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第二話 魔術の門を叩けども


 召喚されてから一ヶ月と一週間。新人として仕事をはじめてから一週間。ライツガルズ研究所の新人職員として、職員寮と研究所を往復する毎日だ。


 笑顔で開き直ることに決めてから、仕事はそれなりに上手く回っている。昼は仕事をこなし、夜は召喚術やこの世界の常識について学ぶ。今は、業務終了のベルが鳴った研究室で本日の出来事を思い返しているところだ。


「どうした悩めるマコトくんよ」


「あ、マティス先輩」


 金髪の男性。名前はマティス・カーライン。

 僕の上司にあたる。研究所での役職は主任だ。

 正しくはマティス主任と呼ぶ必要があるのだが、当人の希望により先輩と呼んでいる。


 なんでも役職名だと偉くなりすぎたように思えてイヤなんだという。そんな人柄なので異世界召喚された僕にも気軽に話しかけてくれる。せっかくなので疑問に思ったことを聞いてみることにした。


「今日、研究所の前で冒険者の人が『召喚術はお座敷魔術』と言ってたんですが、どういう意味ですか?」


「あぁ、なるほど。冒険者はそう言うだろうな」


「冒険者は、というのは?」


「召喚術は、精霊などを呼び出す魔力を使った上でさらに契約分の魔力を渡して、はじめて力を借りられるだろ」


「魔力のロスが多いということですか」


「まあな。単純な威力で語るなら召喚に使う魔力を通常の魔術に回した方が強くなる」


 なるほど。魔力のコストパフォーマンスでは普通の魔術に軍配が上がる。だから効率を求める冒険者は魔術を好んで使い、召喚術を研究者のための魔術、魔力ばかり食う見せ物、お座敷魔術としてバカにするわけだ。


「だからって召喚術も捨てたもんじゃないぞ。実演するから魔術を使ってみろマコト」


「えー!いやですよー!めちゃくちゃ疲れるんですからー!」


「体験しないとわからないだろ。いいからいいから」


 話が進まなさそうなので覚悟を決める。

 体内に意識を集中し魔力の流れを感じ取る。流れといっても湧き水レベルで非常に頼りない。

 研究所で計測してもらったのだが、僕の魔力はこの世界の住人と比べてもかなり少ない部類らしい。

 一日に初歩の魔術を一回。それが僕の魔力量だ。体中から魔力をかき集めて呪文を唱える。


「我が身に宿る奔流よ。掌中に集いて矢束を成せ。『魔力の矢( マジックアロー)』」


 手元に生み出される魔力の矢。

 魔力の輝きと共に全身を襲う脱力感。


 これだからやりたくなかったんだよ!


 剣と魔法の世界に召喚されたのだから、これだけはゆずれない!と意地と根性で覚えた魔術。まさか初歩の魔術一発で打ち止めとは思わなかった。本来は魔力の矢を撃ち出す魔術だけど、室内なので手元にとどめるようコントロールする。


 先輩が続けて呪文を唱えた。


「我が身に宿る奔流よ。汝は撚り結びて高みを知る。掌中に集いて矢束を成せ。『励魔の矢( ハイマギアロー)』」


 先輩の手に生まれた魔力の矢。

 僕の魔力の矢に比べて一段上の輝きを放っている。

 先輩の呪文に追加された一節。体内の魔力を圧縮し上位の状態に高める工程が入っているからだ。


「魔術の基本は魔力だ。上位の魔力に下位の魔力では太刀打ちできない。上位の魔力を下位の魔力で相殺するには数十倍の魔力量が必要だと言われている」


 先輩はそう言うと励魔の矢をこちらの魔力の矢に触れさせた。削れる。削れる。僕の魔力の矢がどんどん削れていく。あああ、一日分の魔力がー!きえていくー!

