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第十七話 レンリア・バートデルト


 私の名前は、レンリア・バートデルト・ファ・ラスタリア。

 ラスタリアを治める伯爵、ラクルス・バートデルト・アル・ラスタリアの一人娘として生まれた。


 領主の娘として、次期領主として、いままで厳しい教育を受けてきた。だが父が亡くなると同時に叔父に領主の座を奪われ、今はひとり塔の中で隠居させられる身の上だ。


 幽霊。自分でも良い表現だと思う。

 立場も何も無いのに私の姿だけはこうして残されているのだから。何もすることがない幽霊は泉のそばに佇み、今日も無為な時間を過ごしている。


 そんな私の前に変な男の子が現れた。

 マコト・サクラ。冒険者のタマゴだという。

 ラスタリアの街で迷ってこの塔にたどり着いたらしい。

 私は今、つもった愚痴を彼にぶつけているところだ。


「ねぇ、聞いてる?おじさまもおじさまよ! 最初から伝えてくれれば、私が辞退することもありえたのに、悠々自適の一般人として生きることも考えたのに、どうして突然乗っ取りを考えたのかしら!?そこまでしておいて今の政治はボロボロ!これじゃ民がかわいそうよ!」


「するとレンリアは、そこまで領主になりたいわけじゃなかったの?」


「最初はなりたかったわ。立派な政治をして領民にも慕われるお父様のことを誇りに思っていた。でもあの時から──」


 目の端に石造りの塔をおさめる。

 母が亡くなった場所、そして今は自分の住処。


「わからなくなっちゃったのよ」


 子供の頃の自分は、うす暗い塔に母が住んでいる理由がわからなかった。一緒に暮らせないことに対して何度も父に抗議した。だが父が最後まで聞き入れることはなかった。面会するたびに「ごめんね」と微笑む母の顔の青白さは、父の立場を理解した今も、胸に刺さったトゲになっている。


「お父様のことも今ならわかるわ……お母様を幽閉せざるをえなかった理由も、でも私が領主になった時、お父様と同じことができるかどうか、私がお父様のような領主になれるかどうかも──」


 わからなくなってしまった。


 母が亡くなった塔は、権力者の抱える理不尽の象徴。


 自分の住処となった今でも目に入れるのが嫌で、目を伏せて中に入る。生前の父に塔の上に登ろうと誘われたが断ったこともあった。思えば父はここで何を伝えようとしていたのだろうか。


「本当はおじさまが領主の座を奪おうとしていたことも気付けた。いえ、気付いていたんだと思うわ。でも領主になるべきか悩んでいた私は、自分の心にフタをしてしまったの。そうして今の私がいる」


 私はため息をつく。

 少し考えた様子を見せてマコトが答えた。


「ねぇ、平民の意見だから聞き流してくれても構わないけど、領主はお父さんみたいなタイプじゃないとダメなの? 新しい方向性の領主をめざしてもいいんじゃないかな。古い慣習や外のことなんて知ったことかー!って、レンリアのやりたいようにさ」


「か、カンタンに言ってくれるわね……!」


 そのぐらい私だって考えたことあるわよ!


 でも、できなかった。

 心を切り替えることができなかった。


 窮屈な石造りの塔、じめじめとした苔の匂い、青白いお母様の顔、全てが重苦しくのしかかり、私の心を暗い闇の中に引き戻してしまう。重くて固い鋼鉄の枷、鎖のこすれる音が耳元で聞こえた気がして、言葉がもれた。


「……なら……してよ……」


 一度動き出した衝動はとどまる術を知らない。

 ムリに押さえ込もうとすればするほど、心の隙間からこぼれだし刺々しい言葉となって吐き出されていく。

 

「──それなら、アナタが壊してよ。古い貴族の象徴のこの塔を壊してよ!できないでしょ!?だったら余計なことを言わないでよ!これがなければ、ここがなければ私だって!わたし、だって……!」


