プロローグ・森山進 2
本来ならば、昨日の内に森山から事情を聞いて、早期解決を図らなければいけなかった。
出来なかった訳は、森山が試合後に着替えもしないままに体育館を去ったからだ。
自分が犯した責任を感じてる証拠なのかも知れないが、団体内の秩序を乱す行為に間違いはない。
救いは、その事実を総合責任者である平田と、現場監督の田中しか知らない事だった。
セミファイナルは、森山と、同学年の川内一徳〈かわうちかずのり〉のシングル〈1対1〉戦だった。
両者、才能豊かな選手だけあって様々な技が序盤から繰り広げられた。
18分に及ぶ戦いは、森山が川内の首を容赦なく締め上げ、セミには似つかわしくない原始的な技で終わりを告げた。
この部屋で、全試合を観戦している平田と、1階後方の客席の後ろで壁にもたれる様に試合を監視していた田中は、その光景に愕然とし身震いを起こさせる怒りで脳が沸騰寸前だった。
余裕の勝利だ!と勝ち誇った表情で森山はコーナーに上がりアピールを続けている。
森山のファンは勝利に沸き、多勢から拍手が贈られる。
リングで仰向けになり倒れている川内、同学年の戦友が飛び出してきて状態を確認している。
現場監督である田中も駆けつける。
川内は宙に浮いている感覚に陥り、自分の周りを沢山の花に囲まれている心地よい幻想に抱かれていた。
その中で自分の名を叫ぶ声が聞こえて、無意識の内に嫌嫌応えていた。
田中は、微かに反応を示す川内の目をじっと見つめていた。
彼の空ろな瞳に、何故?という強烈な訴えを感じ取っていた。
『失礼します。』
薄暗い部屋に聞き慣れた声が生まれた。
2人は、今までと同じ森山の少年特有の声色に、多少の大人臭さを感じた。
森山を囲まんと田中が近づく。
森山は、此処に来た時点で覚悟してきたのだろう、鋭い表情で動かない。
田中は、そんな森山に見せつける様にわざと優しく部屋のスイッチを入れる。
3人が沈黙したまま、30分位が経っただろうか?
我慢できなくなかったのは、現場監督の田中だった。
森山に下手な嘘や弁明をさせない為に、殺気満ちる質問を送る。
『昨日、何故お前は勝ったんだ?』