第一話 日記:緑葉の月 十二日
日記:緑葉の月 十二日
おじいちゃんお元気でしょうか。
僕はそれなりに元気です。
この日記を書き始めて一ヶ月。つまりこの異世界に呼び出されてから一ヶ月ということです。元の世界に戻るための手がかりを記録するために始めたこの日記。進展がないのに続けているのは、日記を書くこと自体がフラストレーションの発散になっているのだろうと思います。
区切りがよいので今までのことをまとめます。
僕の名前は佐倉真言。祖父と二人で暮らす平凡な高校生2年生です。中肉中背、時々1年生と間違われる童顔がコンプレックス。せめて体を鍛えようにも体質的に肉の付きづらい文化系男子。普通の学園生活を楽しんでいたところ、ある日突然異世界に召喚されました。
退屈な漢文の授業中、眠気がさしてコックリコックリ。頭をぶつけた先は机の木目ではなく、冷たい大理石の石床。顔を上げると豪奢な建物、甲冑をまとった騎士、ローブに身を包んだ魔法使い、中央には玉座に座る王の姿。異世界の城で僕は目を覚ましたのです。
うん。この状況ならだれもが考えますよね。
男の子ですもの。甘い夢を見たっていいでしょう。
もしかしたら異世界に召喚されたんじゃないかって!僕が勇者じゃないかって!剣と魔法の冒険が始まるんじゃないかって!もちろんお姫様とのロマンスだって!
残念ながら、夢は夢のまま終わりました。
僕を含む召喚された10名のうちのひとり、常人の数十倍の魔力を持つ女性が勇者として選ばれたのです。そして残された僕達9名はこの異世界でそれぞれ生活をはじめることになりました。異世界も甘くありません。
そんな一般人の僕の仕事といえば――
「ここまでの復習だ。召喚術の3要素を答えてみろ」
「はい。召喚・契約・行使です」
「よし。それじゃ。それぞれについて説明してみろ」
ここはライツガルズ研究所。召喚術を研究する国立の研究施設だ。質問を投げかけてきたのはマティス先輩。西欧風の金髪の男性で僕の上司である。僕、佐倉マコトは研究所の新人職員。今までの1ヶ月の研修内容を思い出しながら、先輩の問いに答える。
「えーと。『召喚』は、世界の通信魔術領域、通信用のチャンネルに呼びかけて狙った存在を呼び出すことです。『契約』は、呼び出した存在と交渉して、力を借りる約束を結ぶことです。『行使』は、契約した力を実際に使うことです」
「よし。それじゃ、その三要素で一番重要なのはどれだ? 理由もあわせて答えろよ」
「召喚です。理由は……狙った存在を呼び出すのが難しいからです。まず相手に届くように大量の魔力を使って呼びかける必要があります。そして届いただけで狙った存在が来るわけではありません。上位の存在であればあるほど、相手が来る気になるような呪文を考える必要があります。で、あってますか?」
「合格だ。がんばったじゃないかマコト」
「そりゃ、いい先輩がいますからね」
「言ったな? 優秀な後輩には、初のお仕事をプレゼントしてやろう。口だけじゃないところを見せてくれよ」
にやりと笑ってマティス先輩が紙の束を手渡す。
紙には文字と数値の羅列がところせましと並んでいた。
「先輩、これは?」
「召喚のテスト結果だな。これは火の精霊にたいして召喚のよびかけを100回。呪文を変えて行った時の結果だ」
だから火や炎みたいな単語が多いんだな。
その隣の数値はなんだろう。
「魔力針のふれ幅だ。精霊の反応が強いほど、大きく振れる。おまえの仕事は振れ幅の大きい呪文を探し、共通する単語をリストアップすることだ。こうしてより有効な呪文を研究することで、召喚術の研究は進んでるわけだ」
「すんごく地道な作業ですねー」
「地道なところから進歩は生まれる。わかったら研究開始だ!今日中めどでできるところまでやってみろ!」
「はい!」
先輩にうながされて、テスト結果の読み込みに入る。
火の精霊を呼ぶから当然、火です!とか言ったら怒られるんだろうな。そんな当たり前の部分じゃなくて他のところで共通するところを探さなきゃいけない。光、油、木、燃えるもの?単語だけじゃなく組み合わせが有効な場合もあるだろうし、よく考えていかなくちゃ。
作業をしていく中で、疑問がよぎる。
僕はどんな呪文で呼び出されたのだろうか。
召喚された後、勇者でない僕たちには支度金が渡された。
説明役の騎士がこう告げた。
「召喚したが帰す方法はない。申し訳ないが、斡旋先一覧から職を探してほしい。幸い君達には勇者様と同じ言語疎通の加護がかけられている。本来は外交官の息子が大金をつぎ込むような加護だ。エフロニア周辺五カ国の言語を翻訳するこの加護があれば就職先には困らないだろう。オンオフの切り替えが可能な加護だが大半の人間が一生オンにするぐらいだからな」
突然の就活シーズン到来だった。
イヤだ!まだモラトリアムしてたい!働きたくない!