 いやだ。私、イヤな女だ。

 はじめて会った男の子に当たり散らしてる。

 厄介な女でも話しかけてくれたのにヒドいことしてる。


 マコトは私をじっと見ていた。

 私は目をふせて、心の中でつぶやく。


 終わった。

 終わらせてしまった。


 せっかくできた話し相手を自分から切り捨ててしまった。

 彼は二度とこの場所に来なくなるだろう。今すぐ塔の中に逃げ込みたい衝動に駆られるが、暴言を吐いた私には彼の言葉を受け止める責任がある。


 そしてマコトが口を開いた。


「ごめん。君の気持ちを考えずに無責任なことを言ったよ。お詫びと言ってはなんだけど、この塔を壊せるかどうか真面目に考えてみる」


「え?」


「あ、次の居場所が見つかる前に壊したら困るよね。引っ越ししてからの方がいい?」


「あなたは何を言っているの!?」

 

「え、この塔を壊す話じゃなかったっけ? 僕、何か勘違いしてた?」


「はぁっ!?」


 変な声が出た。

 あんぐり開けた口はレディがしてはいけない顔。

 

 なんなの!バカなの?バカじゃないの!?

 ありえないほどのバカ!しんじられないほどのバカ!


 落ちぶれたくせに今でも高慢ちきな女の暴言。

 怒ればいい、そして蔑めばいい。

 吠えるしかできない惨めな女の戯言だと、

 それをバカ正直に受け止めてしまうなんて。

 

 完全に気が抜けた。

 腰から泉にズリ落ちてしまいそうだ。

 まさか真剣に塔を壊そうとするとは思わなかった。

 今も「人目につかないように……」とか「出力を調整して……」とか、ブツブツつぶやく様子がおかしくて、のどの奥から乾いた笑いがでてくる。

 

 けれど不思議と、心が楽になった。

 気が抜けた時に悩みまで抜けてしまったのだろうか。

 頭の奥がすっきりしている。


 思えば領主候補の座を追われて以来、誰ともまともに話したことがなかった。薄暗い塔の中で迷いと自責の念にまみれた日々。つもりつもった醜い本音を、マコトは真剣に受け取めてくれた。それだけ。でも、それだけで私の根っ子が力を取り戻している。


 どうやら今でも私は領主候補らしい。

 話を聞いてくれる相手がいるだけで、

 向き合うべき『民』がいるだけで、

 こんなに強くなれるのだから──

 

 手足にも力が入る。

 顔を上げると泉の水面が輝いて見えた。

 ここってこんなに綺麗な場所だったかしら。


『レンリア、領主という立場はお前の重荷になるかもしれない。だが──』


 脳裏に父の言葉が蘇る。

 昔、私は領主を継ぐと約束した。

 あれはいつのことだったか。


 今は思い出せない。

 でも構わない。


 幽霊。

 自分でも良い表現だと思った。

 みじめな姿をさらそうとも、未練を果たすまでは成仏するわけにいかないのだから。私は泉から足をあげ、裸足のまま立ち上がる。


「マコト、塔のことは後でいいわ。私は幽霊、約束に縛られた過去の幽霊。だから幽霊は幽霊らしく、お父様との約束を果たしに行こうと思うの。新しい友達のマコトは、手を貸してくれるかしら?」


「……レンリアは今から約束を守りに行くということ?」


「ええ、期限を決めていない約束ですもの。今からでも、いつからでも、守ろうとする気持ちは正しいものよ」


 私の言葉に思うところがあったのか、マコトは驚いた顔を見せた。そんな彼を見ていると、とても気分が良い。


 今日、彼には驚かされてばかりだ。

 そんなのフェアじゃない。不公平だわ。彼も私にもっと驚くべきよ。彼のびっくりした顔を見て、いい気味だわ。なんて思ってしまう。


 戸惑う民を見てほくそ笑む私。

 きっと私は悪い領主になるだろう。



読んでいただきありがとうございます。

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より続きの話が出やすくなるのでどうかよろしくお願いします。


どういう方向を重視していくか悩んでます!

もっと女の子とイチャイチャしろ!とかちゃんと無双しろ!とか

今までのノリで変えなくていい!でも一言でもいいので感想をいただけると助かります!

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