第十六話 泉と塔と幽霊と
馬車で二時間、やってきましたラスタリアの町。
イースレインより発展しているというのは本当だった。
まず町に入る時点で石造りの大きな門が待ち構えている。大きな道は馬車が行き交い、道の脇には露天が立ち並ぶ。人の流れも段違いで、ぼんやりしていたら押し流されそうな勢いだ。
「ここ、どこだろ……」
というより押し流された。
そこで大通りは危険!と、わき道にそれたのが良くなかった。快適な道を選んでいたら、どんどん郊外へと外れていく。最終的には道すらなくなり森の中まで来てしまった。
森の中から塔のような建物が見えるので、そちらに向かえば町の中心部には近づくだろうという雑な方針で動いてる。
ルミナに聞けば道もわかるかもしれないが、迷ったことを笑われたくないので孤軍奮闘中。何より神様をナビあつかいは不敬すぎないだろうか。念話するまでもなく神界で笑ってそうな気もするけど、手は借りない。男の子には意地があるのです。
イースレインで、シアと出会ったのは運が良かったんだろうなぁ。市中引きずり回しの目にはあったが、初見の場所では道案内がありがたかった。
そんなことを考えていると不意に視界が明るくなった。
木々がぽっかりと開けた先は草原だった。薄緑色の草むらの中央には古びた大樹、その根の傍らには泉が湧き出している。雰囲気のある場所だった。
そこに一人の少女がいた。
大樹の根に背をあずけるように腰掛け、泉の水面に白い足先を触れさせていた。長い髪は水の色、木々の合間から差し込む光を受けて水面と共に輝く。もの憂げな瞳がみつめるものは足先から泉に広がる静かな波紋。この光景を写し取るだけで、絵画として成立するようにさえ思える。場所以上に雰囲気のある女の子だった。
「幽霊のひとりごとだけど、黙ってジロジロ見られるのは好きじゃないの。話をするか、いなくなるか、どちらかにしてくれないかしら」
幽霊。
少女の言葉がすんなり腑に落ちた。
雰囲気のある場所で、もの憂げな少女と遭遇する。あまりに現実感がなさすぎて幽霊と言われても納得しそうなこの状況。何より少女の言葉には信じたくなる重みがあった。
「どうして隣に座るの?」
「幽霊なら、人の行けない場所とか詳しいと思って、良かったら教えてください」
まじまじと顔を見られた。
やがて諦めた様子の少女がため息ひとつ。
「はー、呆れた……冗談で言ってる様子じゃなさそうね。あなた、この町へ来たばかりでしょ」
「はい。今日来たんですが、道に迷ってこんなところまで来てしまった次第で」
「冒険者っぽいのに大丈夫なの?」
「絶賛修行中です」
「新米冒険者さんに私が言えることは、新しい場所へ行く時にきちんと調べものをしておきなさい。私のような厄介者に関わるべきでないとわかるから」
「あのー、つかぬことをうかがいますが」
「何かしら?」
「先ほどの幽霊発言って、もしかして比喩表現だったりしますか? 無視される存在だから幽霊みたいな」
「……本当にあきれた。遅すぎるわよ。ふふっ」
言葉通り心底呆れた顔をしてから、少女は微笑んだ。
ですよねー。普通は幽霊だなんて思いませんよねー。
君が絵画みたいにキレイだったので幽霊だと思いました!
