プロローグ・森山進 3
田中の問いに森山は躊躇なく答える。
『言う通りにレスリングしてても、トップにはなれないからです』
丁寧な言葉遣いではあるが、芯のある怒りが宿っていた。
『だからといって、川内の勝ちを奪う理由にはならないだろ。』
平田は、彼等と付き合いだしてから身につけた『冷静』を装って森山に迫る。
『俺は、目的や目標のない試合を繰り返したくない。』
平田や田中には、この言葉の意味が痛いほど理解し、共感した。
2人も、メジャーではない団体の選手でありながら、メインイベンターにもなれなかった。
実力・人気もなく、パワーゲーム〈権力争い〉にも落とされたレスラーは毎日、淡々とリングにあがらなければいけない。
次第に、覇気の無い戦いは観客に飽きられリングを去って行く。
2人も、今では小さい町で細々と中学生相手にプロレスを教える日々である。
しかも、その中学生にパワーゲームを仕掛けられている有り様だ。
平田の頭には、黒川を絶対的エースとして君臨させ、その座を森山達に争わせる。
最終的には、黒川に地位をキープさせておき価値を高めたまま卒業させる、というプランが描かれていた。
その為には、森山の同学年との対戦に負けていない、という戦績を変えないといけなかった。
森山には、平田の構想にケチを付けたいのではなく、自分が築いたプライドを守りたく高めたかったのだろう。
『森山、お前を処分しなきゃいけない。』
田中が重たい口を開いた。
『俺を処分出来るんですか?』
彼の言わんとしている事は理解していた。
黒川と並ぶ人気レスラー、総合力では黒川以上のモノを持っている。
今、森山を切ってしまえば試合内容は低下し黒川もカリスマ性を失うかも知れない。
そして、彼の行為はレスラー内で広まり団体内で疑心暗鬼が蔓延し、プロレスではなく総合格闘技レベルの喧嘩まで落ちぶれてしまう。
昨日の内に平田と田中は、森山の処分はなしとの決定は下していた。
此処へ森山を呼び出したのは、これからの森山のストーリーラインを告げる為だった。