第十九話 軽いお口にご注意を
突然だが、不穏だ。
念話のことである。
念話は話したい相手をイメージし頭の中で言葉をつぶやくことで送られるのだが、イメージした段階でも繋がっているらしく相手の気配がなんとなくわかる。
わかるといっても、バタバタして忙しそう、ほわっとして落ち着いてそう、そんな程度。だが念話を送るタイミングをはかるには便利だったりする。
はい。ルミナさんの気配は、ここ最近とてもどんよりしてらっしゃるのです。神様、仏様、ルミナ様、どうか怒りをおしずめください。ルミナ様のお好きな黄金色のお菓子でございます。たまごの黄身で照りもあざやかスイートポテト、ぐえっへっへっ、お主も悪よのう。五臓六腑に染み渡る甘いあまーい罪の味、コイツにかかればお釈迦様でもコロリってやつでございます。そこに飛び込んでくる格好良い声が
『マコトさん!うるさーいっ!』
『うわっ!びっくりした!』
『さっきから念話直前の状態で、アホなこと考えてる気配だけビンビンに飛ばしてくるんですから!こっちの気持ちも考えてくーだーさーいー!』
『ゲームのフレンドが、オンラインになりました、オフラインになりました。って通知だけ出しまくるような感じかな。うっとうしいよねアレ』
『通知切ればいいじゃないですか、わたしはゲームの世界にひたりたい派なので邪魔なノイズは基本カットです。って、ちーがーいーまーすー!マコトさんと話してるとすぐに脱線するんですからー!わたしはおこってるんですよ!伝わってますよね!わたしの気配!』
『あ、うん。最初は念話送るだけで精一杯だったけど、慣れてきたらわかるようになってきた。ルミナがタイミング良くツッコミ入れてくれるのもこれが理由だったんだね。さすが神様、いつも気にしてくれてありがとう』
『……そ、そうですか? でも、そんなにいつも見てるわけじゃないですよ? いつも見てたらマコトさんのこと好きすぎじゃないですか。ただわたしの契約者ですし、手の空いた時にちょっとだけ、ほんとちょっとだけなんですからね!』
『それでも僕は感謝してるよ』
『やめてください。そんなにお礼を言われると照れちゃいます……って、もう!また話がそれてばかり!いいですか!マコトさん、わたしはおこってるんですよ!ぷんぷん!』
『ぷんぷん、とか口で言われても……』
『口じゃないです。念話ですー!それに自分でも言ってないと怒ってることが誤魔化されてしまいそうで不安なんですー!ぷんぷん!』
誤魔化される程度の怒りならぜひとも誤魔化されてほしいところなんですがマイ女神様。ぷんぷんとか聞かされると神様の威厳がゼロになってしまいます。でも通常なら、うわ!キツ!ってなる発言を、美貌と美声で可愛く押し切ってしまうことに、さすが女神パワーと感心してしまう。
『むっ!ほめてるんだか、バカにしてるんだか、よくわからないことを考えている気配がしますね!』
ルミナは僕をぴっと指差し(たような気配で)続けた。
『いいですか!マコトさんは胸に手を当てて考えてみてください!わたしに謝るべきことがあるはずです!マコトさんのことですから、わたしの胸に手を当ててきそうですが、これは念話なのでさわれません!残念でした!ぷんぷん!』
脱線を先回りしようとした結果、道無き道を暴走する女神様。ぷんぷんも健在なので、もうなにがなにやら。
それにしても失礼ですねこの女神様。僕は紳士なのでそんなことはしないぞ。でも人間とは不思議なもので、さわれないと言われると惜しく思えてくる。
もう少し前だったら、ルミナでなくアーニャさんの胸に手を当てるボケができたな残念。だがアーニャさんのおっきなふわふわおっぱいを触って、万が一にも許容されたら理性の限界。僕はオトされてしまうだろう。
だから惜しいけどこれでいいのだ。それより今は、こんなわけのわからない状態になるまでルミナを追い詰めたことを謝らねばならない。
脱線しきって一回転、スタート地点に戻った僕の思考。
ルミナが怒っている理由を思う。
思い当たることはひとつしかなかった。
『ルミナに相談もせず、僕は一人でレンリアを助けると決めた。そのことについて謝らせてほしいんだ』
『そうですよ。今まではマコトさんがこの世界で旅をするための基盤作りだと理解してたからだまってました。でも何も言わずに後回しにされると不安になります。マコトさんはわたしとの約束を守る気があるんでしょうか?って、考えたくないことも考えちゃうんですよ?』
『ごめん。先に相談するべきだったよ。次からはちゃんと話をする。だから許してほしい』
『これはマコトさんの日記を1ページぐらい放流しても許されるんじゃないでしょうか……』
『それは勘弁して!僕は今でもルミナとの約束を守りたいと考えてるよ』
『……ほんとうですか?』
ルミナの念話からこちらをうかがうような気配を感じる。
ここからは全力で正直に答えていこう。
『もちろん。僕は研究所で助けられた時からルミナに感謝しているよ。ルミナがいなかったら僕は死んでた。恩人との約束を守りたい』
『わたしもマコトさんの優しさには感謝してます。わたしだけでしたら、わたしの日記はさらしものになってました。元の世界に戻る道を蹴ってまで、わたしと契約してくれたことこれでも本当に感謝してるんですよ?』
『優しくするつもりで契約したわけじゃないから、その感謝はまたの機会にとっておいて。さらにこっちの都合で申し訳ないけど、ルミナとの約束も少しずつ進めていくからどうか許してほしい』
『もう、仕方ないひとですね!』
『ごめん』
『あやまらないでください。マコトさんがこういう人だとわたしも知ってますから、だからわたしも力を貸したんです』
『ごめん。じゃなくて、ありがとう』
『ええい、わたしも女神です。マコトさんがそこまで言うならここは飲み込みましょう!』
『さすが女神様!心が広い!』
『次はわたしの契約を優先してくれますよね?』
『もちろん!最優先です!』
『ついつい人を助けちゃうお人よしのマコトさん。でもわたしのことも忘れないでくださいね?』
『ルミナのことを忘れるなんてありえない!』
『ですよね。そんな義理堅いマコトさんですから美人のレンリアさんを助けちゃうのも仕方ないことですよね?』
『美少女領主さんとか憧れだよね。助けちゃう!』
『……』
『……』
図ったな!ルミナ!
『違うんだ聞いてくれルミナ、レンリアが美少女だから助けたくなる気持ちもあるけどそれだけじゃなくて──』
念話がブツリと打ち切られた。
再接続しても感じられるのは固い壁のような拒否の気配。
完全に怒らせてしまったらしい。
とうぶん召喚にも応じてくれなさそうだ。
それは僕の奥の手がなくなるということを意味する。
だが謝ろうにも話をきいてもらえないし、今のタイミングだと「戦力が足りないから仲直りしてほしい」という意味合いになってしまう。そんなことはできない。
「……やるしかないな」
僕はこの事件を、体に残っているルミナの力だけで切り抜けなくてはならないようだ。
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