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禁忌世界のアンダーハート  作者: 透坂雨音
禁忌世界のアンダーハート
5/8

第5話



 世界の中では、あっという間に大規模な戦争が始まった。

 そしてその影響で桐谷は、重要人物として様々な組織や国の人間に狙われる事になった。


 終わりのない逃亡生活を送る事になった。


 その最中で、初めに命を落としたのは円だった。


「桐谷、危ない!」


 山林の中を追ってから逃げる時に、桐谷を銃弾から庇って、崖下へと落下していったのだ。

 あっけなかった。


 培った時間の長さなど関係ないとでも言わんばかりの無慈悲さで、死神は桐谷の大切だった者の魂を運び去って行ってしまった。


 次に亡くなったのは茉莉だった。


 魔法使いである彼女は、桐谷達が多くの敵に囲まれた時に無茶をして力を使い果たしてしまった。


「未来。桐谷さんを……助けてあげてね」


 腕の中で幼なじみの少女を看取った未来に、桐谷はかける言葉が見つからなかった。

 彼女は純粋に仲間として引き入れたわけではなかったから、なおさらだった。


 それは未来も知らない、桐谷のかってな事情だった。

 茉莉については、未来を仲間にする為に、未来を留めておくために引き入れたのだから。


 自分の内にある卑怯な感情が許せなかった。


 そして、最後に、未来が死んだ。

 詳しい死因は不明だが、衰弱と過労によるものだと桐谷は判断した。


「桐谷先輩……、すみません」


 未来は桐谷を恨まなかった。

 最後まで。

 それが茉莉に頼まれたからなのか、それとも元からそう思っていたのかは、私には分からなかった。


 桐谷は、仲間が三人も死んでおいて、今更たった一人に嫌われていないかを気にする自分の汚い感情が、アイスハートとは程遠い暗い淀んだ感情が嫌になりそうだった。


 仲間が全て死に、一人だけ生き残った桐谷は後悔していた。


 自分が仲間達を己の研究に引き入れた事。

 本来の目的を忘れ、世界を揺るがすような研究に没頭してしまった事。


 そして、何よりは……己の本心をそれと知らず誤魔化して、仲間達に接し続けていた事。


 桐谷が未来を仲間へと引き入れたのは、見所があるからでも才能を感じたからでもなく、ただの一目ぼれだった。

 そう今更ながらに気づいた。


 茉莉をついでに仲間にしたのは、未来がよりよく基地にいる時間を遅れる様に、と思ったからだ。

 

 そして、円の事でも。

 桐谷は彼女と友達になりたかった。

 だが、そんな友達になりたかったという感情に蓋をして、よく考えようともせず、気が付かないままに成り行きに身を任せる様にして仲間にしていたのだ。


 桐谷は、人の争いの痕跡が刻まれた場所、緑の果てた枯れ土の大地にて、茉莉の真似事をするように地面に魔法陣を書き綴った。


 けれど、魔法は起きない。

 奇跡は起こらない。

 魔法使いでもない桐谷には、ただの一つの不可能も覆せない。


 起こってしまったことはやり直す事が出来ない。

 たくさんの悲劇を生み出す事が出来ても、

 死者を蘇らせる事も、時間を巻き戻す事も、桐谷には何一つできなかった。


 けれど。


『桜の木にはね、魔力がたくさんつまってるんだよー』


 彼女の背後に音を立てて落ちたのは、茉莉の使っていた魔法の杖だった。


 誰かが落としたわけでも、どこかから落ちてきたわけでもない。

 突然に、宙から現れたかのようだった。


 桐谷は、その杖に手を伸ばして祈った。


「今だけは、私が魔法使い。だからどうか……奇跡を起こしてほしい」


 大それた事は願わない。

 ただ一つ。

 ほんの少しだけの願いをこめる。


 いつかの自分へ、この想いが届く様に。

 自分の本心を偽るな。

 と。


 そしたら、きっと同じ悲劇を辿るにしても、こんな悲しい最後にはならなかったはずだから。





 桐谷が心を凍らせてしまったのは、幼少期に勝っていたペットが亡くなってしまった事が原因だった。


 父親が失踪して間もなくの頃。

 桐谷が会社の後を継ごうと決心していた頃だ。


『研究者たるもの常に冷静でなければならない。心乱すような事があってはならない』


 桐谷はその時に父の言葉を思い出して、感情を表に出さないように封じ込めたのだった。


 だが、小さな祈りは過去のその場面へと届く。


 幼かった桐谷は、墓の前で気が付いた。


 その日が大事にしていたペットが亡くなってしまった数日後、お墓参りをする日だった。

 だが、その場所に行ってみれば、墓の前には、誰かが置いて行ったらしい小さなビー玉がある。

 

 己のペットの墓に、死を悼むように置かれていたそれを見て、桐谷は感情を封じ込める事をやめていた。


 名も知れない誰かが痛んでくれた死を、自分の感じたままに悲しもうと、そう思ったからだった。




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