と叫ぶ青少年の感情をねじ伏せ、選んだのが今の職場である。ライツガルズ研究所を選んだのは、召喚術を研究している施設だったからだ。
召喚術を学んで元の世界に戻れるかはわからない。それでも同じ働くのならより可能性のある方を選びたかった。同じことを考えた人がいたらしく採用枠1名に対して希望者3名。面接の結果、僕が採用された。
僕は勇者には選ばれなかったが、研究所の職員には選ばれたらしい。
「ちょっと見せてくれ」
それなりに時間がたっていたのだろう。
マティス先輩が報告用紙を手にとり眺める。
「よし。なかなかよくできている。あー、でも惜しいな。マコトは有効な単語に灰を挙げているが、これは単体だと意味をなさない。火が燃えて灰ができるという文脈ではじめて効果が出る。ほら、こちらの文頭で使った時は針が振れて無いだろ?」
「そんなの研修で習ってませんよ」
「教えてないからな。自分で気づけたら120点のつもりだった」
「そんなのずるいですよ。今回は何点ですか?」
「ちょこちょこ間違いがあるから75点。今後に期待しているぞ」
先輩が紙にマルをつけて渡してくれた。きっとまずまずの評価なのだろう。
だけど研修を終え、明日から実際に働かなきゃいけない僕は不安でいっぱいだ。
その気持ちが言葉になる。
「あのー、先輩」
「どうしたマコト」
「先輩はどうして僕を採用してくれたんですか?」
研究所の面接、面接官はマティス先輩だった。
最終的な判断は上の人がするだろうが、先輩も僕を採用していいと判断したはずだ。
なぜ僕を選んだのか聞きたかった。何らかの見込みがあったと言ってほしい。
後から思えば、だいぶまいっていたんだろう。
異世界に一人で、家族も友達もいない。チートな力もなければ、勇者でもない。
文化も社会も異なる異世界で、何をより所にすればよいかわからないまま仕事と向かい合う。
何でもいい。自分を肯定してくれる言葉が聞きたかった。
「そうだな」
先輩は腕組みして考え込むと、こちらを見た。
「マコト、お前が面接で言った言葉を覚えているか」
「いっぱいいっぱいだったので……どこのことです?」
「『異世界という場所では何かと違うことがあると思いますが、積極的に学んでいこうと考えています。むしろ知らない人間だからこそ、新たな観点でものが見れる部分もあるでしょう。皆さんから私が学び、私が学んだことを皆さんに伝えることで、人一人以上のプラスをこの場所にもたらしていきたいと考えています』ってとこだ」
あー、あれですかー!
いやぁ、僕も高校生じゃないですか。就職の面接したことなくて、わかんないんですよ。
思いついたのがおじいちゃんの話。おじいちゃんは分野の違う何も知らない職場に異動されることが多かったらしくて、いつもあんな風に挨拶して、あとは笑顔でごまかしてた。ってお酒飲んだ時に言うんです。
だから耳タコで覚えててネタにつまった時に出ちゃったんですよ。変に期待させてたらごめんなさい。
「どうしたマコト。変な顔して」
「すみません! あれ、実はおじいちゃんの受け売りなんです!」
「だろうな」
「え?」
思わず変な声がでる。
わかっていたのなら、なんで僕を採用してくれたのだろう。
マティス先輩がにっと笑う。
「俺も誰かの受け売りだろうと思ってたよ」
「なら、どうして僕を選んだんですか?」
「そうだな。マコトの受け答えはお世辞にも良いものじゃなかったな。真面目なのは伝わるが、それ以上がない」
「ううう」
「緊張してるのはわかるが、噛みすぎだ。こいつ面接中に舌を噛み切るんじゃないかと心配になったぞ」
「ぐぐぐ」
「ちょっとつっつかれるだけで返答がしどろもどろ。反応が良すぎて逆に面白くなってくるぐらいだ」
「す、すみません。そのぐらいで勘弁してくれませんか。わかってても言われるとへこむんですから……」
マティス先輩は悪い悪い、と口調を引き締める。
「だが他の志望者も似たようなもんだ。マコトより年上も多いが、元の世界での経験は役にたたない。こっちの世界で何が正しいかわからないままだから、話すにつれてみんなボロボロになっちまう」
「他の人もそんな感じですか、でもそれだとなおさら僕が選ばれた理由がわかりませんよ」
「マコトは、受け売りのところだけはスラスラ答えていた。だから受け売りだとすぐわかったわけなんだが、受け売りがスラスラ出てくるということは、それだけマコトが家族に大切に育てられていることだ。それが理由だな」
「それが理由、なんですか?」
「性質上、研究所には機密情報がある。対策はするが、職員に依存する部分がどうしても出てくる。結局はモラルのある人間かどうかになる。そしてモラルは教育に依存する。だから俺は家族にしっかり育てられたとわかるマコトを選んだ」
「……ありがとうございます。きっと祖父も喜びます」
「結局は人なんだ。身一つで異世界に来て、自分には何もないと思ってるかもしれんが、その状態でも大切な人達がくれたものはなくならない。振る舞いや色々なところに出てくるから、俺達にもわかる。ちゃんとここにある」
先輩は僕の胸元をとんと叩いた。
「安心していい。異世界でもマコトは一人じゃない」
先輩の優しい言葉が胸に響く。
その時、僕が思い出したのはおじいちゃんの受け売りの続き。
『はじめての場所に行く時は頑張る気持ちだけ伝えて、あとは笑顔で勝負だ!これでだいたい勝てる!』
まさか異世界で実践するなんて思わなかったよ。
「ありがとうございます先輩!明日から頑張ります!」
「よーし、いい笑顔だ!明日もよろしくな!」
不思議ですね、おじいちゃん。
勇者でない僕ですが、やれそうな気がしてきました。
そちらの時間の流れが同じなら、そろそろ暖かくなってくる頃だと思います。毎年、暑いと布団を蹴飛ばして僕が直していましたが、今年は控えてくださいね。僕が帰った時、風邪っぴきのおじいちゃんと再会するなんて嫌ですからね!
読んでいただきありがとうございます。
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より続きの話が出やすくなるのでよろしくお願いします。