正直に伝えてもどこのナンパだよ。恥ずかしくて帰りたい。
でもこの子に道を聞かなきゃ帰ろうにも帰れない。
笑ってもらえたしプラス!と前向きに考えておこう。
「私の名前はレンリア・バートデルト・ファ・ラスタリアよ」
「僕はマコト・サクラです。ん? もしかして町の名前が付いているということは、領主さまの関係者ですか?」
「家名はバートデルトよ。ラスタリアの前の『ファ』はラスタリア領主の親族であることを意味するのよ」
「世情にうとくて……偉い人に大変失礼しました」
「ふふっ、いいわよ。面白かったし、あなた言葉では謝ってるみたいだけど、全然動じてないんだもの」
ルミナにもよく言われるやつだ。
生きるために開き直ってから図太くなる一方。
神罰ものの発言が日常になってるから感覚が麻痺してる。
けど図太いことと失礼なことは話が違うよな。
改めて謝ろうとする僕を、レンリアが止める。
「気にしなくていいのよ。昔はともあれ、今の私は大した存在じゃないんだから──」
レンリアは自分の境遇を語り始めた。
去年までこのラスタリアは、レンリアの父であるラクルス・バートデルト・アル・ラスタリアが治めていた。レンリアは父のもと次代の領主としての教育を受けており、周囲もレンリアが領主になると考えていたようである。
それを覆したのがラクルスの弟、レンリアから叔父にあたるコンクス・バートデルト。ラクルスが病没すると同時に、周囲の人間を掌握し次の領主として成り変わった。よくあるお家騒動というやつである。
以来、日陰の身となったレンリアは泉のそばの塔に住むことになった。幽閉というほどのものではないが、世間とは隔絶された身の上だ。周囲の人間も彼女をいないものとして扱うようになったのである。
町の人は現領主の怒りを恐れて、彼女と話さない、見もしない、耳を閉ざして無視をする。だからレンリアは自分のことを幽霊と称したのである。
これは有名な話で、町では公然のタブーとして扱われているそうだ。対して、町について即迷った上、なんとなく目についた塔に向かった僕。町の人に事情を説明される間もなく、ここに辿り着いてしまったということらしい。
「一年間もこの塔に……」
石造りの高い塔、緑のツタがまとわりついた壁面はその古さをうかがわせる。小さな窓が何個かあるが、きっとそこから見える空は窮屈だろう。そんな風に感じられた。
レンリアが塔のほうに目をやり、すぐに目をそらした。
「代々、表に出せない親族の座敷牢として使われていたらしいわ。母の父親、私にとっては母方の祖父にあたるわね。こっちも過去に領地ののっとりをもくろんだけど、失敗して処刑された。対外的なものを考慮して母は亡くなるまでこの塔に住まわされたの。まさか母娘そろって、同じ塔に住むとは思わなかったわ」
レンリアの口調はつとめて明るい。
これは貴族系ブラックジョーク!?
いやいや、そんなまさか。親ネタは重すぎる。
女神様への敬意ゼロの自覚はあっても、人情を忘れた覚えはありません。僕は真面目に答える。
「ごめん。辛いことを言わせたみたいだ」
「ふふっ、いいのよ。アナタの困った顔が見たくて言っただけだから、聞き流してくれて構わないわ」
不敵な笑みを浮かべるレンリア。
僕はからかわれたのだろうか?
不思議と怒る気にはなれなかった。
むしろレンリアの素顔を見たように思える。
それは、きっと──
「でも、話したのはホントのことなんでしょ」
そう聞くと、レンリアがふぅと息をはいた。
彼女がまとう雰囲気がやわらかくなったように思える。
「どうしてそう思ったの?」
「この塔について語る君は、出会った時と同じさびしそうな顔をしていたから、そんな気がした」
「……はぁ、こうも簡単に心情を悟られてしまうなんて、領主失格ね。立場を追われて良かったように思えてくるわ」
「気づけたのは素の表情を先に見てたからだし、感情に訴えかける系の領主を目指してもいいんじゃないかな」
「その言葉は領主の立場を簒奪される前に言ってほしいところね。それにミステリアスな女の方がカッコいいでしょ」
「領主としてはわからないけど、友達にするなら今の方が好みかな」
「あら残念。それなら新しいお友達に愚痴りたいことがあるのだけど、聞いてくれる?」
「君が風邪をひかない程度なら、つきあうよ」
話の間も泉の水につけたままのレンリアの足を指さす。
すると彼女はバシャバシャと水を蹴りながら笑った。
「ごあいにくさま。元領主候補は文武両道、この程度で風邪をひくような鍛え方はしてないの。たっぷり聞かせてあげるから覚悟してちょうだい」
読んでいただきありがとうございます。
下にある☆の評価や感想、ブックマークなどいただけると
より続きの話が出やすくなるのでどうかよろしくお願いします。
どういう方向を重視していくか悩んでます!
もっと女の子とイチャイチャしろ!とかちゃんと無双しろ!とか
今までのノリで変えなくていい!でも一言でもいいので感想をいただけると助かります!