 僕の心の悲鳴なんぞ知っちゃこっちゃないという様子で先輩は語る。


「魔力を圧縮することで励起した魔力、励魔になる。だが精霊を相手にした場合はまったく歯が立たなかった。そこで研究者達は仮説を立てた。精霊は励魔より上位の魔力を使ってるのではないか?ってな。そして召喚術を用いて精霊の力を借り、精霊の魔力を分析した。精霊の魔力の組成を研究した結果生まれたのが……おーい、ちょっとこっち来てくれ!」


 先輩は研究室の隅に座る魔術師の男性に声をかけた。

 魔術師さんは不精不精といった様子でこちらに来た。


「またか。魔力もタダじゃない」


「いいからいいからこれも新人の教育のためだと思ってくれ」


 魔術師さんの露骨にイヤそうな顔。よくわかる。

 だけど先輩には勝てないようで、しぶしぶ呪文を唱えた。


「我が身に宿る奔流よ。汝は撚り結びて高みを知る。精と霊の理に抱かれ位を得る。掌中に集いて矢束を成せ。『精霊の矢(エレメンタルアロー)』」


 魔術師さんの手に生まれたまばゆい輝き。

 美しいと思った励魔の矢が色あせて見えてしまうほどだ。赤い炎がより高温の青い炎になるのを励魔とするなら、別種のプラズマか何かに変質したような気配がある。


 魔術師さんはにやりと笑うと、マティス先輩の励魔の矢に精霊の矢を触れさせた。僕と先輩の再現だ。励魔の矢はみるみる削れて消えていく。いい気味だ。もっとやれ!思わぬ逆襲に苦々しい顔を見せる先輩。


「……とまあ召喚術のおかげで、精霊を模して結晶化した魔力、晶魔を使った魔術を作ることができたわけだ。今は単純な矢の魔術で見せたが、他の魔術も基本は同じ。使ってる魔力で基本スペックが決まる。晶魔を使えれば今の魔術師界隈では超一流と言っていいだろう」


「その超一流とやらをアゴで使うな」


「色々な意見もあるが召喚術は研究以外でも役に立つ。マコトが呼ばれた勇者召喚も召喚術でなければできないことだ。またシンプルな強さを求める冒険者には不評だが、呼び出した精霊の特性を活用することで最強になった召喚術師もいるんだぞ」


「あ、流した」


「無視されたか……」


 呆れた表情で自席に戻る魔術師さん。なんだかこの人とは仲良くなれそうな気がする。

 そんなことを考える僕の前にお茶が差し出された。


「はいはい。マティス先輩もマコトくんもそろそろ一息ついてくださいね」


 お茶を淹れてくれたのは綺麗な女性職員さん。

 気の利く女性のようで研究の合間をぬって雑務をこなしている姿をよくみかける。

 うん、本来は新人の仕事ですね。申し訳ございません。


「ありがとうございます!次は僕がやります!」


「あ、あの、その、ありがとう」


 全力で感謝する僕に対して、しどろもどろの先輩。

 実は貴族育ちのマティス先輩、顔もイケメン。僕のような新人にもフォローをいれてくれる。当然のようにモテモテと思いきや、この先輩女性と上手く話せない。


 なんでも幼少期の教育係がフェミニスト寄りの厳しい人で、先輩は女性への配慮をイヤというほどたたき込まれたそうだ。


 結果、マティス先輩の脳内には女性への配慮という名の大迷宮が完成し、大半の言葉は口という出口にたどり着く前に迷子になってしまう。事前に準備した定型の文句なら話せるらしいが、結婚適齢期の男性がこれでは実家のご両親は頭を抱えていることだろう。


「マコト、ニヤニヤした顔でこっちを見るな!」


 おぉっと、顔にでていたか。

 疑問にも答えてくれたし、からかうのはやめよう。


「おかげで召喚術と魔力のことがよくわかりました。ありがとうございます先輩」


「期待の新人のためだからな……その分は働いてもらうか」


 ボソッと言った言葉が怖い。

 リスペクトしつつ話の方向を変えよう。


「先輩って、僕よりずっと上の魔術を使えるんですね」


「研究のためには魔術のことも詳しくないといけないからな。まぁ励魔を使えるくらいだと、魔術師としてようやく一人前ってとこだ。晶魔を使えてはじめて超一流の魔術師になれる」


「上位の魔力を作れるかが、明確な壁になってるんですね」


「まあな。コツはあるが励魔までなら体内の魔力を圧縮するだけで作れる。だが晶魔になると魔力の圧縮と平行して、魔力を組み替える繊細なコントロールが必要になる。そこが壁だな」


