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第九話 アーニャ・フロスミニク


 私の名前はアーニャ・フロスミニク。

 イースレインの冒険者ギルドで受付嬢をしています。


 エルフ出身で冒険者を五年ほど続けた後、現在の職につきました。イースレインを選んだのは、もともとアキュニス国王の別荘地から発展した町で、比較的品のある人が集まる風土であったからです。エルフが治安の悪い町を生きるにはそれ相応の覚悟が必要です。住まいは重要なポイントでした。


 冒険者ギルドも一線をひいた元有名冒険者が多く、他の町のような欲にギラギラした人は少ない場所です。冒険者の皆さんは、朝に体操のような感覚で魔物を狩り、昼過ぎに魔物の素材を売り、夕方に少しのお酒を飲んで眠る。そんな規則正しい生活を送っているようです。


 冒険者も穏やかな方が多いのですが、こういうお仕事は甘く見られたら終わりです。だから仕事中はつり目風のお化粧をしています。それを言うと同僚から笑われます。

 みんなひどいですよね?


 ある日、ギルドの扉が開かれました。

 はじめて訪れた男性でした。おそらく新人です。


 体つきは中肉中背ですが、若干線が細いタイプ。きっと魔術師ですね。年の頃は15、16あたり、顔がどちらかと言えば可愛い寄りなので幼く見積もったかもしれません。黒目黒髪が印象的な少年でした。


 彼はギルドに入ると不思議そうに周囲を見渡します。

 綺麗さにびっくりですよね。うんうん。ちゃんとお掃除してますから、汚す人も少ないので当ギルドは綺麗さでは自信があります。今度、世界一女性が入りやすいギルドとして宣伝してみましょうか。いけない。戸惑ってます。声をかけましょう。

 

「イースレインはアキュニスの首都から離れた都市です。別荘地も多い地域ですので、皆様がイメージされる冒険者ギルドとは少々雰囲気が異なるかもしれません」


「ありがとうございます。納得しました。冒険者登録をお願いしたいのですが」


 やっぱり新人さんでした。

 イースレインは隠居した冒険者が多いので、ギルドも年齢層が高めです。ここは良いギルドと思ってもらい、彼には新しい風を吹き込むニューフェイスになってもらいましょう。


 気合いを入れて自己紹介すると、彼も頭をぺこり。


「ご丁寧にどうも。マコト・サクラです」


 礼儀正しくて、書類の文字も綺麗です。

 貴族出身?それにしては衣服がお手頃価格です。


 魔力測定をお願いすると躊躇しているようです。

 大丈夫!どんな魔力でも恥ずかしくないから!頑張って!

 心の声が通じたのか、彼は測定器に手を伸ばしました。


 次の瞬間、まばゆい輝きが部屋を包みます。

 過去にも見た懐かしい輝き、いいえそれ以上!?

 私は測定結果のシートを取り出します。


 魔力980!?エンシェントエルフ並みと言われたサーシャの850より上でした。この瞬間、私の中で使命感が芽生えました。彼を守らなければなりません!あの子のようになってしまう前に!なんとしても!


 気付けば私は、魔力が多い人間向けの職業、オススメの訓練法、ギルドの特待魔術師制度、あらゆる言葉を尽くしてイースレインのギルドを勧めていました。私にこんな知識があったなんて自分でもびっくりです。


「極力、僕の魔力が人の目に触れない形での登録をお願いしたいです」

 

 そう言われて、気づきました。

 私は目の前のマコトさんの意思を無視していました。

 ごめんなさいマコトさん。ごめんね。サーシャ、お姉ちゃんまた同じことするところだった。胸の中で謝ります。


 マコトさんはどうやらワケありのようです。

 それでしたら人目の少ないところの方が話しやすいかもしれません。無理な押しつけは止めましたが、妹と同じ要素を持つ少年を正しく導きたいという思いは強くなるばかりです。

 仕事モードをオフにして提案してみます。


「もしギルド内で話しづらいことがあれば、私のシフトはもうすぐ終わります。外でお茶でも飲みながらお話しませんか?」




 それから一時間後、私とマコトさんは二人でお茶を飲むことにしました。静かなお店の個室でおいしいお茶。私の大好きな過ごし方です。これならマコトさんも落ち着いて話をしてくれるでしょう。


 困ったのはここに来るまでです。同僚やマスターがそろって「デート?」と聞いてきます。みんな不真面目だと思います。私はマコトさんを正しく導くという使命に燃えているんです!私は剣!少年を導く聖なる剣!研ぎ澄まされた私の心には一分のスキもありません!


「それでも僕が事情を話せない場合、どうしましょう?」


 マコトさんに話してもらえないなんて悲しい限りですが、誰にも話せない事情を抱えた人もいるでしょう。仕方のないことです。もし仮に仕事の一環でなくなったとしても、ただちょっと就業時間外に、私服で、年頃の男女が、待ち合わせをして、個室でお茶をしただけの真っ当な……まっとうな?


