い。今の身体能力を突如手に入れたかのようです」


 僕の状態を見事に言い当てながらも攻撃の手は緩めない。

 より速い連続攻撃が襲いかかってきた。


 目、右手、左足、コート、目、右手、左手、両足──

 続けざまに各部を強化して切り抜ける。

 

「まだ底が見えませんか」


 マズいな。このままだと。

 今はしのげているが、回転がこれ以上速くなると体の強化が追いつかなくなってくる。そして戦えば戦いを続けただけ魔力を削られるのが一番マズい。


 なら──攻めるしかない。

 ギリギリまで体を強化、攻撃の合間をぬってナイフの一撃をねじ込む。ナイフは受けられたが、主導権は渡さず連続で拳、蹴り、再びナイフ、打撃と斬撃で交互に攻め立てる。


「惜しいですね。技術さえ伴えば私に傷を負わせることも可能でしょうが」


 が、当たらない。

 速度で完全に上回っても最小限の動きで回避するスミカさんを捉えることができない。講評をつぶやきながら、ひらりひらりとかわしてくる。トップスピードで追い込めなければ、いずれ魔力が尽きて僕は動けなくなる。


 でも、これでいい。

 欲しかったのは余裕。

 攻勢に回ることで、わずかだが集中する余裕が生まれる。

 繰り出したナイフの一撃を、二刀のナイフが受ける。

 その瞬間、僕は叫んだ。


偽装の矢(フェイクアロー)!」


 攻撃の合間に唱えた魔術の一撃。

 至近距離から放たれた光の矢はスミカさんのナイフを瞬く間に撃ち砕く、だがスミカさんは余裕の表情を崩さない。その眼前には光り輝く小さな盾、範囲を捨てる代わりに防御力を高めた一点集中型の防壁だ。この人、魔術の腕も一流かよ!でも今はダメだって!


「避けて!」


 僕の必死な声に反応して、スミカさんが首をそらす。

 盾を砕く音がほぼ同時、偽装の矢はスミカさんの頬をかすめて、後ろの壁を貫いていった。

 千切れたスミカさんの髪が数本、はらりと落ちる。


「はぁ、良かったぁ」


「……凄まじい威力ですね。もう一度来てください。今度こそ防ぎきってみせます」


「なに再挑戦しようとしてるんですか。やりませんよ。スミカさんを倒すのが目的じゃないんですから、さっきもナイフの破壊で場を収めるのが狙いで、あの速さならよけられると思ったから撃ったんです。まさか受けようとするなんて」


「ナイフなら予備がございますが?」


 スカートの裾を持ち上げ、太腿に隠した予備のナイフを見せるスミカさん。男子高校生の目には隠したナイフでなく、肉感的な脚線美の方が凶器なのを理解してほしい。思わず目を奪われてしまう。


「やりません!アピールしても戦いません!実は負けず嫌いですね!それよりはやく足をしまってください!」


「……ふふっ、マコト様はこっちの戦いをお望みでしょうか」


「望んでないです!スカートをたくしあげないでください!それより、僕を試すのならこれで十分でしょう!?」


 うろたえる僕を見て満足したのか、スミカさんはスカートを整えた後に、その裾をつまんだままお辞儀をした。

 メイドがするカーテシーというやつだ。はじめて見た。


「ええ、十分に堪能させて頂きました。未知の強化魔術と攻撃魔術を使いこなす新進気鋭の魔術師、マコト様。一時とはいえお嬢様を託すにふさわしい人間のようですね」


 僕はどうやら認めてもらえたらしい。

 これで落ち着いて話ができそうだ。


「それにしても、スミカさん強過ぎです。ナイフも魔術も凄まじい腕前で死ぬかと思いました」


「お褒めにあずかり光栄です。マコト様は体術をもう少し鍛えるべきですね。本業が魔術師とはいえ、あの動きではせっかくの強化魔術が泣いてしまいます」


 認める認めないに関わらず手厳しいのは標準装備のようだ。神の魔力による強化を強化魔術と誤解しているが、ヤブヘビになるだけなのでつっこまない。


「……そのあたりは修行中です。これだけ強くて事務や政治も何でもできるなんて、レンリアがスミカさんを取り戻したがる理由がよくわかりました」


「一点、認識に相違があるようですね」


「え?」


「私は何でもできるわけではありません」


「けど、レンリアは何でもできるって言ってましたよ」


「お嬢様はそう仰るでしょう。ですが違います。マコト様は私の経歴をどこまでご存知でしょうか?」


 アーニャさんから聞いたスミカさんの話。

 孤児でレンリアの父のラクルスに拾われて、娘の右腕にするために英才教育を受けた。割とデリケートな話題をそのまま言っていいのだろうか。


「レンリアのお父さんが連れてきたというのは知ってます」


「マコト様はお優しい方ですね。私は孤児です。かつて住んでいた村の大飢饉で親も家族も失いました。ならず者が少女を目にして性欲より食欲が先に立つ地獄。そこからラクルス様に拾われたのです」


「……重い経験過ぎて、僕にはコメントできないです」


「軽々しくわかるとおっしゃるのでしたら、このナイフを返答とするところです。ラクルス様の教育は非常に厳しいものでしたが、私は嬉々として乗り越えました。あの地獄に戻ることを思えばぬるま湯のようなものでしたから」


 スミカさんは、ふぅとため息。


「そんな学習意欲のせいでしょうか。私の思考は悪い状況に対応することばかりが優先されます。物事を良くするアイデアを出すことは苦手なのです」


「スミカさんには理想の絵を描いてくれる人、レンリアが必要ということですね」


「いいえ、それはどうでしょうか。貧しさを経験したが故に安易な富を求めてコンクス様につく可能性もあります」


 富を求めている人は安易とか言わないと思う。

 このひねくれ負けず嫌いメイドめ!

 ツッコミを入れそうになったその時、駆け足と共に扉が押し開けられた。

 

「大変です!スミカ様!コンクス様がレンリア様の塔に向かっています!」


読んでいただきありがとうございます。

下にある☆の評価や感想、ブックマークなどいただけると

より続きの話が出やすくなるのでどうかよろしくお願いします。


どういう方向を重視していくか悩んでます!

もっと女の子とイチャイチャしろ!とかちゃんと無双しろ!とか

今までのノリで変えなくていい!でも一言でもいいので感想をいただけると助かります!

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