「道具を使って自動化とかできないんですか?」


 地球の知識で考えてみる。例えるなら電気で交流と直流を変換するコンバータのようなもの。

 マジックアイテムで実現できないだろうか。そう考えて聞いてみたが先輩は渋い顔だ。


「研究したが、魔力の質によって晶魔の完成形も異なってくるようだ。晶魔のサンプルも少なすぎて、共通の方法を考えるのは現状ムリだな」


「それじゃオーダーメイドになっちゃいますね」


「だが仕組みが簡単な励魔までなら可能だ。自分で作るより魔力のロスがあってお高いが、そういうマジックアイテムはある。なによりごく一部の人間はそんな工程も要らなかったりする」


「ごく一部の人ですか?」


「お前もよく知ってるやつだ。『勇者』だよ」


「ええっ、勇者ですか!?」


 自分も関わる話になったので面食らってしまう。

 僕の反応を見て先輩が笑う。その顔が見たかった、とでもいいたげだ。


「常人の何十倍も魔力を持ったやつがごくまれにいるんだが、魔力がありすぎるせいでやつらの体内は常に魔力でぎゅうぎゅうに圧縮された状態だ。するとどうなるか、体内に流れている魔力がすべて励魔になる」


「勇者の魔力は、基本が励魔ってことですか」


「信じられるか? 体内の魔力をそのまま撃ち出す魔術、マジックアローの呪文を勇者が唱えると、体内の魔力が励魔だからハイマギアローになる。エレメンタルアローも魔力の圧縮が不要になるから、魔力の組み替えに集中するだけでずっと楽に撃てちまう。さらには体内を励魔が流れている副産物か、体力もあってケガの治りも速いらしい」


 うわ、何それ。チートにもほどがあるだろ。

 魔力の量も、魔術の威力も、魔術の習得難易度も、体力面も優遇されてるとか!


『私マジックアローの撃ち方わからないんですよ。撃ってもハイマギアローになっちゃうので、いやあ魔力の下げかたを誰かに教えてもらいたいぐらいですね、ハハハ』みたいなマウント発言も可能ということですか


 びっくりのあまり、話したこともない勇者さんをムカつくキャラにしちゃったよ。いい人だったら後で謝ろう。


 まぁ冷静に考えると、そこまでチートでもない気もする。

 複数の能力をてんこもりに授けられているわけじゃない。要素は一つだけ、基本の魔力が上位なだけだ。


 ただこの世界だと魔力があらゆる方面でプラスに働くというだけで……前言撤回やっぱりチートじゃないかしら、この国が勇者をわざわざ呼び出そうとするのもわかる気がした。


 普通の人は、魔力→励魔→晶魔と魔力を高める。

 勇者は励魔スタートなので、励魔→晶魔の1工程で済む。

 待てよ。晶魔が一番上なのは現状の限界なだけだ。

 勇者が2工程を経れば、晶魔の先に行ける可能性がある?


「マティス先輩、質問なんですが」


「おう言ってみろ」


「晶魔より上位の魔力って研究されてるんですか?」


 マティス先輩の口元がにっと上がる。


「良~い質問だ!明日見せてやるものがあるから、早めに研究所に来いよ!」


 先輩は踊るようなスキップで研究室から出て行った。

 どうやら僕の質問がお気に召したようである。


 話し込んでいる間に他の人は退勤したのか、研究室には僕一人だ。手をあげて呪文を唱えてみる。


「我が身に宿る奔流よ。汝は撚り結びて高みを知る。掌中に集いて矢束を成せ。『励魔の矢( ハイマギアロー)』」


 魔術は発動しない。魔力量が少なすぎて、圧縮する工程に進めず停止してしまった。

 矢は作れなくても米粒程度の励魔を作れたら、というのも甘い考えだったらしい。


「自分なりのやり方を考えないとな……」


 弱々しい自分のステータスを眺めて、頭を抱えた。



 ■名前:マコト・サクラ

 ■職業:ライツガルズ研究所職員

 ■体力:42/50

 ■魔力: 1/7

 ■加護:言語疎通の加護

 ■魔術 マジックアロー


読んでいただきありがとうございます。

☆の評価など入れていただけると

より続きの話が出やすくなるのでよろしくお願いします。

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