「……困りました。本当のデートになってしまいます」

 

 恥ずかしくて死んじゃうかと思いました!私の行動が外からどう見えるか今になって気づきました。マコトさんから事情を聞くことしか考えていなかったからです。


 恥ずかしいところばかり見せる私ですが、マコトさんは事情を話してくれました。その内容は驚くべき内容でした。


 マコトさんは研究所から逃げ出してきたそうです。最近事件があった研究所といえば近隣国エフロニアのライツガルズ研究所です。光の柱と共に消えた研究所で、召喚術と上位魔力の研究で有名と聞いています。


 そこで得た力なんて、新しい召喚か上位魔力に決まっています。どの国ものどから手がでるほど欲しい技術です。内容によっては国のパワーバランスさえ崩してしまうでしょう。

 

 職員としてはギルドの発展に寄与するべきです。

 国に技術を与え保護してもらう道を提案するべきです。


 ですが、いずれも私は選べない選択肢でした。


 望まない力に振り回され苦悩する姿は、

 私の妹、サーシャと同じものだったからです。


 私には妹がいます。名前はサーシャ。

 年子で生まれ、双子の姉妹のように育ちました。


 サーシャは、エンシェントエルフにも匹敵する魔力量を持っており、世界有数の魔術師になれる才能の持ち主でした。姉としては誇りでした。サーシャが誉められるたびに自分も誉められているような気分でした。


 私は家事や雑務を自分で引き取って、サーシャの魔術を優先させました。親も同じ気持ちだったのでしょう。両親二人とも反対しませんでした。だから実際に事が起きるまで、誰一人としてサーシャの気持ちを考えていなかったことに気づきませんでした。


 ある日、サーシャは魔術の訓練中の事故で魔力を失いました。それは通常起こり得ない事故でした。術者が意図的に起こそうと思わない限り。その時、皆はサーシャの本当の気持ちを知ったのです。期待に応えていただけで魔術なんて好きじゃなかったということを。

 

 周囲の圧力が原因とはいえ、魔術を得手とするエルフにとって魔力を使えないエルフは鼻つまみ者です。サーシャは里を出ました。私も遅れて里を出ました。サーシャを追い詰めたのは私です。とても同じようには暮らせません。


 私は色んな地方をめぐり冒険者として経験を積みました。ですがサーシャとどう関わるべきだったのか、その答えはみつけられないままでした。


「私の意思に関わらず情報が漏れてしまうことがありえます。私自身がマコトさんの力に目がくらんでしまうことだってありえます。その時、その時に、マコトさんはどうされますか?」


 私はサーシャの力に目がくらんで理想を押しつけた女です。ひとつ間違えばマコトさんに同じことをしてしまうでしょう。私がしなくても周囲が、ギルドという組織が、社会という基盤が彼に道を強制し、サーシャのように追い詰めてしまう。


 答えを持たない私はどうすればいいかわかりません。罪悪感を形にしたような問いにマコトさんはこう答えました。


「ごめんなさい。その時は逃げます」


 あっさりとした口調で言ったのです。


「だってアーニャさんは僕が憎くてわざとやったわけじゃないですよね。それなら別にいいです。でも狙われるのは嫌なので逃げます!これが回答でいいですか?」


 すぐ逃げるから気にしないし、

 逃げるからそっちも気にしなくていいよ?

 そんな声が聞こえてくるようでした。


「ふふふ、ふふふふっ、こんな単純なことだったなんて、ふふふふっ」


 私は今まで、どうすればサーシャが里を出ないで暮らせていたかを考えていました。ですがそれは答えを見つけても変えられない過去のif。罪悪感を和らげるための問いでした。


 マコトさんのポジティブな逃げる発言で気づけました。


 里を出たサーシャが不幸と決めつけていました。

 里を出たことで幸せになる道もあるはずです。私のことなど気にせず幸せな暮らしをしているかもしれません。

 仮に不幸でも、これから私が助ければいいだけです。

 過去を追い続けるより、サーシャのためになる行為です。

 

 私はまずサーシャが里を出た事実と向き合うべきでした。


 私が5年世界を回っても出せなかった答えがありました。

 おかしくてしかたありません。5年分の笑い声です。

 こらえてもこらえきれませんでした。


 旅に出た時、私はサーシャに会いにいくべきでした。それを恨まれていると、答えを探す必要があると、勝手に思い込み、ずいぶん遠回りをしてしまいました。

 

 過去ではなくこれからに、私も生きてみたくなりました。

 妹と同じで、ぜんぜん違う人、マコトさんのおかげです。

 その思いが言葉になります。


「それは困ります。マコトさんを逃がさないことがこれからの私の仕事ですから」


 落ち着いたらサーシャに手紙を書こうと思います。


 冒険者時代に居場所を知りましたが、

 怖くて何もできないままだったのです。


 手紙の文面は決まっています。

 まずは謝罪、続けて近況、幻になった初デート。

 最後はこう結ぶつもりです。


「つらいことがあったら逃げちゃいなさい。どんなことがあってもお姉ちゃんは笑って許すことに決めました」


 笑う練習もバッチリ。

 私の時間もようやく動き出したようです。


読んでいただきありがとうございます。

下にある☆の評価や感想、ブックマークなどいただけると

より続きの話が出やすくなるので、どうかよろしくお願いします。

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